第一章 切望、邂逅
夢と言うには、あまりにも暖かく。
現実と言うには、あまりにも美しすぎて。
三鶴の眼に、
────おそらく、きっと。
その瞬間、三鶴の人生は始まったんだろう。
◇
「はぁ・・・」
高校二年生の春休みも最終日となる日の早朝。
三坂三鶴は起きて早々に深い
寝起きで重い上半身を無理やり起こす。
「・・・明日から俺も学校か。・・・皆、何がそんなに楽しいのかな」
部屋の窓から楽しそうに笑って歩く学生達を見て、三鶴は気だるそうに呟いた。
高校二年生という中途半端な時期、春休みというそれなりに長期間の休みが今日で終わりともなれば
しかし、三鶴の憂鬱はそこから来たものではなかった。
────三鶴はとあることで悩んでいた。
高校生にもなれば悩みの一つや二つはある。
しかし普通、高校生の悩みとなると学校や家に関する平凡な悩みが多いだろう。環境、進路、恋愛───まあ大半はこんな平凡なものだ。
しかし、三鶴の悩みはそれらは一切当てはまらず、彼の日常には一見すると何の問題もない。
特に日常生活でトラブルがあるわけでもない。友人は・・・まあ多くはないが、親しい友人や家族とも上手く付き合っている。
成績は常に優秀、勉強などせずとも希望する進路先に進めるので悩むことは無いだろう。
恋愛も・・・いや、これに関しては、三鶴の悩みに関係しないということもない。しかし、周りに想い人がいるわけでもない。いないこと自体を悩んでいるわけでもない。
三鶴は一般的な基準からして、容姿も学力も運動能力も全て優れている方であるため周りから見れば悩みなど無いように見えるだろう。
そう、十分な能力を持つのだから、基本的には手に入らないものなどないはずなのだ。
しかし実際のところ、三鶴の苦悩は普通の高校生のそれと比べてかなり深いもので。
彼が悩むのは、「手に入らないもの」があるからである。
───では。彼が手に入れたくても手に入らないものとは?
───彼の悩みとは、なんなのだろうか。
◇
「・・・おはよう」
目を覚ましてすぐ、三鶴は机上の「ソレ」に向かって声を掛ける。
高校生一人が使うにしてはやや広めの部屋、その中央にある木製のデスクに置かれているそれは、所謂
縦に長い楕円系の形をしたその装置の中には、小さく動くものがいる。
────いや、「映って」いる。
その狭い空間の中で、ソレ───いや、「彼女」は三鶴の方へ向き可愛らしく手を振っている。
「元気かい?・・・なんて、聞いてもしょうがないな」
そう、その装置の中にいるのは───有り体にいえば、「キャラクター」だ。
『二次元の』
『空想の』
『フィクションの』
─────『架空の』人物のことだ。
一口にキャラクターと言っても様々な捉え方があるだろうが、全てに一貫している事実がある。
それは、「現実には存在しない」ということだ。
そして三鶴の悩みはまさにそれだ。
「・・・× × × ×に逢えるなら、他に何もいらない。でも、実際にあるのは・・・要らないものばかりだ。望んでもないものだけが、手に入る」
三鶴は───そう、俗に言うところのアニメオタクである。
アニメオタクというだけではそう珍しくもないが、三鶴は
《自分は、普通じゃない。だから、きっと本当の自分は誰にも受け入れられない。》
とある過去から、そう考えるようになり。
その日から、心の中で人と距離を置くようになった。友人も──家族でさえも。
想い人は画面の中にいるのだから、現実に恋人など居るはずもなかった。
──────三阪三鶴の心は、
◇
「自分は生まれた世界を間違えた」などと、卑屈が過ぎる考え方をするようになったのはいつからだろうか。
三鶴は、心の底から× × × ×のことを愛していた。
それはただ、現実の異性にするのと全く同じように、真剣に恋をして。その恋情が、誰より純粋で大きかっただけだ。
三鶴は、これまでの人生で× × × ×に近づくためにあらゆる手を尽くした。
使える時間は全てそのために費やした。
その結果、キャラを模したフィギュアやキャラを映し出す装置など、現代の技術で創れるものは全て手に入れた。
それは三鶴が本当に求めるものとは程遠いものばかりだったが。それでも、好きなものに時間を費やすのは幸せなことだった。
しかし、時が経つにつれ─────
三鶴は、いつしか次元の壁に気付かされてしまった。
そもそも存在している世界が違うのだ。会えるはずも無ければ、気持ちを伝えることすら叶わない。
─────どれだけ焦がれても、届かない。
三鶴にとっては、何も変わらない日々、時間の止まった世界で。
装置から再び× × × ×の声が再生される。大好きなはずのその声が、今は何故か無機質に聞こえた。
「っ・・・・・・う、ぅ・・・・・・っ」
────三鶴は、ついに涙を流した。今まで堪えてきた感情が、一気に溢れ出すのを感じながら。
「──ディー、ネ・・・・・・」
三鶴の眼から一筋の雫が零れ落ちる。
─────────それは、刹那だった。
涙が装置へ零れ落ちた瞬間、それは瞬く間に光り出した。
眩しすぎて、目を開いていられないほどに。
そして、三鶴が眼を開いた時────目の前には、信じられない光景があった。
三鶴の眼には、これまでの人生で全てを捧げても手に入らなかったものが。
生涯追い求めてきた人が、映っている。
「んもー、待ちくたびれましたよ〜?三鶴さんっ♡」
夢と言うには、あまりにその声は暖かく。
現実と言うには、あまりにその微笑みが美しすぎて。
だから、この非現実的すぎる時間に。
「・・・お願いだから、もし夢なら覚めないでくれ・・・・・・」
三鶴はただ、終わりがないことを願う。
体の力が抜け、意識が遠ざかるのを感じる。
薄れゆく意識の中、聞き慣れた、しかしもう無機質には感じないその声を聴いて。
─────三鶴の意識は完全に途絶えた。
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