第四十九話 副職大根
「疲れた…」
俺がぐったりと岩にもたれかかれば、風が顔をなでていく。湯だった頭が冷めていくようで気持ちいい。
しばらくそうしていると、近くの草むらが音を立てた。
そちらに目を向ければ、人形の青い目がこちらを覗いているのが見えた。手を上げて合図をすると、キーファを背負った人形が姿を表す。人形に背負われたキーファが心配そうに声をかけてきた。尊がいきなり来るとか言い出すから避難させたのだ。
「お疲れさまです、マスター」
「全くだよ」
なんだって会社の外でまで商談をしなきゃならんのだ。
話が終われば、尊は来たときと同じように嵐のように去っていった。後には疲れ切った俺が残されるだけだ。当面は来ないでほしい。
しばらく岩に寝転がっていれば、人形が車から水筒を持ってきてくれた。礼を言って受け取れば、中に入れておいたコーヒーがうまかった。
「しかし、良かったのですか?」
「なにが?」
そうして人心地付いていれば、いつの間にか人形に抱えられたキーファが画面の中げ首を傾げていった。
「あの話、
「ああ…」
最終的に二十万までいった人材紹介の副業話、俺は結局
実際うまい話だと思う。要はプロジェクトの成否に関わらず、その準備段階の手伝いをすればいいのだ。
尊の話は実際魅力的だった。ダンジョンの研究コンテンツ化。もし成功すれば、この国では間違いなくモデルケースになるような話だ。大会社がいくらかそういった試みをしているらしいが、中小、ベンチャーで始めたというのはなかなか聞かない。おそらく口説き方次第では、必要な人材を集めることは容易だろう。
簡単な仕事でお手軽な報酬。ローリスクハイリターン。実に魅力的だ。ただ、それ以外が問題すぎる。
「ったく、どっから聞いてきたんだか」
思わず舌打ちが漏れた。
尊は間違いなく、うちの会社の人事部からそのへんの情報を拾ってきている。本当は社外秘なのだがあいつのことだ、どうにかこうにか言うことを聞く社員を何人か作っているんだろう。こういうところがあいつの油断ならないところだ。
あの三年前の電話以来、ちゃっかりうちの会社とも取引を始めていたが、その間に人脈を広げていたらしい。
今回声をかけてきたのも、おそらくそういった関係だ。でなければ俺が突然の休みを言い渡されたことなど知るはずがない。その流れで、俺のところに来たのだ。
「そこまで問題ですか? ほら、ドラマなんかではそう言うので物語が進んでいくでしょう?」
「まあ、ね」
実際、営業なんてのは雑談から入るのが最も世話のない話だ。最近あったようなことを聞き、相手がちょっと困っているとか、解決したいことがあるなんてのを聞いて、そこに漬け込む、もとい、提案して商談に持っていくのは常套手段だ。秘密保持なんてものもあるが、まあ、そこは一つの信頼関係やら、色々ある。今回のも、俺になにかあったら連絡するだかしろだかで、何かしらの取引があったのだろう。営業は色々大変だ。
俺ももちろん、そういった呼吸はわかるつもりだ。俺もよくやっている手法だ。ただ。
「流石にああ言われちゃ断るしかないだろう?」
俺も最初はそこまで悪い話じゃないなと思った。小遣い稼ぎとして考えれば、いくらかの知り合いに声をかけるだけならやってみても良い。どんな成果でもこいつなら金は払うだろう。ただ問題だったのは、この一言だ。
「もしあれなら、例の後輩も誘ってもいいぞ?」
そう、尊はさらっと言ったのだ。尊がどういうつもりで言ったのかは知らないが、流石に警戒せざるを得なかった。
東雲が俺の後輩に成ったのは去年だ。それを尊が知っているはずがない。知っているとすれば、何かしらの魂胆があるはずだ。
東雲はあれ以来会社に来ていない。人事部が特に問題にしていないらしいのが救いだが、気がかりには違いない。今日も大丈夫かと連絡を送ったが、相変わらず既読はつけどそこから先はない。
これ以上後輩に迷惑を掛ける気にはならなかった。
それに収穫もあったのだ。
「ダンジョンの使用料、ね…」
尊の計画は壮大だった。まずはいくつか目星をつけたダンジョンのドロップ品研究から始まり、ポーションの効能の化学分析、探索の様子の専用ネットでの配信など多岐にわたる。その中に、一つのダンジョンを所有して、そこから使用料を取るというのがあったのだ。
法律的な話だが、どうもダンジョンの管理と、その土地への入場料というのは別の問題になるらしい。そこでダンジョンを中心に据えた、一つのアミューズメントパークのようなものを作ろうというのだ。
例の準備ショップを始め、探索に必要な装備などを売る店を揃え、テナント料を取る。また内部地図販売をして、安心を売る。そうやって集客して利益を上げるのだ。
もちろん、どうやってそんな都合のいいダンジョンを手に入れる気だと言えば、それはこれからだと言われたが、実際にできれば利益になるのは間違いない。そう、できれば。
「どうしました?」
俺はじっとキーファを見る。
手段は、ある。それに方方から目をつけられやすい現状、色々とその方が都合がいい。
しかし。
「やっぱりあいつは怖いな」
そんな感想が溢れる。なんでその話を持ってきたんだと俺が聞けばあいつは言った。
『なんとなくお前に持っていくのが良いような気がしたんだ』
そう言って笑った。
やり手社長のような連中は変な勘の良さを持っていたりするが、あいつもまさにそれだ。
流石にキーファのことはあいつも知らないはずだが、いきなり東雲の方に行かずに俺のところに来たあたり、薄寒さがある。
そんなやつと一時間も話すのはくたびれる。
俺はぐったりしながらダンジョンについて考え、コーヒーを飲み干した。そしてキーファに言う。
「やっぱりダンジョンやりたいか?」
「もちろんです」
キーファは即答した。
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