閑話 川越第3ダンジョン調査隊

「区画Aー46、クリア」


 そう言って、中山誠司はため息を付いた。

 自身の後ろでも数人のため息が聞こえる。いつものことだが、つかの間の休息だった。

 中山誠司はダンジョン庁実働部隊、第3小隊の隊員だった。日頃は重点探索ポイントとか上が言っているダンジョンの探索が主な任務(仲間内では仕事と呼ばれているが上は任務だという)だ。交代シフトを組み、ダンジョンに潜り、ひたすらに地図を広げていく。それが彼のルーチンワークだ。

 奇妙なものだなと思う。元は安定の公務員志望で警察官に成ったのだが、何故か今はダンジョンに潜っている。何が悪かったかといえば、時期が悪かったのだろう。たまたま当時、ダンジョンの出現に巻き込まれ、そのままダンジョン庁付きに異動になった。あの頃はよくあった話だ。

 正義のおまわりさんを目指していた当時の同期でさえ、そうやって何人も同じように異動したのだ。ただなんとなく警察官になった自分がそうなったとしても文句を言うような話ではないだろう。

 当時の同期は、仕事内容など、色々あって大半はいなくなってしまったが、この仕事になって中山は良かったなと思っている方だ。

 指示はおおよそ自衛隊由来の隊員が出してくれるし、自分はそれに従えばいい。ただ従っていさえすれば、所轄勤務よりかなり高い給料が支給される上、結構な装備も使うことができる。体力、精神力など消耗することが多いが、面倒な地域住民の対応なんかもやる必要がない分、ストレスは少ない。溜まってくればぶっ放せば良いのだ。そういう意味で、中山は現状に満足していた。

 いま川越まで出張っているのも、その延長のようなもの、と考えれば、悪くはなかった。

 なんでも唐突な変異があったとかで、内部調査の人員を回す必要があったのだとか。ダンジョン庁では割とよくある話だった。

 やることはほとんど普段と変わらない。ただ、変異後のダンジョンは、探索も少々面倒なのが嫌といえば嫌だが。

 中山はベルトから水筒を出すと、一口口に含んだ。スポーツドリンクが喉を潤してくれる。他の隊員も、似たようなものだった。チョコをかじったり、何かを手帳に書いたり、思い思い一息ついている。

 ダンジョンに潜って3日。そろそろ精神的にきつくなって来る頃合いだ。それなのに、まだ地下二階部分にしか到達していない。

 それというのも、変異したダンジョンはダンジョン庁が全責任を持って安全確認や研究を行わなければならないのだとかで、区画ごとに徹底的に調査しなければならないからだ。

 今も隊長と測量隊員がせっせと紙の地図に今まで進んできた道を書いている。100mごとに床や天井や壁の罠の有無を調べ、今まで倒してきた魔物について記録し、それを一回終わるごとに記録に残す。そんな面倒な工程を踏まなければならないものだから、遅々として仕事が進まない。もう2日で交代人員が来るとはいえ、面倒なことには変わりない。

 

「そういえば聞いたか?」


 やることもなく手持ちの装備の確認をしていれば、近くで別の隊員たちの話し声が聞こえてくる。

 

「なにがだ?」

「ここの前線、御堂会の連中が来てるらしいぞ?」


 御堂会、その単語に周りがざわつく。それはさざめきのように伝播する。

 中山は周りに気付かれないように。小さくため息を付いた。

 名の通った探索者について聞かされたときに、最近ではよくある反応だった。

 ダンジョンに通う探索者、その中には恐ろしく強い奴らがいる。いま自分たちは自動小銃なんてものを支給されているが、こんな物、玩具程度にしか感じないような奴らだ。

 御堂会というのもその一角だ。この業界では名の通ったやつら。中山も一度見たことがある。

 変異を起こしたダンジョンでは、時折化け物じみた魔物が出てくることもあり、時折ダンジョン庁の方で応援要請を出すことがあるのだ。今回もその一端だろう。

 まるでヒーローに憧れる少年のように、その同僚は御堂会の話をしている。やれ龍型の魔物の首を切り落としただの、渋谷にあるダンジョンでとあるパーティを救助しただの、おそらくファンなのだろう、そんな事よく知っていたなという有様だ。

 そんな熱を、中山は冷めた目で見て、自身の装備の確認に努めていた。

 そいつらは本当は俺らが守るべき市民だったんじゃないのか、というツッコミはしないでおく。それに悩んで同僚たちは辞めたのだ。

 交代まで後2日。中山の仕事は長かった。

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