2-9
何度落としてもまた宙空へと舞い上がるその黒き翼に、ソフィアはいい加減うんざりしていた。
それでも止まることを知らぬかの如く幾度も振り続けられるその剣は、精細さを欠くことなく的確に的を射抜いてゆく。上へ、下へ。右へ、左へ。縦横無尽に飛び回るその禍々しき竜たちに合わせ、鋭く剣を振り続ける。
「いい加減に!」
もはや遊ばれているのかと疑いたくなるように繰り返されるそのやり取り。
眉間に深くしわを寄せ、瞳に怒りの炎を燃やす彼女の剣を止めたのは、得体のしれない乱入者だった。
「なに⁉」
光の残像が走り、眼前に飛来してきた竜がその胴体を二つに分ける。遅れてその身体から多量の血が噴き出して、地へと堕ちた。
眩く輝く人形。何故だか女性に感じるそれは、剣に付着した血液を勢い良く払って、身長ほどもあるその剣を構えなおす。その際、ソフィアのことを一瞥したように見えた。
「ソフィアさん、大丈夫ですか!」
少し遅れて黒髪の青年、アイドがやってくる。額に多量の汗を光らせながら二刀を携え、心配そうにソフィアの元へと駆け寄ってきた。
よく見れば、左腕のブレスレットにはめられた法石が赤く光っている。
ソフィアはその光がどこか自分に似ている、そんな感覚がして、少しの間目が離せなくなった。
「アイド、よかった。あれは君の?」
視線でその眩い彼女を指す。
当の彼女は言えば、すでに次の竜を切り裂き、同じように付着した血を振り払っていた。
「そうみたいなんですけど……正直、よくわからなくて」
「わからない?」
一匹、また一匹と墜としてゆく彼女の姿を、少し引いて眺める二人。肩へ傷を負い、荒い息をしているアイドと、傷こそ治っているが服は破け持つ剣は既にボロボロのソフィア。
「この石が語りかけてきたような、そんな気がして。それで、石に触れたら彼女が現れたんです」
「昔から持っていた石なんだよね? それが突然……。それに彼女、何だか」
ソフィアは光の乙女を今一度深く観察する。
彼女の放つその鋭い剣筋は、一切の迷いを感じさせない経験と信念によるもののように見えた。それは他の法石の力による無機物的な現象とはかけ離れており、限りなく人間を感じさせる。
「どうしました?」
途中で言葉を切ったソフィアに対して、アイドは抱いた疑問をそのままぶつけた。
しかし、彼女からの返答はない。少しだけ眉間にしわを寄せた表情で、ただ見つめ続けている。
そして、ついに最後の一匹を光の乙女は切り捨てた。
軽くため息を吐いたように肩を落とし、くるりとアイドの方へと振り向く。髪の毛と思われる部分がふわっと浮いて、優しく舞った。
彼女は軽く首をかしげながら、頭の高さで手を広げる。表情は見えない――というか顔がない――が、はにかんでいるように見えてアイドの心臓は少しだけ跳ねる。
それから数秒も経たず、月光よりも眩い彼女は光の粒子となって消えた。左手の法石もそれに連動して落ち着きを取り戻している。
「何とかなった、ね」
「はい、何とか」
二人を空虚な月明かりが包む。
落ちた木の葉が一枚、風に揺られ飛んでいった。
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