第4話 保安室

 保安室の事務所。


 その事務所は都内の雑居ビルに設けられていた。

 名目上は公安警察の組織だが、内閣府の国家公安委員会から直接命令を受けて動く。

 正式名称は国家保障安全室だ。


 もっとも、公安警察内部でも島流し部署と言われる事が多く、所属する人物も一癖も二癖もある者ばかりだった。

 保安室には室長の田上哲也(たのうえてつや)をトップにして全部で八名の人間がいる。


 ボンヤリとした部署名から分かる通り、元に居た組織からはじき出された人物たちが勤務している。元の組織では色々とやらかしているので扱いにくい、かと言って世間に放して好き勝手やられても困るので宛がわれているのだろう。


 ここでは、日本の安全保障に対しての脅威となる人物団体などの情報収集が主な任務の部署だ。

 よその国ではCIAを始めとする諜報機関が担うべき任務だが、何故か日本には存在していない事になっている。そこで公安警察や保安室が業務に当たっているような感じだ。


 その活動内容から目立った建物では色々と不味く。マスコミの目を避けるためにも雑居ビルが使われていた。

 事務所自体はビルのワンフロアを借り切っているので人数の割に大きい部類だ。

 片側の壁にはびっしりと大型ディスプレイが設置され、要注意人物とマークされた者の行動が表示されていた。


 その保安室の構成員である先島は古参に属する部類だ。

 先島は百ノ古巌(モモノコイワオ)の手帳を眺めていた。先日水死体で発見された人物だ。


「お前は何をしに舞い戻って来たんだ……?」


 チョウの電話番号を指先で弾いてから手帳をパタンと畳んだ。他に何か無いかと鞄の中を漁ってみたが空振りだった。


(また、武器取引でも始めているのか?)


 かつての取引に使われていた番号。その番号の移動記録を元に追跡調査を行い、あと一歩の所で取り逃がした経験を思い出していた。


(狡猾なアイツが危険を冒すとは思えないんだがな……)


 それが活性化したという事は、チョウは再び取引を行おうとしているに違いないと踏んでいた。だが、同じ番号を使い意味がわからなかった。監視対象にされているのはチョウも気が付いているはずだ。


(それとも何かの罠なのか……)


 しかし、それが何なのかさっぱり分からない。

 先島は室長にチョウの調査を具申していた。組織に属している以上は好き勝手は出来ない。


「まず、チョウと同一人物の情報かどうかを確認しないといけないな……」


 室長が先島の提出した報告書を見ながらつぶやいた。


「それなら藤井に頼みました……」


 先島が情報担当官の藤井あずさ(ふじいあずさ)に報告を促した。


「はい、最後に確認された携帯電話の位置情報から福井県の港に現れていました」


 室内の壁に架けられている大型ディスプレイに福井県の地図が現れた。


「その周辺の監視カメラを総ざらいで人物照合した所、チョウと思われる人物がおりました」


 藤井が報告を続けた。


「本人か?」


 室長が聞いて来る。


「確認してあります。 人物照合検査で八十二パーセントです。 M共和国からの入船した貨物船に乗っていた可能性が高いですね」


 藤井が答えた。彼女は情報システムのエキスパートである。前に所属していた陸上自衛隊情報収集部隊において、無断でC国のコンピューターにハッキングを仕掛けて懲戒処分されてしまった。

 それでもシステムへの介入技術がウイザードクラスであったため、民間で好き勝手やられては堪らないと保安室に送られて来たのだ。

 そんな藤井が表示させた画面には、港の監視カメラと思わしき画像が映っていた。恐らくチョウは船員に成りすませていたに違いない。


「少しやつれて見えますが、間違いなく奴ですね……」


 先島は画面の中央に映し出される人物を指差しながら答えた。輪郭を補正されているが先島には馴染みの顔が映っていた。


「奴の所属していた北安共和国の諜報機関は、個人それぞれが独立して動いています」


 画面はチョウのプロフィールが映し出されていた。


「その中でもチョウは高額の取引を行ない、共和国への献上額が大きいので優先的に便宜を図られていたようですね……」


 先島は自分が覚えているチョウのプロフィールを幾つか言った。


「共産主義者得意の末端組織の細分化って奴か……」

「一人が逮捕されても芋づる式に検挙されないようにする為ですね」


 室員たちが口々に話していた。


「奴の取引の得意先は何処なんだ?」


 室長が先島に質問して来た。チョウを追いかけていた先島が一番詳しいと考えたからだ。

 画面はチョウが関連していると思われる一覧に切り替わっていた。


「暴力組織や過激派、中には宗教団体もありましたね」


 元々、チョウは武器のブローカー。世界中の紛争地に武器を配給している死の商人だ。

 その伝手で様々な非合法の物を日本に持ち込んでは売りさばいていたのだ。しかも、自分の足跡を残さずにやってしまうので尻

尾を掴ませないのも有名だった。


「ああ、あの毒ガスを使ってた宗教団体……」


 沖川みきが呟く。彼女が保安室に配属された時に、友人が毒ガス散布に巻き込まれて死んだと言っていたのを思い出した。。


「ええ、検挙される前に宗教団体の代表は交通事故に遭って死にましたがね。 状況から見て私は暗殺されたと考えてます」


 藤井がそう言って振り返ると、何故か先島が俯いて頭を掻いている。他の何人かの室員たちもそっぽを向いていた。彼らが何がしかに深くかかわっている感じを受けたのだった。



「動きのある過激派や暴力団の情報を貰って来た」


 翌日、室長が公安からの情報を携えて室内に入って来た。


「三つの監視チームを編成してチョウの足取りを追う事にする……」


 室長は動きが監視対象を3つに絞り込んで監視するつもりだ。それから一つにして検挙を行うのだろう。


「宮田と加山はヒコマル派を担当しろ」


 ヒコマル派は1970年代安保闘争で有名になった組織だ。日本各地の交番や銃砲店を襲って何人も死傷者を出していた。しかし、余りの過激さに学生たちからそっぽを向かれて組織自体は衰退している。だが、今でも生き残っている幹部たちは武装闘争の夢を諦めないでいるらしかった。

 幹部の一人が北欧で北安共和国の重要人物と接触していたらしい。


「久保田と沖川は大厳化宗を担当しろ」


 大厳化宗は修験を通じて仏に至ると言って過激な修行を行う団体だ。終末思想に被れて人類救済と称して抹殺思想を広めようとしている厄介な宗教団体だった。

 信者の一人が武器を手に入れようとして検挙された事がある。もっとも彼は留置場の中で謎の自殺してしまった。

 そして、再び武器の入手に動いているとの内部情報が上がって来ていた。


「先島と青木は関東右山組を担当しろ」


 関東右山組は関東最大の暴力団を構成する組織の一部で武闘派で知られている。彼等も武器取引の罪で何度も強制捜査を受けていた。その度に末端構成員を逮捕するが、組長には手が届かずに警察は歯噛みしているらしかった。

 今回は外部構成員の銀行口座に怪しげな資金の流れがあるらしく、それで監視対象に選ばれたらしかった。


「藤井はここで連絡を取り持ってくれ、俺は警視庁に探りを入れてみる」


 警視庁も内部情報を中々共有しないので有名だ。そこで上層部に会って個人的に聞き出そうと考えているらしい。


 そこまで聞いて各室員は勢いよく返事をして保安室を後にしていた。

 先島は青木正仁(あおきまさひと)と組む事になった。


 もっとも張り込みと言っても主だった事は、警視庁のマルボウが担当するので先島たちは情報の収集が目的だった。

 青木は昨年の暮れにいきなり移動して来た新参の室員だ。元は公安警察に所属していたと聞いている。しかも、エリートのキャリア組だ。当然、地場警察からの叩き上げである先島よりも階級は上だった。


(年末の急な移動って何をしでかしたんだか……)


 青木は、中々自分の事を話したがらない。だが、この保安室に廻されて来ている以上は、何かしかやらかしているに違いないと先島は思っていた。


(張り込み中は暇だから聞き出してみるか……)


 そんな事を考えていると青木が近づいて来た。


「よろしくお願いします。 最初の運転は自分でよろしいですか?」


 青木はこれ以上にない爽やかな笑顔を言って来た。


「ああ、よろしく。 取り敢えずは現場にいるマルボウの皆さんに挨拶しておこうか……」


 先島も軽く挨拶した後に続けた。

 警察と言うのは不思議な組織で縄張り意識が高い。犯罪防止であろうが何だろうが、先島たちのような公安崩れが現場に鼻先を入れるのを毛嫌いするものだ。

 特に先島のようにある意味の有名人は嫌われるものだ。


(まあ、気にした事は無いけどな……)


 青木と先島を載せた車は現場に向かって走り出した。


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