後編 博士の嘘
Day-120
コンピュータの小型化に成功。
いや、コンピュータというと語弊がある。コンピュータ、自動演算機だけの小型化ではない。演算の指令を出す装置。それの小型化だ。この装置は生物の小脳の中に埋め込まれることでその生物の運動機能、思考など、身体制御機能をサポートする画期的な発明だ。この発明の実用化によって人類は今まで悩まされていた幾つかの病気、障害から解放されることだろう。それだけではない。人と機械の融合を可能としたこの試みは更なる発展性をも示す。人と機械の融合、サイボーグの時代の幕開けであると言えるだろう。
だがこの装置は危険でもある。生物の脳に指令を出す装置だ。何らかの形で悪用されれば強力な洗脳装置ともなりうる。装置その物のプロテクト、装置に関する法整備、様々なものがまだ必要だ――。
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Day-30
教会の鐘が鳴っている。しかしそんなことはどうでもよかった。私はただ、目の前で土をかぶせられていく棺を見守るしかない。私は無力だった。
――ああ、ニコル。なぜお前が死ななければならないのだ……。
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Day01
「ヒッヒッ。ヒッ」
ルリビタキが鳴いている。この地方の冬にやってくる鳥だ。
私はニコルを見た。狭いアパートの一室で、ベッドに寝かされた我が娘を。私がこれから行うことは許されないことかもしれない。しかしこれが私のわがままだとしても、私にはもう、こうするほかに思いつかなかったのだ。
ニコルの小脳に設置した装置と人工心臓を確認する。装置と心臓から伸びたケーブルと、そこに繋がったモニターは異常を示すことなく正常に動いている。
私は装置を起動させた。
「キドウヲカクニン」
「チカクキノウリョウコウカクシュカイロリョウコウ」
ルリビタキが鳴いた。
「やあニコル。おはよう」
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Day07
「おお、ニコル。おかえり」
「タダイマカエリマシタハカセムリニオキナクテモダイジョウブデスヨ」
ベッドで寝ている私の元へ、ニコルが帰ってきた。
私はどうやら病気のようだ。生憎と医者ではないのでどのような病気かはわからない。しかし、重い病気なのは自分でわかる。ニコルのことは秘密にしなければならない。だから私も医者にかかるわけにはいかない。私はもう、長くはないだろう。
「何もなかったかい?」
「ハイダイジョウブデスハカセ」
ニコルの記憶は改ざんし、一から自分で学習をするように設定してある。これはニコルの死んだという記憶の発露によって自我の崩壊を招かないための措置だ。ニコルは私のことを生みの親の博士としてしか認識していない。
「イマスープヲツクリマスネハカセ」
しかしそれでも、私は幸せだ。
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Day111
これでよかったのだろうか?
私は疑問に思うようになっていた。
ニコル。私の愛しい娘。しかし父を忘れ、自分を忘れて新たに生きる我が娘よ。お前は何も知らない。父のことも、自分のことも。
私はただ、娘と暮らしたいだけだった。だが、これでいいのだろうか?
ニコル。私の愛しい娘。しかし新たに生まれたもうひとりの娘よ。
私はニコルをどうすべきなのだろうか――。
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Day134
咳と共に血を吐いてしまった。いよいよ私も長くはないらしい。
心配するニコルをなだめながら、私は考えていた。
このニコルは、私の娘だ。ただし一人目の娘ではない。二人目の娘だ。
「ニコル、大丈夫、大丈夫だよ」
言いながら思う。死にゆく私と違い、この子は生きるべきなのだ、と。
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Day305
「ニコル。私の願いを聞いておくれ」
私はか細い声でニコルに言い聞かせる。もう、言葉をつむぐことすら疲れてしまうこの体が恨めしい。
「ニコル、私が死んだら旅に出ておくれ」
「博士、死ぬなんて言わないでください」
ニコルが私の胸に顔をうずめた。泣いている。そう、泣いているのだ。お前はロボットではない。
「悲しまないでおくれ。これは仕方のないことだ」
ニコルを抱きしめる。我が娘の、温もりを感じる。
「お前には私の世話をしてもらった。だが、私が死んだらお前は自由だ。外へ出て、お前の世界を広げておくれ」
ニコル。お前の人生を生きておくれ。そう願いながら。
「自由になりなさい。ニコル」
私は目を瞑った。
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Day342
暖かな光が見える。
光の向こうで笑う顔は、ニコルだ。私を手招きしている。ああ、そうだ、ニコル。私の娘。一人目の我が娘よ。今からそこへ、私も行くよ。
だから二人目の娘よ、泣かないでおくれ。お前は我が娘だ。そしてお前はお前自身だ。お前の人生を歩んでおくれ。
わがままな父を、許しておくれ――。
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「ヒッヒッ。ヒッ」
アパートの屋根で、ルリビタキは鳴き続けた。
END
秘密基地と唯一の嘘 Anchor @monta1999
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