第3話 光芒の中の少女

 東京都内にある工場。


 工場の入り口に黒い乗用車がやって来た。窓は黒いスモークで塞がれていて中を伺い知る事が出来ない。

 車を乱暴に停車させスライドドアが開かれると、中から男二人が女子高生と思われる制服姿の女の子を引きずり下ろした。

 女の子は目隠しをされ後ろ手に縛られているようだ。


「ここは大丈夫なのか?」


 女の子を抱える様に降ろして来た男が尋ねた。

 工場の事を言っているらしい。


「先週、不渡りを出して差し押さえになっているから誰も居ないんだよ」


 運転手がドアを絞めながら答えていた。中途半端な金髪を揺らしながら笑っている。


「へへへっ、動画を取って置けば良い小遣い稼ぎになるんだぜ」


 車から続いて降りて来た、水色のジャンパーを着た男が薄ら笑いを浮かべながら言っている。


「うへへ、今度は先にやらしてくれよな」


 女の子を抱える男に言っている。どうやら彼がリーダーのようだ。


「お前は直ぐに終わるからダメダメ」


 リーダー格の男は首を振りながらダメ出しをしていた。


「な、なんだよー」


 男たちは下卑た笑いを上げながら工場内に入って来た。

 だが、先に工場内に入った金髪の男がいきなり立ち止まっていた。


「なんだ?」


 リーダーの男が訝しげに尋ねた。


「お、おいっ……」


 水色のジャンパーを着た男が顎で工場内を示した。



ぴちゃん……



 水が落ちる音が聞こえる。明り取りの天井窓から太陽光が差し込んで来ている。薄い靄がかかる空気に差し込む光はスポットライトのようだった。

 その強い光芒の中に一人の少女が佇んでいた。


「……」


 少女は何も言わずに立っている。


(女の子……なのか?)


 リーダーの男がふとそう思った。何故に少女と思ったのか?

 小柄な体を黒い外套で包み、その裾元からはすらりとした素足が伸びている。

 表情はフードに隠れて見えないが、長い黒髪が襟元から垂れているのが見えていたからだ。


「なんだっ! てめぇわっ!」


 リーダー格の男が大声を出した。羽交い締めしている女の子はビクッと震えた。

 しかし、大声の割にイントネーションが妙だ。急に現れた少女に狼狽しているようだった。


「私が誰だろうと貴方たちには関係ないわ……」


 その少女は動じることなく答えた。


「そうね…… でも、人からはクーカと呼ばれているわね……」


 しかし、彼女は何故か名乗って来た。


「その子はなあに?」


 強い光芒の下に居る為か表情は伺う事は出来ない。だが、奇妙な一行に違和感を覚えているようだ。


「おめえには関係無いだろっ!」

「……」


 目隠しに猿ぐつわを噛まされてはいるが耳が聞こえない訳では無い。自分を拉致した男たち以外の存在に気が付いたのだろう。拘束されていた少女は身をよじって抵抗しようとしていた。


「その楽しみ方は感心しないわ……」


 男たちの慌てぶりと、拘束されている女の子の様子から察したのであろう。クーカと名乗る少女は男たちのくだらない企みに気付いたようだ。


「おめえに関係無いと言ってるだろうがっ!」


 大声をだしているが時々引っくり返っている。普通の女の子ならば見知らぬ男の集団には警戒心を持つものだ。ところが、目の前の少女は動じる気配すら無い。


 その不気味さに異質さを感じ取っているのだろう。


「群れの中なら安心出来るの?」


 そんな事を言いながらクーカは一歩進み出て来た。


「……」


 妙な質問をする少女に、男たちは黙りお互いに視線を交わしていた。この異様な存在に戸惑っているようだ。


「それとも強くなったような気がするの?」


 黙っている男たちにクーカはまた一歩足を進めた。


「……」


 すると男たちは腰のポケットから折り畳みナイフを取り出した。クーカの外見から虚勢が通じると舐めてかかっているようだった。


「自分が弱いと認めるのが嫌なのね……」


 男たちが取り出したナイフを気にする素振りも見せずため息交じりに呟いた。


「ぶっ殺してやる……」


 男たちの誰かが呟いた。右側に金髪、左側に水色のジャンパーの男。囲んで脅せばどうにかなると考えたらしい。

 するとクーカの外套の裾から何かキラリと光る物が顔を覗かせた。ナイフだ。しかも大きいサイズのようだ。

 そう、クーカはククリナイフを取り出したのだ。

 だが、それは普通のナイフと違っていた。全体が『く』の字に曲がっている独特の形状を持ったナイフだ。振り回した時に遠心力が働き、僅かな力で相手を切り裂く事が出来る。近接戦闘で絶大な威力を発揮するナイフと言われている。

 クーカが近接戦闘で好んで使うもののようだ。


「そんな軟な男に用は無いわ……」


 黒い影がすっと動いた。


「あぐっ!」


 次の瞬間には右隣りの男が腕を抱えてうずくまった。彼が持っていたナイフは腕ごと切り落とされていたのだ。

 クーカはすぐさま身体を低く落とすと、左隣の男のアキレス腱を切った。腕は関節を狙えば切り落とせるが、足はそうは巧く切れ無いからだ。

 そのまま続けざまに右の男のアキレス腱を切っていた。


「ぐわっ!」

「ああああああああ!」


 男二人は激痛のあまり絶叫しながらのた打ち回っている。

 クーカはそんな事には目もくれずに体制を立て直してリーダーの男の前に立った。


「くそっ!」


 リーダーの男は拘束してきた少女をクーカの方に押しやった。怯んだ隙に攻撃をする腹だ。

 しかし、クーカは少女を受け留める事も無く脇に躱して突進して来た。

 彼女は別に正義の味方では無い。自分に向かって来る脅威を排除するのが先と判断しているのだ。


「きゃっ」


 急に放り出された少女は、拘束されている為、短い悲鳴をあげて倒れ込んだ。


「やろうっ!」


 リーダーの男は自分のナイフを突き出そうとしたが間に合わない。既に目の前にクーカの顔があった。しかし、瞬きした時には既に無く。代わりに両足に激痛が走っていた。


「ぐあっ!」


 リーダーの男は倒れ込んでしまった。そして、切られた足を掴もうとして右手が無い事に気が付いたのだった。

 ここまで掛かった時間は、僅かに十秒程度。


「……少し時間を掛け過ぎたわね」


 クーカはそんな事を呟いていた。

 これで男たちは全員が足のアキレス腱を切られている。殺すほどの脅威は無いと判断したのであろう。人間はアキレス腱を切られてしまうと動けなくなってしまうものだからだ。


「くっそぉ…… 覚えてやがれ、今度会ったら必ずぶっ殺すからな……」


 リーダーの男は出血を手で押さえるかのようにして足を抱えてながら唸っていた。何処までも負けん気の強い男だった。


「そんな根性があるのなら…… 今度はちゃんと殺してあげるわ……」


 クーカはリーダーの男に微笑んだ口元で答えた。しかし、微笑みかけられた男は俯いてしまった。

 やっと、格の違いに気が付いたのだ。


 その様子を見たクーカは戦意は無くなったものと判断したらしい。拘束された少女の元にやってきて助け起こした。


「今、自由にしてあげる…… でも、目を開けないで数を十程数えてね?」


 クーカは少女にそう呟きながら、拘束されている娘のロープをナイフで切ってあげた。


「……」


 少女は黙って何度も頷いた。


「……きゅう……じゅう」


 十を数え終えた少女が目を開けるとそこら中に腕や足を散らかした誘拐犯が転がっていた。もちろん、自分を助けてくれた少女の姿は何処にも無かった。

 少女は血塗れになった工場から素足のままで逃げ出した。


「た…… 助けて……」


 そこを通りがかったタクシーの運転手に保護されて、警察が呼ばれたのであった。



「男の…… 被害者から証言は取れたのか?」


 刑事たちは幾つかの血痕後を検分しながら聞いた。


「男たちの方は出血が激しく重体の為、まだ証言は取れていません」


 手帳に書かれたメモ書きを見ながら、ひとりの刑事が答えていた。


「女の子の方は、帰宅途中にいきなり車に連れ込まれたと証言してます」


 救急車で病院に連れていかれる最中に簡単な尋問を受けていた。


「最近、ここいらで発生している連続婦女暴行グループのやり口に似てますね」

「しかし、連中は鋭利な刃物で切り刻まれている……と、やったのは誰なんだ?」

「被害者の女の子は一緒に居たんだろ?」

「声とか聞いていたんじゃないか?」


 工場内にいる刑事たちは口々に疑問を口にしていた。


「いいえ、彼女は男たちを襲撃した人物への質問となると固く口を閉ざしてしまいます」


 少女への聞き取りをしていた婦人警官は答えた。


「自分は目を瞑っていたので、何も覚えていない……その一点張りですね」


 婦人警官はため息を付いた。


「庇っているんだろうなあ……」

「はあ。 まあ、自分を助けてくれた恩人ですからね……」


 恐らくは満足な証言が取れそうに無さそうだ。未成年なので無理な尋問も出来ない。状況から見ても彼女の被害を未然に防いでくれたのは確かだ。


「工場の防犯カメラはどうだ?」


 刑事の一人が壁際にあるカメラを指差しながら言った。


「駄目でした…… 電源が入ってませんでした」


 監視カメラは何者かの手によって電源をおとされていたのだった。


「窃盗目的で工場に侵入…… 誘拐犯たちと鉢合わせしたので襲った…… なのか?」


 防犯カメラを先に機能させなくするなどプロの犯行と思われた。しかし、被害者の話では少女風だという。益々なぞが深まってしまった。

 誘拐犯を襲った犯人は皆目見当が付かない状態になっている。


(迷宮入りしそうだな……)


 そう感じた刑事たちは全員ため息を付いた。


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