被災地 -遺体-

 軽トラックは町の外れの小さな団地のようなところに到着した。

「降りろ」

 ドンが怒鳴るように言ってきた。

 ドンにしてもライアンにしてもいつも怒鳴るように話すようだ。

 僕は軽トラックの荷台から飛び降りて、ドンとライアンの後ろについていった。

 さっき年齢を訊いたらドンはまだ三〇代だった。ライアンはもう五〇代。

 年齢はライアンの方が上なのに、ドンはライアンにタメ口で話している。

 ドンの方が立場が上なんだろうか。

 だけどライアンもドンにタメ口だったような。

 二人は団地の敷地内の公園に向かった。

 公園には女の人と髪を緑色に染めた男の人が立っていた。

「おつかれ〜」

 髪を染めた男の人が挨拶してきた。

「ドン、そいつは?」

 髪を染めた男が僕を指差した。

「新入りだ」

 勝手に新入りにされている。

「あ、いや、少し手伝うだけで」

 髪を染めた男はにやにや笑った。

「ドンに気に入られたらそう簡単に抜けられねぇよ」

 緑色の男はけらけら笑った。

「それよりゾンビの場所はわかったのか?」

「三階の315号室」

 女の子が答えた。

 女の子は三編みでヒップホップな感じのキャップを被っていた。

「三階かー、めんどいな」

 ドンは団地を睨みつけた。

「まあ、やるしかないか。おい、新入り」

 僕の体はビクッとなった。

「簡単に自己紹介しろ」

「え、あ、は、はい」

 僕は唾を飲み込んだ。

「名前は、平林義昭で、す。えーと、へへっ、あのぅ、大学生です。普段は生物学を専攻してます」

「被災地ボランティアは初めてなのか?」

 髪の毛が緑色の男に突っ込まれた。

「あ、はい、そうです」

「なんでボラしにきたの?」

「えー、と、はい、あの、中学生の時にテレビでロックフォート事件を見てて、それで自分もゾンビに携わることがやりたいなと」

「ゾンビのゲームとかやったことある?」

「あ、はい、『デッドライジング』とか『Dying Light』とか、コールオブデューティーのゾンビモードも好きです。それとバイオハザードも好きです」

「バイオはどれが面白かったんだ?」

「あ、はい。4、5、6をやったんですけど、4が一番面白かったです。ゾンビが松明とか鉈で襲ってくるのを銃で食い止めるのが面白くて」

「4はゾンビじゃねぇーだろ」

 ドンがぼそっと言った。その言い方には棘があった。

 緑色の髪の男がくすくす笑っていた。

 僕は気まずくなって口を閉じた。

「お前、友達からはなんて呼ばれてるんだ」

「えーと、平林です」

「あだ名はないのか?」

「あ、いやー、ないです」

 ドンは困ったように頭を掻いた。

「まぁ、いいや。このおっさんがライアン。三つ編みの女子がバレンタイン。髪を緑に染めてるこいつがゴブリン」

「いやゴブリンじゃねーって、ジョーカーだっつーの。バットマンに出てくるジョーカー」

「ジョーカーって感じじゃないね」

 ライアンがにやにやして言った。

「とにかくこいつは、ゴブリンでいい」

 僕以外の皆が笑った。

 僕はノリについていけてなかった。

「この口の悪いうちのリーダーのことはドンって呼べよ」

 ゴブリンがドンを指差した。

「俺らの命はとにかくドンにかかってる」

「はい」

 僕はドンを見上げて返事をした。

 ドンは腕時計を見た。

「各自準備しろ。始めるぞ」

「ぅぇーっす」

 ゴブリンが気のない返事をした。

「新入り!」

「あ、はい」

「お前は土嚢袋を持ってこい」

「はい」

「マスクや安全ゴーグルは持ってるか?」

「はい、持ってます。100均で買ってきました」

 僕はリュックの中から道具を取り出した。

 ドンは僕の持ってきた道具一式を見た。

「あー、まぁ安物ばっかりだな。悪くはないが、まぁ今はいいか」

「今から建物に入るからマスクとゴーグルは最低限していけ。ゴム手袋あるならそれもした方がいい」

「はい」

「作戦中はゴブリンの後ろに張り付いて動け」

「あ、はい」

「ゴブリン!!!」

 ドンは大声で名前を呼んだ。

「ぅぇっす」

 ゴブリンが振り返った。

「こいつを守ってやれ」

「ぅぇーい」

 ゴブリンは僕に向かって手を挙げた。

 僕は頭を下げた。

「とにかく勝手な行動はするな。ボーッともするな。作戦中は毎回人生で一番集中しろ」

「はい」

 ・

 ・

 ・

 小学生の頃、永友君の家で遊んだことを思い出した。

 永友君は公営団地に住んでいた。

 団地には公園もあったが、僕らはもっぱら建物の中で鬼ごっこをするのが好きだった。

 僕らは階段を走り回ったり、廊下に投げ出されている荷物の影に隠れて鬼をやり過ごしたりした。

 団地特有の埃っぽさと薄暗さが秘密基地感があって好きだった。まるで巨大な宇宙船か戦艦の中で走り回っている気になった。

 だけど永友君が転校してから僕らは団地で遊ぶことはなくなった。

 団地に住む独居老人がゾンビ化して他の住人を襲う事件があったのがきっかけだった。

 永友君の家族は事件の後すぐに引っ越して別の小学校に移ってしまった。

 転校前、僕らは「また遊ぼうな」とか「携帯があるからいつでも連絡とれる」と言っていたが、転校後再会したことは一度もなかった。

 きっとあの団地が僕らを繋いでたんだと思う。


「急げ!!」


 ドンに怒鳴られた。

 僕は大量の土嚢袋を担いで集合住宅の階段を登った。

 真夏の昼間に長靴を履いてマスクとゴーグルをして階段を駆け上がるのは拷問だった。

 ゴーグルはすぐに熱気で曇るから僕は何度も立ち止まってゴーグルの曇りを指で拭った。

 ジーンズは汗を吸って重くなり、肌に貼り付いて気持ち悪かった。

 土嚢袋を担ぎ直して、階段を駆け足で登ったが、長靴は足首が上手く曲がらず段差に躓いた。

「大丈夫か」

 ゴブリンが駆け寄ってきて、僕に手を貸してくれた。

 ゴブリンの手にはスコップが握られていた。

 ドンは鍬を持っているし、バレンタインは殺虫剤の缶を二本持っている。

 ゾンビ退治をするのにずいぶん日用品ばかりを装備する部隊だなと思った。

 僕が階段を登りきると、ライアンを先頭に廊下をまっすぐ突き進んだ。

 僕らがいるこの建物は国交省が管理する職員寮だそうだ。

 昔この村には水質調査や水生生物を研究する大きな国の施設があったようだ。その施設で働くスタッフがこの寮を利用していたらしい。

 1990年代も後半になると、平成の大合併に合わせてこの町の施設は水質検査をする部門だけを残して、残り全ての事業を新設された施設に移行。ここの職員寮も数人が利用するだけとなった。

 ドンが言うにはこの村の施設は一種の左遷先のような扱いだったらしく、働く職員も50代以上の使えない者ばかりだったそうだ。閉鎖できない公共施設を"運用"するためそのような使い方をしていたのだという。

 薄暗い廊下を僕らは進んだ。廊下の柵に張り巡らされたグリーンカーテンが太陽の光を遮っていた。なんでこういう団地に住む人は植物を育てたがるのだろう。永友君の家も廊下に鉢植えを並べて花を育てたり、ベランダで野菜を育てたりしていた。

 グリーンカーテンの中からカメムシが落ちてきた。

 僕はそれを避けて、廊下を進んだ。

「ここだ」

 ライアンが立ち止まった。

 部屋番号は315。

 マスク越しにもわかった。部屋の中から異臭がする。

 窓は真っ黒で中が見えなかった。カーテンを閉め切っているんだろうか。

 ゴブリンが窓を指で叩いた。

 窓を覆っていた真っ黒がざわざわっと動いた。

 僕は驚いて後ずさった。

 真っ黒の動きが、研究室で何度も見た動きだったからだ。

「ハエだよ」

 ゴブリンが振り向いて言った。

「鍵は?」

 ドンの問いかけにライアンがドアノブをゆっくり回す。開かない。

「閉まってるな」

 ライアンが顎で合図すると、バレンタインがキーピックを取り出した。

 ドアの鍵穴にキーピックを差し込むバレンタイン。

「開けれるか?」

「古いタイプの鍵だから余裕」

 カチャンっと音がすると、バレンタインはキーピックをゆっくり抜いた。

 ライアンがそっとドアを開けた。

 中から物凄い異臭が溢れ出てきた。まるで異臭が質量を持っているかのように、僕の全身にぶつかった。

 僕はマスクの隙間を手で塞いだ。意味は全くなかった。マスクの繊維の間を異臭がすり抜けて鼻の穴に入り込んでくるからだ。

 ドンは吐きそうになる僕の胸ぐらを掴んで、ほっぺたを叩いてきた。

「集中しろ」

 僕は無言でうなずいた。叩かれたから声を出せなかったわけじゃない。口を開けると異臭が口の中に入り込んできそうだから唇を閉じていた。

 ライアンがマグライトのスイッチを入れた。

 真っ暗な部屋の中に一筋の明かりが走った。

 ライアンとドンはハンドサインで合図し合った。はじめにライアンが部屋の中に入って、続いてバレンタインが部屋の中に入った。

 こんな臭い室内に入るなんて勇気のある女の子だなと思った。

 ドアが重い音と共に閉まった。

 室内からスプレー缶を噴射する音が聞こえる。

「ああやってハエを退治してんのさ」

 ゴブリンが教えてくれた。

 僕はコクコクとうなずいた。

「死体にたかってたハエが他の家に行ったら大変だろ?」

 ゴブリンが説明を続けてくれた。

 僕は頭の中でずっと「帰りたい。帰りたい」と呟いていた。

 スプレー缶の噴射音が止んでしばらくすると、ドアが開いた。

 顔を出したライアンが「入っていいぞ」と言った。

「土嚢袋は置いてていいよ」

 ゴブリンがそう言うので、僕は廊下に土嚢袋の束を置いた。

 ドンは扉を開け放ち、「お邪魔します」と言って中に入って行った。

 ゴブリンと僕も後に続いた。

「ゾンビはいたか?」

「いた。でも死んでる」

「案の定だな。日が経ちすぎてる」

 ゾンビ相手に「死んでる」とは滑稽なやりとりだった。

 僕の鼻も異臭に慣れてきつつあった。この異臭の原因は死臭だろう。泥のような、有機物をたくさん含んだ浜辺のような、玉ねぎが腐ったような臭いだった。

「ここだな」

「コタツかー。最悪だな」

 ライアンが照らした先にはコタツ布団から飛び出た粘土の塊のようなものがあった。

「開けますよ」

 ゴブリンがカーテンを開けた。シャッという音と共にカーテンが開いた。カーテンレールが壊れていて、カーテンが床に落ちた。カーテンの滑車が数珠玉のように床を転がった。

 窓から光が入ることで部屋の中がより鮮明に見えた。

 殺虫剤のせいだろう、部屋中の床にハエの死体が転がっていた。

 コタツ布団から飛び出しているのは約1メートルくらいの巨大な粘土だった。色が焦げ茶色だから巨大なハンバーグのようにも見えた。

 畳の上を白いご飯粒のようなものがぴろぴろ動いていた。

 僕はその白いご飯粒に近づいた。

「あんまり近寄らないほうがいいぞ」

 ゴブリンにそう言われた。

「大丈夫です。見慣れてるので」

 僕の予想は当たっていた。畳の上のぴろぴろは蛆虫だった。

 蛆虫は畳の上だけでなく、巨大ハンバーグの上にも集っていた。

 僕は巨大ハンバーグを見てあることに気がついた。

 この巨大ハンバーグは人型をしていたのだ。

 僕は直感的にやばいと気づいて顔が引きつった。

 頭の中でこの巨大ハンバーグの正体が何であるか答えの予想がついてしまったが、それを口に出してはいけない気がした。

「仏さんを見慣れてるのか?」

 振り向くとドンが立っていた。

 僕は恐る恐る口を開いた。

「これって」

「人だよ。人の遺体」

 僕は後ずさった。後退りすぎて壁にぶつかった。

「こっちにもいた」

 キッチンからバレンタインが顔を覗かせた。

 ドンやライアンやゴブリンはキッチンに向かった。

 僕はここに自分一人残されるのが嫌で、キッチンに向かおうとしたが、足が重くて上手く歩けなかった。

「こりゃ結構時間経ってるな」

「夏だしね」

「いつ死んだのかもわかんねぇ」

 やっとゴブリンの背後にたどり着いた。

 見るつもりはなかったのに、運悪く見えてしまった。ゴブリンやドンの隙間から壁に横たわった何かを。

 それが何かはわかってる。

 人の死体だ。

 彼らの会話を聞いていればそんなことわかる。

 だが壁に横たわっている何かはとても人間の死体に見えなかった。

 それを形容するなら犬の糞だった。

 1メートルくらいのからっからに乾いた犬の糞のようなものがそこに転がっていた。

 壁には何かが染み込んだような痕があった。痕は焦げ痕のようにも見えた。どす黒いもやもやがもやもやのまんま壁に投影されて染み付いたようだった。

 僕は頭の中が混乱した。

 気持ち悪いとかグロテスクとかエグいとかそう言うことじゃなかった。

 自分で自分を保てる自信を一気に失ってしまった。

 これが正気を失うということかと悟った。


 …ずるっ。


 背後で音がした。


 …ずるっ。


 見てはいけないと思った。振り返ってはいけないと思った。振り返ってはダメだぞと頭の中で何度も呟いた。だけど振り返ってはダメだと思えば思うほど僕の首は好奇心にかられてゆっくり後ろを向いた。


 見なければよかった。


 コタツ布団に入っていた巨大ハンバーグがナメクジのように這って僕に迫ってきていた。

 僕は体が固まってしまった。

 人の形をなした巨大ハンバーグは下半身がなかった。下半身は畳に溶け込んでいて、ハンバーグが這うたびに畳の表面が瘡蓋をめくるようにぺりぺりっと剥がれた。

「まだ生きてたか」

 ドンはそいつに近づくと鍬を振り上げた。鍬が天井に当たって天井の一部が凹んだ。

 ドンはお構い無しに鍬を振り下ろした。鍬の歯がハンバーグの頭部に直撃した。頭部はみかんのように呆気なく割れた。中から赤黒いドロドロの液体が溢れた。

 ドンは何度も鍬を振り下ろした。

 ハンバーグはぐずぐずに崩れた。崩れるたびに藁のような繊維が辺りに飛び散った。

 僕は人体に関して知識が豊富なわけではないが、あれが筋肉の繊維であることは容易に想像がついた。

 人が死ぬとあんな風になるんだと悟った。

 人の遺体なんて葬式か映画かゲームでしか知らない。

 どんなにグロい映画やゲームもこれには敵わない。

 動かなくなったハンバーグを土をならすように解すドン。

 骨がどろどろの肉の中から転がってきた。

「ゴブリン、新入り。スコップでこれを土嚢袋に移せ。ライアン、一輪車を持ってきてくれ。土嚢袋運ぶのにいる。バレンタイン、社協に片付いたって連絡してくれ!

 おい! 新人! おい!!」

 僕は目眩がしていた。景色が万華鏡のようにぐるぐる回った。

 僕は回転する視界の中壁に手をつきながら部屋の外に向かった。

 でも間に合わず、走りながらゲロを吐いた。

 自分の服にも足にも廊下にもゲロを撒き散らして、僕は前のめりに倒れた。

 ・

 ・

 ・

 自分が壊れるんだと思った。人の体って簡単に壊れるんだと思った。死んで放置しておくと人の体はあんな風に粘土になるんだと思った。壁に染み込んだ黒いあれは体液が染み込んだものだと教えられた。床を這っていたあいつに下半身がなかったのはコタツのせいで下半身が温められてはやく分解されたからだと言われた。

 コタツに入っていたなんて何月に死んだ遺体なんだろう。それとも真夏なのにコタツを出してたんだろうか。この辺は山の中だから朝方寒いとか? 案外冬に出したコタツを片付けるのが面倒だったからとかそんな理由かもしれない。キッチンにあった遺体は誰だったんだろう。家族か友達か。

 僕にはわからない。考えたくないのに、僕の脳みそにあの光景がこびりついている。あの非日常の光景を自分の中で納得させたくて何度も何度も頭の中で考えた。

 考えて考えて考えて、僕の脳みそはとても疲れた。

「頭からかけるぞ」

「はい」

 ゴブリンが頭から水をかけてくれた。

 園芸用のホースから流れる水は素っ裸の僕の体をつたい、ゲロと死臭を洗い流してくれた。

「着替えは持ってるか?」

「いいえ」

「だよな。いきなりドンに連れてこられたんだからな。俺の下着使えよ。安心しろって買ってからまだ封を開けてないやつだから」

「あ、はい。ご迷惑かけます」

「服の着替えは後で業務用スーパーに行こう。ダサいけど、まあ安い」

「はい」

 僕は横目でバレンタインを見た。

 先に体を洗い流したバレンタインは水着姿でアウトドア椅子に座ってくつろいでいた。 

「なんだ。気になるのか? 手を出すのはおすすめしないね。あいつ、白兵戦はマジで強いから」

「あ、いや、そういうわけでは」

 僕はバレンタインから目をそらした。

「なんで水着なのかなと思って」

「汗かくからだよ。どうせ作戦の後はこうやって体を洗い流すし。だからバレンタインはいつも下着の代わりに水着着てんだ」

 ゴブリンは水を止めてタオルを渡してくれた。

「下着とってくるから、待ってな」

 ゴブリンは走ってどこかへ行った。

「よう。どうだった人生初のゾンビ退治は?」

 ライアンが電子タバコをふかしながらやって来た。

「社会…勉強……になりました」

「そんなおりこうちゃんな答えは求めてねぇよ」

「人生最悪でした」

「上出来な答えだ」

「人が死ぬってあんな風になるんですね」

「まあな」

「いつもあんな感じの仕事してるんですか?」

「いや。いつもは歩くゾンビをばっさばっさとぶっ殺してる」

「そうですか」

「そう」

 ライアンはタバコをふかした。

 ゴブリンが着替えを持って戻ってきた。

 僕はお礼を言って封を開けてパンツを穿いた。

「これ、俺の着替えだけど着ときな」

 ゴブリンは金色の刺繍が入ったジャージを渡してきた。

 まったく僕の趣味ではないし、未だにこんな服を着る人がいるんだと関心してしまうくらい田舎のヤンキー感丸出しのジャージだったが、素っ裸で過ごすより何倍もいい。

「悪くねぇな」

 ジャージを着た僕をゴブリンはそう評した。

「いや、服のセンスがくそだせぇよ」

 ライアンがゴブリンをからかった。

 僕はその様子を見て、思わずくすっと笑った。

「日暮れ前に戻るぞ」

 ドンがやって来てそう言った。

 ドンは僕が着ているジャージを眺めて、「くそだせぇな」とつぶやいた。

 帰り、僕はドンやバレンタインと一緒にホンダのNボックスに乗った。軽トラックにはライアンとゴブリンが乗っていた。

「今日はどうだった?」

 ドンに訊かれた。

「とにかく疲れました」

「理想と違ったか?」

「あ、はい。ゾンビってあんななんだなと思って」

「あんなだな。死体なわけだから、まあ当然だ」

「はい」

「みんなメディアのイメージでゾンビを語るからな。ゾンビなんだから、臭いし汚いし。歩く死体だから頭潰すだけじゃ死なないし」

 例のフェンスの所に来た。

 フェンスの扉が開く。

 僕はミラー越しに職員寮のある山を眺めた。

「あの職員寮はどうなるんですか? きれいにしてまた使うんですかね?」

「それはないな。もともと手持ち無沙汰だった建物だから、今回を機に解体するだろう。行政にとっちゃ万々歳さ」

「なんだか利用された気分です」

 ドンは鼻で笑った。

「どこまで送ればいい? 自宅は福岡市だろ? どこかの駅まで送るぞ」

「ありがとうございます。助かります」

「今後も被災地に来るのか?」

「どうでしょうね」

 正直もう来たくなかった。あんな経験はゴメンだ。

「来たくなったらウチに連絡しろ。ボラセンに並んで参加するよりいいぞ」

 僕は「はい」と返事をして、日が暮れていく窓の外を眺めた。

(続く)

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