第四十八話 もうけ大根

 ダンジョンからの資源を商売にする。

 ダンジョンができたときから、あらゆる経済誌で取り上げられた話題だ。特に最初期はほとんど経済関係の話題はそれ一択だったと言っても良い。そして、よくある経済誌の話題と同じように、だんだん消えていった話題でもある。

 主な理由は、コスパだ。

 ダンジョンからの資源は高い。ポーションや薬草が出れば十万単位で取引される。それだけでも収入としては十分だ。ただし、それは個人で見ればの話だ。

 一日潜って十万円。もし仮にこれを日当と取ると、社会人の給料としてはかなりのものだろう。だが、そんな会社があれば間違いなく大赤字だ。しかも収益が上がるかどうかは確率により、場合によってはゼロ。経営は不安定の一言。従業員は命がけ。そんな会社が成り立つか? 答えはノーだ。

 だから日本ではダンジョン探索を商売でやろうという話は自然と下火になってしまった。どこもそんな話を銀行に持っていこうなんてしないし、稼ぐだけなら個人でやる方がよほど効率がいいからだ。

 だが、海外では違う。

 日本では結局収支の話になってしまうが、海外においてダンジョン調査会社、というのは研究会社を指す。

 大体の場合、設立しているのは富豪連中だ。彼らがパトロンとなり、探索者に出資し、彼らが持ち帰る成果を研究して発表する。もちろんドロップ品もオークションなどで売り払っているが、ダンジョンの内部地図の制作や魔物、ドロップ品の活用研究などをメインの収入に据える、という仕組みだ。

 おかげで最近は建材などでダンジョン由来の素材が使われるようになり、うちの会社なんかが割りを食っているわけだ。


「そう言う話は知ってるだろ?」

「おかげさまでな」


 なんて話を東雲から聞いていたが、実際問題確かに儲かるだろう。儲けを産もうと思えば、売れるものを作ってしまうのが一番簡単ではないが手っ取り早い。だが、それ以上に儲けようと思えば、設けられる仕組みを作れば良いのだ。

 研究の特許、素材活用のための魔物の対処、討伐方法、ドロップ率、そういったソフト面の研究。これらを有料コンテンツとして販売すれば、後はそれは金のなる木になる寸法だ。日本ではダンジョン情報は制限が厳しいが、海外では一般にもかなり開放されているらしく、そうやって儲けていると聞いている。

 だが簡単ではない。


「日本で流行らない理由知ってるだろ?」

「カネがかかるからな。当たり前だろう」


 俺が突っ込めば尊はさもありなんとうなずいた。

 日本でもやればいいと思うだろうが、これは簡単ではない。初期投資の問題が出てくるのだ。

 まず人件費。しっかりとした探索者を確保しようとすれば、もちろんカネがかかる。そこに装備費など、その他諸々を考えれば一人百万単位は飛ぶだろう。

 そこから研究費。研究の信用を担保しようとすれば、こちらもそれなりのものを提示しなければならない。名のある研究者を使えばその分かかるものもあるというものだ。

 さらにそれをコンテンツ化しようとすれば、後は雪だるま式に時間も資金もかかるに決まってる。

 日本で流行りのお手軽簡単に儲けましょうという方式とは真反対の方式だ。ハードルも高い。

 正直言って日本でやるには夢物語のようだ。

 

「それをやる気か?」


 草っ原にどっかりと腰を据えた尊を見る。

 正直これをどうにかしようというのはあまりに無茶だ。すべてがこの国では難しい。

 資金は間違いなく保たない。銀行が大嫌いなタイプの案件だし、ネットで資金集めをするにしても、すでに何件かやっている。そしてその大半がだめになった上、詐欺のようなものもあったせいで評判が悪い。

 あとのものも、クリアしなければならない案件が多すぎる。


「これを商売にするって、正気か?」

「それはもちろんそうさ。じゃなきゃ、こんな話はしない」


 尊は相変わらず自信満々だが、そう言われても困る。


「お前な、仮にやるとして、資金が続くとして、だ。何年かかると思ってるんだ?」

「おおよそ5年で考えてる。本当はもう少し早くやり始めたかったんだが、色々都合が悪くてな」

「そんなに付き合う気はないぞ?」


 5年もこいつに付き合っていたら、俺のメンタルがやられてしまう。

 難色を示してやれば、尊は自信たっぷりに首を振る。


「わかってるさ。そこまでやってもらう気はない。だが、お前いま暇だろ?」

「そう言われればぐうの音も出ないがな。それもいつまで続くかわからんぞ?」


 所詮は突発の休暇指示だ。マスコミの興味次第で、下手すれば明日にでも呼び戻される、はずだ。場合によっては逆もあるのが怖いところだが、それとなんの関係がある?


「お前に一つ仕事を頼みたいんだ。要は副業だな」

「副業なら畑で間に合ってるぞ?」

「とりあえず一月。それで10万と経費を出す。どうだ? 場合によっては色をつける」


 そういう数字がポンポン出るのがこいつの懐事情だろうか? なるほど。悪くない。


「内容次第だ。何させる気だ?」


 これでまたレジ打ちでもさせられれば溜まったものじゃない。見合わない内容でも嫌だ。そう言って聞けば、尊は鼻を鳴らして言う。


「前と一緒さ。お前に、このプロジェクトのための人材を探してほしいのさ。お前なら簡単だろ?」


 そう言ってなんてことのないようにいう尊の口調は、3年前のときと変わらない、なんてことのない様子だった。

 なるほど?

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