2-8
「見ている場合じゃっ!」
再び行われた突進を寸でのところで上体を逸らし避ける。後方へと過ぎ去ったそれを追うようにしてアイドも振り向き、対峙した。
「こいつら硬すぎ! もうっ!」
ソフィアの憤りがアイドの耳へと届く。
英雄ですら一匹も落とせていない、自分ではどうだ? そんな焦燥感を抱えながら剣を構える。
左手の短剣、普段は櫛状の峰部分を相手へと向けているが、今回は剣を持った相手ではないので刃の部分を向け直す。
ふう、と少し息を吐く。少し心から要らない感情が消えていくような感覚がした。
再び眼前の竜が突っ込んでくる。
今度は射線より体全体を右へ逸らしながら、迎え撃つように右手の剣を振り抜く。
金属が硬質な何かに当たった音が響く。同時にアイドの手にはかなりの衝撃が走った。
見れば振り抜いた剣には血液も何も付着していない。
(この剣じゃ重さ不足か! でも攻撃はワンパターンだし、あんまり頭は良くない?)
先ほど見ていたソフィアへの攻撃行動も、今のような噛みつくことを目的とした突進が多いようにアイドの瞳には映っていた。
(でも傷一つつけられないとなると……。ソフィアさんに頼るしかない? いや、四匹も相手にしているところに行っても邪魔になる……)
思考している間にも竜は向かってくる。ひとまず反撃は諦め、回避に専念することにした。
ひたすらに避けて、避けて、避ける。
(ジリ貧か……)
何度も続けていると、回避行動により体力が、思考により精神が削れていく。段々とその精度は落ち、翼がどこかを掠めることも多くなってきていた。
「しまっ!」
ついに彼の肩へとその竜翼が直撃する。食いつかれたわけでも、胴体を当てられたわけでもないが、人ほどの大きさの竜が持つその両翼は彼を吹き飛ばすには十分すぎる質量だった。
運悪くソフィアとは逆の方向へと地面を転がる。
「……ッああッ!」
激痛に思わず叫びが漏れ、握っていた剣を両方落とす。
思考が痛みに支配されて、次の行動へと移れない。
もがく合間に竜が近寄ってくる。地面に転がるアイドの耳に届く、終わりを告げる羽の音がだんだんと大きくなってゆく。
視界の端では未だ戦い続ける、ブロンド髪が眩しい女性が映っている。
一秒が長くなって、長くなって、長くなって。
彼女の振る剣が遅く見える。
翼のはためく音が低く聞こえる。
自らの心音の間隔が、どんどんと空いてゆく。
ここで終わりか。そう確信したアイドの中に、ひとつ、声が聞こえた。
「大丈夫。私が君の、力になるよ」
聞き覚えがあるような、だけれどわからない、そんな声。
何故か気になって、アイドは無意識に左手首のブレスレットに触れる。そこに付けられている宝石に、法石に、触れる。
瞬間、目を瞑るほどの光と衝撃。
次に、ふわりと頬を撫でる風。
「な……に……?」
そしてアイドが視認したのは、眼前に刺さる光の大剣だった。
およそ成人男性の身長と同じ大きさの剣が降ってきた。唐突の出来事に、ただそれを見つめることしか叶わない。
飛来していた竜も、思わず動きを止め少しずつ後退しているように見える。
自らが呼んだのかどうかさえよくわからないその剣を手に取るために、彼は立ち上がろうとした。
しかし、先ほど受けた傷が痛み、バランスを崩す。
そんなアイドの体を、優しく支える人物がいた。
眼前にある剣と同じ、光。
まさしく同じ、光に包まれた人物が、優しく彼の体を抱き起こす。
「あなた……は……?」
状況をうまく理解できず、そんな質問しか出てこない。
(知ってる気がする……でも、わからない。女性のような……)
その質問を受けて、彼女は少し頭を掻いた後、肩をすくめて見せる。そして、刺さっている大剣を勢いよく大地から抜き、落ち着いた様子で切っ先を先ほどの竜へと向けた。
竜が咆哮を上げ迫る。
彼女が光剣を後ろへ引く。そして、振る。
次の瞬間、片翼の落ちた竜がアイドの足元へと転がり落ちて、打ち上げられた魚のようにはねていた。
斬った。
傷をつけられないと思っていたその竜を、光剣を携えた彼女は一振りで斬ってしまった。
唖然とするアイドに、彼女はすたすたと歩み寄ってくる。そして未だ足元で蠢いている竜の胴体に剣を突き立て、軽々と落とす。
料理でもするかのようにスッと剣は入ってゆき、やがて、竜は動くことを止めた。
未だ状況を理解できていないアイドはただその場に立ち尽くしている。
口も眼も、何もかも開けて、茫然という感情をその顔全体で表していた。
そんな表情をするアイドの髪を、彼女はその眩い手でクシャクシャと撫でる。
されるがままにぐわんぐわんと頭を揺らされて、余計に何が起きているかわからなくなってしまった。
満足したのか、彼女はアイドの頭を撫でることをやめ、地面に落ちていた二刀を拾い、差し出す。
「え、あ……あ。ありがとうございます……」
ひとまず彼がそれを受け取ると、次に彼女は親指でどこかを指差した。首を傾げ、何かを問うているようだ。
そんなジェスチャーにつられてその方角を見てみると、未だ剣を握り奮闘しているソフィアの様子が映る。
「そうだ……行かなきゃ。手伝ってくれませんか⁉」
心の底からの頼みといったアイドの要請を受けて、彼女はゆっくりと頷いた。
それを見て駆け出したアイドに合わせ、彼女も走る。風にその短髪を揺らしながら。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます