死者 -生物災害-

 2011年。

 突然の出来事に報道管制をかける暇がなかったのだろう。自衛隊のヘリコプターより先にメディアの航空機が現場上空を旋回し、全国のテレビでは町中を歩き回るゾンビの数々が映し出されていた。

 逃げ惑う人々。

 町のあちこちに停まっている警察車両。

「現在、宮城県上空です……」

 レポーターが興奮した様子で地上の様子を伝えている。

 僕は固唾を飲みながらテレビを注視していた。

 ゾンビと思われる人影が車から降りた人影に齧りついた。

「あ、あれは、今噛み付いたようにも見えますが」

 レポーターは言葉を選びながら(いや、ぼかしながら)状況説明を行っていた。

 もう一人車から飛び出した幼い女の子が泣きながら走っている。

 それをゾンビが追いかける。ゾンビの動きはのろいから普通に走り続ければ追いつかれることはないけれど、女の子はつまずいてコケてしまった。道の真ん中で泣きじゃくる女の子。ゾンビの群れが、覆いかぶさるように女の子を襲った。

 レポーターも言葉を失っていた。

 しばらくヘリコプターのエンジン音だけが響いていた。

 画面がパッと替わった。別のヘリコプターのカメラに替わったようだ。

 道路を縦隊で走る自衛隊の車両だった。

 自衛隊の車両はゾンビの群れの手前で横隊を組んで停まった。

 車両の中から銃で武装した隊員が出てきて、車両を盾にして隊列を組んだ。銃口はしっかりゾンビの群れに向いていた。

 ハリウッド映画のようにすぐに発砲することはなかった。

 隊員の一人が無線でなにか話しているようだった。

 その様子を上空から捉え続けるカメラ。

 ゾンビの群れが車両に近づいた時、隊員が一斉に発砲を開始した。

 上空のヘリコプターにも届くほどの銃声。

 銃弾を受けたゾンビは体を左右に揺らしながら地面に倒れた。

 だが、倒れたゾンビは糸で引っ張られたようにすくっと起き上がり再び自衛隊の車両に近づいた。

 自衛隊の発砲ではゾンビを制止させることができず、ついに隊員の一人がゾンビに掴まれた。

 掴まれた隊員はゾンビの頭を何度も拳で殴っていた。

 その様子はテレビの画面越しだと妙に衝撃的だった。

 なぜならゾンビの姿形は老人だったからだ。服装から察するにどこかの病院か福祉施設にいた老人だと思われる。

 テレビの画面越しだと、迷彩服の屈強な男が寝間着姿の老人を何発も殴っているように見えた。

 やがて別の隊員が掴んでいるゾンビの頭に発砲した。

 撃たれたゾンビは床に倒れた。

 掴まれていた隊員は腕から出血していた。どうやら噛まれたようだった。

 仲間に介抱される噛まれた隊員。近づいてくるゾンビの群れに発砲を続ける隊員。

 頭部を撃たれて活動を停止したかと思われたゾンビが、また糸に引っ張られたようにすくっと起き上がった。

 そして起き上がったゾンビはアサルトライフルを乱射している隊員に襲いかかった。

 現場の混乱がお茶の間にも伝わってきた。

 迷彩服の隊員は次々襲われていった。

 地上を映していたカメラが突然空を向いた。

 メディアのヘリコプターの直ぐ側を自衛隊のヘリコプターが旋回していた。

 どうやらメディアの航空機は追い払われているらしかった。

 現場から離れつつなんとか様子を伝えようとするカメラ。

 カメラの前を自衛隊の対戦車ヘリコプターが何機も通り過ぎていった。

 直後機関銃を乱射する音が響いた。

 カメラは遠目で、地上に攻撃する対戦車ヘリコプターの様子を映し続けた。


 2011年に発生したこの災害は、我が国最大の生物災害となった。

 それから3ヶ月後、ゾンビが蔓延する宮城県一帯は監視塔付きの壁で覆われた。その壁が堡塁のように見えることから、2011年の発災から収束までの流れはロックフォート事件と呼ばれることになった。

(続く)

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