2-10









 様々な都市から遠く離れた、辺境の地。百数人しか住んでいない、小さな町。

「姉さんが? そんな……どうして……」

 舞い込んできた突然の知らせに、シルヴィアは激しく動揺を見せる。机を挟み向かいに座る父も同様に、激しく困惑しているようだった。

 何事もない昼下がり、唐突に隣人から持ち込まれた凶報に、シルヴィアの人生は大きく変えられた。

 姉、ソフィアが投獄されたという事実。十数年にわたり国を脅かしてきた竜を討伐した彼女の姉は、称えられることはあっても決して罪に問われることなど無いはずだ。

 そんな姉が、投獄されたと知らせ。

 真相にたどり着かねばならないと、必要なら助けねばならないと、彼女は席を立つ。

「シルヴィア……」

 父が悲しみに暮れた顔つきで彼女の名を呼ぶ。

「お父さん。私、王都へ行くよ」

 足腰を悪くした父では、王都までの道のりは難しい。だったら私が行くしかないと、そう心へと刻み、彼女は旅支度を始める。

 影になった窓際で、萎れた白いガーベラが一輪、花瓶の中で佇んでいた。





 王都へ行く、と家を出て数か月。

 姉に起きた出来事の真相を知るための捜索は、正直に言って大した進展を見せていなかった。

 法的な力によって起こされた出来事を、王都へ来たばかりの人一人の力で調査することはかなりの困難を究めている。

 ましてや、早々に「姉の身に起こったことを知りたいのです」と様々な場所で言いまわってしまい、最初から警戒されているという始末だった。

 今も何度目かわからない、姉が最後に住んでいたという家へと足を運んできた帰りだ。

「どうすればいいんだろう……」

 西日を背に受けながら、寒空の下を一人歩く。

 王都の通りはどこも人が忙しなく行きかっているが、必要以上に関わることはせず、どこか寂しい雰囲気を感じる。

「やあお嬢さん。どうやらお困りの様で」

 瞬きをした直後、今まで誰も居なかったはずの真正面に白衣を着た男が直立していた。

 気味の悪い笑みを浮かべ、眼鏡を光らせながらこちらを見ている。芝居がかったその台詞もまた、不快さを加速させる要素の一つだ。

「な、なんですか。私は用がありますので……」

 なるべく顔を見られないようにと背け、足早に去ろうとする。

 しかし、男の横を通り抜けたところで、囁くように男が吐いた言葉が彼女の足を止めた。

「お姉さんを探すの、手伝ってあげよう」

 彼女の足が止まった。思ってもみなかった発言に、困惑の念を覚える。

 それは何が目的なのか。そんな思考が頭の中をぐるぐる駆け巡り、止まらなくなった。

 誰かに助力をしてもらうこと自体は喜ばしいことだが、姉が投獄された原因は騙されたからで、私もそういう話に引っかかる可能性がある。でも一人でこのまま調べていても何も進展はない。

 どうすれば、どうすれば、どうすれば。

 彼女の回路が熱を帯び始めたとき、それを冷やす様に男は言葉を紡いだ。

「僕は君のお姉さんに法石のことを尋ねたいだけさ。僕は法石の力を研究していてね、より便利に法石を使ってもらいたいんだ」

 相も変わらず不快な笑みを浮かべていて、生理的に受け付けなかった。しかし、姉を探すことの重要性に比べればそれは些細なことだ。

「話くらいは、聞いてもいいです」

 シルヴィアは男の方へと振り返り、なるべく鋭い目つきを意識しながら言い放った。





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勇者じゃなくてもいいですか!? 斎藤れっつ @Letsman

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