第12話 漆黒を纏う天使
洋風の屋敷。
ヨハンセンから入手した情報ではここの家の主が該当者だ。
屋敷は洋風で二階建。
結構広いので該当者を探すのが大変そうな印象を受ける。しかし、こういう屋敷に住む人間は玄関から遠い部屋に居ると決まっている。きっと、襲撃者を恐れているのだろう。
(怖いのなら最初から大人しくしていれば良いのに……)
世界中の財界人や犯罪組織の首領を襲ったが、何故か共通して奥の部屋に居るのが不思議だった。
(まあ、全員やっつけるから関係無いか……)
そんな事を呑気に考えながら隣家の屋根の上へと跳躍した。屋敷内を観察する為だ。何より防犯カメラを隣家に向けている人は少ないのもある。
屋根の上から見た限りでは庭先に二人ほど居た。片手を懐に入れたままで懐中電灯で辺りを照らしながら警戒している。
(懐には銃を持っている…… 屋敷には見えるだけで一階に三人、二階に二人…… 屋根の上に無し)
動き回っているのが七人なら、その倍の人数がいると考えるべきだとクーカは推測した。
敵地の強襲は偵察の優劣で決まると訓練で教わった。彼女は極めて優秀な偵察兵でもあったのだ。
クーカは観察を終えると屋根の上から跳躍して、洋館の壁と庭の樹木の隙間に着地した。
庭に着地したクーカは音も無く移動して庭樹の陰に隠れた。そして、庭の見張りが自分から一直線上に来るのをまった。
「!」
彼らが並んだと思った瞬間に木の影から飛び出し、ククリナイフで彼らの喉と懐に入った腕の腱を切断した。見張りの二人は何か黒い影が横切ったと見えたのが最後の光景となってしまった。
二人を切った後、クーカはその場にしゃがんで屋敷内の様子を伺った。ジッとしているのは、彼女の黒い衣装はパッと見には分かりづらいからだ。
(見つかってない……)
そう、判断したクーカは屋敷の窓から侵入した。玄関には誰かしらいるのは自明の理だからだ。
廊下の角の所に男がいる。本人は巧く隠れたつもりらしいが足先が見えていた。こちらの接近に気が付いて角を曲がった所で襲う腹であろう。
クーカは無言のままスタスタ歩き、懐から減音器付きの拳銃を取り出した。グロック26。小柄な彼女が握った時にしっくりと来る大きさの銃だ。
「……」
彼女は躊躇する事無く男の爪先を撃った。
「あぐっ!」
爪先に走る激痛に男は思わず前屈みになってしまった。手に安物のトカレフを握っているのが見えた。クーカは前屈みになった男の側頭部に弾丸を打ち込んだ。西瓜が割れたように中身が床に飛び散る。
減音器から漏れてくる短い射撃音。続く排莢した薬莢が壁に跳ね返る音。男が倒れる音はその後だった。
「……」
次にクーカは角から口腔ルーペを差し出し、角の影の部分を見ようとしている。角の奥は影になっているのか見えない。しかし、クーカの耳には男の息遣いが聞こえて居た。
ルーペを頼りに暗闇の中に弾丸を二つ程送り込むと、若い男が一人倒れ込んで来た。クーカは止めを頭に一発を打ち込んだ。仕留めそこなうのは良く有るからだ。後ろから撃たれるのは敵わない。
(これで四人…… 後は十人くらいかしら……)
クーカは人数を数えながら、この組の連中が待ち構えていたのか訝しんでいた。
(普通に考えれば…… 売られたと考えるべきね)
やはり、あの時に向山興行の社長を始末するべきだったと少し後悔した。
(これが終ったら探しに行かなきゃ……)
ヨハンセンは無事に逃げたのだろうかと考えたが直ぐに頭から追い払った。
(あの男が簡単に死ぬわけないわね……)
屋敷の奥に向かおうとすると部屋の一つが賑やかな事に気が付いた。
ドアに耳を着けて様子を伺うと何人かいるらしい。
『どんなゴツイ殺し屋だか知らねぇが、これだけの人数相手には敵わねぇだろ』
誰かがそんな事を言っている。賛同するかのような笑い声も聞こえて来る。
(ゴツイ殺し屋って…… こんな可憐な乙女を捕まえて失礼ね……)
可憐だが『非常に危険な』乙女のクーカは小鼻に皺を作っていた。怒っているらしい。
いきなり部屋の両開きドアを開けた。
その部屋には六人程いるのが見えた。人数と男たちの位置を確認したクーカは部屋に飛び込んだ。
「えっ!?」
いきなり部屋のドアが開いたかと思うと、女の子が飛び込んで来てビックリしない人間は居ない。そして、それは数秒間の空白を生んでしまった。その初動の遅れを男たちは自分の命で支払う事になる。
クーカはこういう強襲の時には相対する人物は全て始末する事にしている。武器所持の有無を確認している手間が惜しいからだ。それに情けをかけてやる義理も無い。
まず、入り口に付近に居た男の首を撥ね飛ばした。男は立ち尽くしたまま首から鮮血を吹きださしている。
クーカは次の目標に狙いを定めようとした。しかし、奥に居た男が立ち上がるのが見えた。
「誰だてめぇわっ!」
怒鳴り声が聞こえて男が何かを構えた。
カラシニコフ。ロシア製で頑丈なだけが取り柄のアサルトライフルだ。しかし、弾丸の発射速度が速く中々厄介な代物だ。
男はフルオートでクーカに向かって弾丸を送り出し始めた。クーカの周りに木の破片が舞い始める。
クーカは射線から逃れるべくジャンプして壁に取り付いた。そして、そのまま壁を走るかのように伝って自分の銃を構え連射する相手に連射した。
壁に取り付いたのはカラシニコフを構える男の間に二人男がいたせいだ。二人が邪魔で射線を確保できないしナイフで切り刻むにも距離がある。まず、自分にとって脅威になる敵を屠るのは近接戦闘のセオリーだ。
カラシニコフを構えた男はクーカの連射を腹に受けて前屈みなってしまった。しかし、引き金から指を話そうとしなかったので連射が続いてしまった。
「ぐあああっ」
「ぐおっ!」
男のカラシニコフは前に座って居たふたりをなぎ倒してしまった。
二人は壁を走る少女を、呆けたように見とれてしまっていたのだ。近接戦闘訓練を受けていない者に咄嗟に行動を求めるのは無理だったのだろう。
クーカは壁から降りると、連射していた男の隣に居た人物に弾丸を送り込んだ。
「ぐっ!」
彼はいきなりの事で体が固まっているようだった。短い唸り声を上げて絶命してしまっていた。
クーカは部屋の中を見回して動きが無いのを確認して部屋を出て行こうとした。掛かった時間は一分も無い。
最後にカラシニコフの男に止めを刺してから部屋を後にした。
屋敷の奥に行こうとすると階段の上が騒がしい事に気が付いた。
カラシニコフの射撃音のせいであろう。見ると銃を構えた二人が降りて来ようとしていた。
しかし、二人とも階段を降りる際に携帯電話で誰かと話しながら降りて来ている。
(なぜ、そんな事をしているの?)
クーカは無言で二人に弾丸を送り込んだ。撃たれた男たちはもつれあうように階段から落ちて来た。
(素人以下の集団…… 戦闘に集中しなさいよ……)
手厳しいクーカの評価であった。クーカは無表情で階段の下に転がり落ちて来た男に止めを刺した。
(これで十四人…… 全部かな?)
クーカは小首を傾げてから台所に向かった。大概の家のブレーカーは台所に有るからだ。
本来なら屋敷の灯りを消してから、中の人間を始末するのが効率が良い。だが、先に敵が油断していたので順番が逆になってしまったのだ。
ブレーカーを落とすと屋敷の灯りが一斉に消えた。
「!」
男の部屋の電気がいきなり消え、窓からの月明かりだけになってしまった。
男の名前は海老原。ここの屋敷の主だった。
「だ、誰だっ!」
海老原が声を出すと漆黒の闇の中からクーカが姿を現した。
「……貴方を探しに来たわ……」
クーカの目が冷たく光って見えた。
「おおおお、居るぞ。 居るぞ。 ここに居るぞっ!」
海老原が受話器に向かって怒鳴りつけていた。しかし、相手から返事が返って来る事は無い。
「何をしてるの?」
その行動を不思議に思ったクーカは首を傾げながら訊ねた。
「……」
誰も応答しない受話器をチラリと見る海老原。
「探したのはこの部屋が最後なのよ?」
クーカの外套の裾からキラリと光る大型ナイフが見え一歩近づいた。
「ま、待ってくれっ! お前の望みの物を俺は持って無いっ!」
海老原は銃を机に置いて手のひらを見せた。武器を持たない相手を攻撃しないとの噂を聞いていたからだ。
「どういう意味?」
クーカが歩みを止めた。
「う、噂を聞いていたんだ……」
海老原はシャツを捲って、自分の腹にある真新しい手術跡をクーカに見せた。
「……」
クーカはそれを見て黙り込んでしまった。
「どこにあるの?」
だが、取り出したのなら何処かにあるはずと思い当たった。
「れ、冷蔵庫の中だ……」
海老原は部屋の隅に有るカウンターバーを指差した。
「そう……」
クーカが頷いたのを見ると、海老原は自分でカウンターバーの中に入り何かを開けていた。
普通ならば海老原が何か武器を取り出すのを警戒する所だ。そして、銃なり武器なりを構えるものだ。
だが、クーカはそれをしなかった。
海老原の動作は中年男のもので非常に鈍かったのだ。彼女なら爪楊枝ひとつで海老原のいのちを頂戴する事が出来るだろう。
つまり、海老原は脅威では無いと判断していたのだ。
「こ、これがそうだ。 さっさと持って行ってくれ…… 後、金も好きなだけ持ってけ」
海老原はカウンターに茶筒のような物と、真新し新札の札束をどさどさと十程置いた。
「……」
クーカは茶筒を受け取ると外套の内ポケットにしまい込んだ。そして、札束などには目もくれず踵を返して部屋を出て行こうとし
た。
「金は要らないのか?」
海老原は何故かクーカに聞いた。金で雇われる殺し屋は金に目が無いと思い込んでいたせいだ。
「……私が来る事を誰から聞いたの?」
それを聞いたクーカは屋敷に忍び込む時に思った疑問を聞いた。
「誰だか知らない。 携帯電話に非通知で連絡があったんだ」
自分の質問とは違う事を聞かれた海老原は正直に答えてしまった。通知して来た相手からは、クーカは移植された腎臓を収集する癖があると聞かされていただけだった。
そこで海老原は新たな移植を受けて置いたのだ。
「そう……」
それを聞いたクーカは部屋から出て行った。もう、この男に価値は無いからだ。
「そんな変なものを集めていったい何の意味があるんだ?」
海老原には世界最強の殺し屋がそれを収集している意味が分からなかった。
ただ、自分は無関係になれたのだと安心したのだ。
海老原の声が虚しく響いていた。しかし、クーカは振り返ろうともせずに暗闇の中に消えて行った。
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