第五十話 計画大根

「それ大丈夫なんですか?」

「いや、改めて洗い出ししてみたら、どうしてもな」


 やり終えた仕事の内容を確認すれば小さくため息が出た。こんな大きな企画書書くなんて何年ぶりだろうか?

 デスクの上で人形に抱えられたキーファが呆れたような声を上げている。


「こんな物書かなくても、私に言っていただければいくらでもお教えしますよ?」

「知識があるのと、計画を立てるのは別物だからな。今回のは特に…」

「ですが、やりすぎですよ。徹夜は健康に悪いんじゃなかったんですか?」


 何やら小言を言ってくるキーファを横目に、おいていた温かいカップを手に取る。人形が淹れてくれたコーヒーを一口飲むと、コーヒーが寝ぼけた頭にしみる。

 外を見れば朝日がカーテンの隙間から差し込んできた。それでも全く困らないのだから、困ったものだ。

 会社からの待機命令以来一週間、連絡が来ない。どうにも相変わらず記者連中が張り込んでいるらしいのだ。そんなに気になるようなネタなのかはわからないが、間違いなくそのツケは俺に来るだろう。

 だからこそ、こうやってダンジョンの企画書を作っているんだが。


「…さて、後どれくらいだ?」


 頭を使った後の、なんとも言えない疲労感に包まれながらキーファに聞けば、スマホの画面が切り替わる。

 

「現在マナ量『65389』です。結構溜まりましたね」

「これくらいは予想通りだ。『70000』溜まったら教えてくれるか? 多分今日中にはたまるだろう」

「いままた追加で40です」


 景気の良いことだ。

 一時これに殺されかけたが、これならよほどのことでもなければ心配ないだろう。

 椅子の背もたれにぐったりと寄りかかれば、背骨がミシミシ音を立てた。

 マナは俺の生命線だ。どういう仕組みかはわからないが、これによって俺は生かされている、らしい。実感はない。

 イノシシに殺されかけて以来、一応の健康診断なんかも受けたが、これといった変化はなかった。何かが引っかかることもなく、むしろ数字的には前より体調が良くなったらしい。

 確かめるチャンスはイノシシに潰されてしまったし、そのあとでマナの供給源もある程度確保できてしまった。ひとまずの安心のお陰で、なあなあでこれてしまった。

 その安心をすり減らす。

 考えるだけで頭が痛い。

 

「はあ…。まさか本当にやるなんてな…」

「私は嬉しいですよ?」


 ため息を付けば画面内のキーファはご機嫌そうに画面の中で体を揺すっていた。

 そりゃあ本分を果たせるんだから嬉しいだろう。こころなしかキーファを抱えている人形まで楽しそうに見えるから不思議だ。

 だが俺としては絶望的だ。

 ただのいちサラリーマンが、慣れない経営をやろうとしているのだ。不安以外の何物でもない。

 なんとか不安を誤魔化すために書いた企画書だけが頼りだが、それを添削してくれるやつはいない。しかも内容的には、半分犯罪計画書だ。果たしてこれでいいのだろうか。そんな思考がひたすら頭をグルグル回る。

 だが後戻りもできない。

 俺はちらりと脇に置きっぱなしにしていたスマホ(俺がもとから持っていたやつだ)に目を向ける。起動させっぱなしのメッセージアプリには、一つの返信が表示されている。相手は東雲だ。

 長いこと音信不通だったことに対する謝罪から始まる、最近の女子とは思えない長文が書かれたそのメッセージは、俺に頭痛の種を追加してくれたものだ。

 曰く、例の川越ダンジョンの急激な変化に対しては本格的な調査が行われることになったそうだ。どうも変化の具合が今まで起こってきたものの比ではなく、世界中から学者が集まって様々な観点からさらなる調査が行われるらしい。当時ダンジョン内にいた探索者はもれなく追加の調査協力が求められ、俺もそれに出る必要があるとのこと。

 つまり俺の想定していた最悪がやってきたということだ。

 東雲の説明では学術的な観点でとかいう話だが、なにかの拍子に俺の身辺調査なんかされたらキーファも人形のことも明るみにされかねない。そうなったらどうなるか。間違いなく楽しいことにはならないだろう。

 尊みたいなやつならそこからビジネスに展開させていったりするんだろうが、あいにく俺にそんな度胸はない。できることがあるとすれば、何かあった場合に対応できるようにしておくことくらい。そのための、俺のダンジョン事業計画書だ。

 俺はコーヒーを一口のむと、また計画書の見直しを始めた。

 さてうまくいくだろうか。

 

 

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畑にダンジョンができたんだが、これがなかなか便利です コーヒーメイカー @caffeemaker01

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