秘密基地と唯一の嘘
Anchor
前編 二人だけのアパート
Day01
「キドウヲカクニン」
「チカクキノウリョウコウカクシュカイロリョウコウ」
「ヒッヒッ。ヒッ」
「やあニコル。おはよう」
「オハヨウゴザイマスハカセニコルノキノウハスベテセイジョウデス」
「うむ。よしよし。お前はまだ目覚めたばかりだ。もう少し調整していこう」
「オネガイシマスハカセ」
「調整しなおすから、一旦切るよ。お休み、ニコル」
「オヤスミナサイマセハカセ」
●
Day07
「ヒッヒッ。ヒッ」
トリデス
アオイイロデス
ナントイウトリナノデショウカ
コンドハカセニキイテミマショウ
「おお、ニコル。おかえり」
「タダイマカエリマシタハカセムリニオキナクテモダイジョウブデスヨ」
ハカセハビョウキデス
ワタシガクスリヲカイニイキマス
ミノマワリノオセワモワタシガシテイマス
「何もなかったかい?」
「ハイダイジョウブデスハカセ」
ハカセハニゲテイマス
ナニカラニゲテイルノカハオシエテクレマセン
「イマスープヲツクリマスネハカセ」
●
Day134
ウン、今日ノスープハ出来ガイイデスネ。コレナラ博士モ喜ンデクレルデショウカ? 私モダイブ料理ガ上手クナリマシタ。
「博士、オ昼ゴ飯デキマシタヨ」
私ハ振リ向キマス。コノアパートハ狭イノデ、振リ向ケバモウスグソコニ博士ノベッドガアリマス。
振リ向キマシタ。
ベッドガ赤イデス。博士ガ口カラ血ヲ――。
「博士!」
私ハ博士ノソバニ駆ケ寄リマス。博士ノ息ガ荒イデス。
「ニコル、大丈夫、大丈夫だよ」
博士ガ私ニ言イマス。デモ博士、人間ハ血ヲ吐イタライケナイノデショウ? 私ハ博士ガ心配デス。
●
Day287
外が寒くなってきました。私は窓を閉めます。私が初めて目覚めた時よりもまだ寒くはないです。でも、だんだん寒くなってきました。
私は生姜を取り出します。水で洗います。生姜は体を温めてくれるので、博士に食べてもらうといいとお店の人が教えてくれました。
顔を上げます。窓に映った自分の顔が見えます。私の顔は無表情です。でも、だいぶ言葉は自然になりました。お店の人とも普通に話せるようになりました。
博士はあれからずっと起きることもできません。
博士、今日のスープは温まりますよ。
●
Day305
「ニコル。私の願いを聞いておくれ」
博士が言いました。ベッドの中で、か細い息で、私に言いました。
「ニコル、私が死んだら旅に出ておくれ」
「博士、死ぬなんて言わないでください」
私は悲しくて、博士の胸に顔をうずめてしまいました。そんな私を博士はそっと抱きしめてくれました。
「悲しまないでおくれ。これは仕方のないことだ」
博士は悟ったように私に言い聞かせます。
「お前には私の世話をしてもらった。だが、私が死んだらお前は自由だ。外へ出て、お前の世界を広げておくれ」
私はただただ泣いていました。博士、外へは行かなくていいです。私の世界はここです。このアパートが私の世界です博士。
「自由になりなさい。ニコル」
私は泣き続けました。
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Day361
「博士! 今日のスープはお肉入りですよ! ぜーったい美味しいんですから!」
今日も私はスープを作ります。博士のために作ります。今日のスープは美味しいお肉の入ったボルシチです。博士が食べやすいように材料は小さく刻んで、じっくり煮込みました。これは自分で言うのもなんですけど、味に自信ありです!
「さあ博士! 起きてください。ご飯ですよ」
私はベッドの隣に座り、博士の口元にスープを運びます。でも――。
「――博士、今日も食べてくれないんですね」
博士は動きません。ぴくりとも動きません。
そう、息もしていません。
それでも、私は――。
「博士、次はもっと美味しいスープを作りますね。だから――」
だから起きて、スープを食べてください、博士……。
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Day372
「ヒッヒッ。ヒッ」
鳥です。青い色の鳥。瑠璃色の鳥。初めて博士の前で目覚めた時に見た鳥。鳥は私の目の前を、アパートの入り口を掠めて飛んでいきました。
私は今、外にいます。
博士の言われていた、外です。
もちろん今まで買い物で外へ出たことはあります。でも、今日はもっと遠くへ。そう、旅に出るのです。
アパートを振り返ると、博士との日々を思い出します。つらいです。でも――。
「行ってきます。――博士」
博士の言葉を胸に。私の世界を広げに。私は旅立つのです。
「ヒッヒッ。ヒッ」
アパートの屋根で、青い鳥が鳴いていました。
END
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