第5話 10年前のこと
─────それから暫く経ったある日
的場組と石田組を巡る環境は、あのもみじ対決以降、劇的に変化していた。
極道という観念すら忘れ掛けていた全国のヤクザ達から、「大切な物を思い出させて貰った」と、絶大な評価を受けるに至ったのだ。
これによって、的場組と石田組は極道社会の中で、誰もが一目置く、確固たる存在として位置付けられた。
両組に好意的関係となった親分衆から、効率の良いシノギを紹介される事もしばしばで、経済的に大幅な余裕が生じ、組員もそれに連れ、次々と増えていった。
更に事態を好転させたのは、修司とタカシの外兄弟関係を元に、両組が協力関係を結んだ事だ。
関係締結に当たり、大きく幸を奏したのがヒデの英断だった。彼はもみじ対決で勝ち取った滝川ビルの利権を、石田組と分け合う形での譲歩を提案したのだ。
これによって両組はより強固な信頼関係を得て、傘下に入りたいという複数の周辺組織をも手中にした。
そうして的場組と石田組は、近県でも最大級の力を持つ存在へと膨れ上がったのだ。
そしてそれに伴い、修司とタカシもより厚遇されるようになり、両組の顔としての立場を得た二人の責任も、結果増す事となった。
─────的場組事務所
修司とヒデはいつものように、珈琲を飲みながら話し込んでいた。
「しかし解らんもんだ。俺達はただ、古臭い勝負をしただけなのに。どうしてこんなに評判が上がるんだ? なあヒデ」
「兄貴は知らないのか? 極道は喧嘩に勝つより、平和的に話を着ける、もしくは争いの仲裁をする方が評価されるんだ」
「そうなんだ。へえ~」
間の抜けた返事をする修司に、ヒデは笑って話を続ける。
「まあ結局、ヤクザだ極道だ、仁義だ任侠だ、って格好付けてても、みんな戦争はしたくないんだよ」
「へ~、そんなもんかね~」
相変わらず生返事の修司を、ヒデは見守るように微笑んでいる。二人は暫く振りに訪れた平穏な時間【トキ】を満喫していた。
だがしかし。
この街に不穏な空気が漂い始めていたことを、まだ二人は知らない。
─────十月某日
ついに万を持して、覚醒剤取り締まりの為、警察が動き出した。
丹念な情報収集と、地道な捜査を元に、大胆且つ迅速に行われた一斉検挙により、不法滞在の外国人を中心に、三十人余りが身柄を拘束された。
しかし不思議な事に、逮捕されたメンバーからは組織の中心人物を特定する事が出来ず、警察の捜査は行き詰まっていた。
そして警戒が手薄になっているその機に乗じて、別の外国人達がどこからともなく現れては密売を行い、それをまた検挙するという、警察とマフィアのイタチごっこが暫く続くことになる。
─────とあるマンションの一室、台湾マフィア『芍薬【シャクヤク】』の事務所
組長の金山浩人【カネヤマ ヒロト】と若頭の許周明【キョ シュウメイ】が、檜の一枚板で出来た大振りなデスクを挟んで話し合っていた。
「周明、あんなに検挙されたのに、足が付かないって本当か?」
周明はクククッと喉の奥で笑い、斜に構えると言った。
「大丈夫よ。密売していた奴らは私達の名前どころか、事務所の場所も知らないの。だから警察に捕まったって答えようが無い。だから安心して」
ヒロトは目をつぶり、肩と首をぐるぐる動かすと、大きな溜め息を吐いた。
「はあぁ。……そうか。でもこのままの状況が続くのはマズいな。おそらく半年くらいで組の資金が底をつく。密売場所を変えるか、新しいシノギを考えるか…」
そう力無く呟くヒロトに、周明の態度は氷のように冷たかった。
「ボス、それを考えるのは貴方の仕事よね。日本でも言うでしょ、ほら、『カネの切れ目が縁の切れ目』って。貴方が役に立たないのなら、私達は他のボスを探してお引っ越しよ」
「……何だと?」
自分を揶揄するような言葉に眉を潜めたヒロトだったが、気を取り直して落ち着くと、しかししっかり周明を睨み付けながら言い返した。
「おい、別に方法が無いって言ってる訳じゃねえぞ? 今までだって、こんな難局は何度も乗り越えてきたろうが」
周明はそれにフンフンと頷くと、机に出してあった茶菓子を小指を立てたまま摘まみ、口の中へ放り込んだ。
「あらそ~お? それならいいんだけどぉ。頼りにしてるのよ? ボ、スッ」
投げキスを寄越す彼を見て、ヒロトは苦虫を噛み潰したような顔をして椅子にふんぞり返ったが、周明に怒りをぶつける事はなんとか堪えたようだ。
─────許周明と金山浩人。二人の出会いは十年程前迄さかのぼる。
その頃、日本の極道界は揺れ動いていた。くだんの暴対法が施行されたのである。
自分がヤクザだとほのめかしたり、組の名前を出したりしたチンピラは、瞬く間に捕らえられ、収監される。
今まで袖の下を渡せば情報を寄越していた筈の警察官達も、その関係をアッサリ断ち切り、警察内部の様子もまるで掴めない。
あれよあれよという間に八方塞がりに追い込まれ、収益がおぼつかなくなった極道達の多くは上納金が支払えず、組織を脱退せざるを得なくなる。
ついには組を維持する人員も体力(資金)もなくなってしまい、脈々と受け継がれてきたその縦割り社会は敢えなく崩壊したかに見えた。
一方それまで虎視眈々と日本社会の利権を狙っていた台湾マフィアの組織『揚羽蝶』は、それを見逃す筈もない。日本の裏社会をこの機に乗じて牛耳る為、『許周明』をリーダーとした数名を早速送り込んできた。
周明がリーダーに選ばれたのは、腕が立つ事は元より、付き合っていた元カレが日本人だったこともあって日本語に長け、日本の事情にも精通していた為だ。
飛び道具を使う事を嫌っていた彼らの武器は拳法である。他のメンバーも周明に勝るとも劣らない腕を持っているこのグループは、武術と武具の扱いに長じた、台湾でも恐れられている殺人集団だったのだ。
彼らはカネが渦巻いている日本の利権獲得を目論んでこの地に降り立ち、極道界制圧の第一歩として、ある組織の組員を殺害する。
彼らの常套手段は、その残忍な手口をひけらかし、恐怖によって対抗勢力を制圧するというもので、その組員も例外ではない。
切り落とした首に自らのモノを咥えさせられた彼の死体は、内臓をえぐり取られ、手足は切り放され、全裸のまま滑稽なポーズで転がされていた。
近くにばらまかれた写真には、生きながら手足を切り取られ、苦悶の表情を浮かべながら絶命した組員と、死体を愚弄するかのように切り刻むその一部始終が収められていた。
彼らの本国である台湾ならそれで上手く行った筈だったし、もし駄目でも、また次々と犠牲者を増やしていけばいいだけの話に過ぎない。
しかし日本では……殊に極道という生き物は勝手が違っていた。
─────ひと気の無い、夜中の廃工場
「コロサナイデ……」
虫の鳴くような声で命乞いをする台湾人に銃口を向けていたその男は、リボルバーの撃鉄を上げ、引き金に指を掛けた。
「何言ってやがる、ヤツの痛みには程遠いだろ。寧ろこれで死ねるのを感謝しな。あばよ、謝謝【シェイシェイ】」
パンッ!!
廃工場の中に乾いた音が鳴り響き、台湾人の男はそれきり動かなくなった。
「謝謝は『有難う』だ。それを言うなら再見【ツァイチェン】じゃないのか?」
「そうだったっけ?」
「まあ、また会えるとしても、あの世でだけどな。ああ、こっちか」
男は天井を差していた指を地面に向けた。
「確かに、俺達の逝く先は地獄だな、ヘヘへ」
二人は地獄の沙汰も鼻で笑い飛ばす、本物の極道だった。
このように、意気揚々と日本に乗り込んで来た揚羽蝶のグループは、ものの数日で壊滅状態に陥った。
暴対法が施行されたとはいえ、その頃の日本にはまだ本物の極道達が多数存在していて、そのヤクザ組織の情報網は凄まじく、どこに潜伏しても、すぐに追われる身となる。
土地勘も無い上、多勢に無勢。何より残忍な手段などにはこれっぽっちも恐れず、親の為組の為、そして殺された兄弟の為には命も要らないと襲い掛かってくる日本の極道達に、彼らは恐怖し、遂には殲滅させられた。
ただ一人。
『許周明』を除いて。
命からがら逃げ伸びた彼は暫くの間、外国人労働者に紛れてやり過ごすしかなかったが、しかしその間も日本での野望を諦めた訳では決して無い。
『揚羽蝶』からの命令である『日本の利権獲得』に向けて、動き出す機会を窺っていたのだ。
─────そんな中、周明は偶然、暴力的同士の抗争に出会【デクワ】すことになる。
昼下がり。彼が接近しようと目星を付けていた組の前を通り掛かると、防弾チョッキを着けた丸腰の若者が急ぎ足でやって来た。
「何かしら……」
周明はその表情にただならぬ物を感じて若者を目で追う。彼は門番をしていた組員二人を、いきなり踵落としと後ろ回しで薙ぎ倒した。
「なっ!……なんなのっ?」
若者が荒々しくドアの中に吸い込まれると、たちまち怒号と銃声が上がった。そして暫くはガラスが割れる音や争うような物音がしていたものの、十五分もすると辺りは嘘のように静寂で包まれた。
「終わったみたいね、そりゃそうよ。フンッ、馬鹿な男だわ……」
周明は呆れていた。勿論台湾でもマフィア同士の抗争は有る。しかしそれは、いかに有利に戦うかが全て。勝たなければ即ちそれは死を意味するからだ。一人で相手の事務所に乗り込む、ましてや何も武器を持たずにだなんて愚の骨頂だと、鼻でせせら笑っていた。
彼はゆっくり歩いて、砕かれた窓から中の様子を伺った。すると事務所の中に、十五名程の組員が鮮血にまみれて倒れている。
「えっ? これは何?」
半分ほどの人間はまだ息が有るようだが、残りは明らかにこと切れている様子だ。
そして先程の若者は、最後の一人、組長と思しき人物と対峙していた。だが相手は既に虫の息で、震える銃口を若者に向けながら、やっとの事で呟いた。
「クソ……が……」
しかしそのまま力尽き、前のめりに倒れ込むと、うつ伏せのまま動きを止めた。
「全部彼がやったの?!」
若者は佇んで、ただ寂しそうに屍を眺めていた。
「信じられないわ……」
全てが終わり、中から出てきた若者と周明は、入り口で鉢合わせをする。
「あんたもこの組の人間かい?」
周明と目が合った若者はそう尋ねた。言葉は柔らかだったが、直ぐ攻撃へと移れるように、猫足立ちに構えている。
「いいえ、私はただの見物人よ」
「そうか……」
構えを解いた若者はポケットから携帯を取り出し、誰かと連絡を取った。漏れ聞こえた会話の流れから、自分の組への報告と、警察へ自首する為に電話したようだった。
「……宜しくお願いします」
そう結んで携帯を閉じた若者の隣に並び、周明は穏やかに尋ねた。
「貴方凄いわね。空手か何かかしら。私の国でも、こんな事出来る人はそう居ないわよ」
「あんたも筋者なのか?」
「まあそんなとこね、台湾マフィアなの。これからこの国で大きくなる筈よ」
若者は煙草を取り出して咥えると、眩しそうに天を仰いだ。
「そうか。また時代が変わっていくのかもな」
辺りには銃声を聞いて駆け付けたのか、ちらほらと野次馬達が増えてきた。救急車とパトカーのけたたましいサイレンが、段々と近付いてくる。
「ちっ、ライターがどっか行っちまった」
もうあちこちにパトライトが光っているのが見て取れる。周明はライターに火を灯して若者に差し出した。
「ああ、有難う。これがきっと最後の煙草だな」
そう言って微笑む若者に、周明も笑顔で返した。
「名前を聞いてもいいかしら。私達……きっとまた、どこかで会うと思うの」
若者は最後の煙を深く吸い込むと、吸い殻を足で踏み消した。
「俺は……北原修司。お宅は?」
「許周明。一応、組の仕事は成功したんでしょ? ちょっとは嬉しそうな顔したら?」
そう周明に言われても、若者は首を横に振るだけだった。
「親分の娘さんが殺された仇討ちなんだ。でもやっぱり……あんなに死なせちまうとな……」
話の途中でパトカーが修司達の目の前に停まり、慌ただしく降りてきた刑事が詰問する。
「電話を寄越したのはお前か?」
「はい」
「北原修司に間違いないな?」
「そうです」
「14時まる七分、殺人並びに傷害の現行犯で逮捕する」
修司はなんの躊躇いもなく深々と腰を折り、両手を差し出した。
「やっぱり……後味は悪いよな……」
最後にそう一言呟いて連行される修司。その瞳は涙で濡れていた。
「……あんな男が居るなんて、やっぱり一筋縄では行かないようね」
一方。無用な疑いを掛けられるのを避ける為、周明は既に現場を後にしていた。彼は早足で歩きながら、今後の展開を模索する。
「どうしても……何がなんでも……日本の極道社会に精通した協力者が必要だわ」
そして彼は現場からそう遠くない隣町に根を下ろしたのだった。
─────丁度その頃。
経済ヤクザとして名を馳せたヒロトも、ある事件を起こして破門となり、逃げるように的場組のシマを出た。
「貴方の目付き、ただ者じゃないわね」
「そういうお前も、随分危ない橋を渡って来たようだな」
片や日本に送られて、その野望につまづいた台湾マフィア。
そして片や破門になって、表舞台に出られずさまよう経済ヤクザ。
二人が出会うことは必然だったのかも知れない。
こうして小さいながらも、当時では珍しいマフィア組織が産声を上げた。その名を芍薬【シャクヤク】という。
二人の出会いから程無くして、新聞の三面記事を不気味な記事が賑わすようになった。
「真夜中の繁華街にアジア系外国人の他殺体を多数発見。マフィア同士の抗争か?」
「殺害現場に残された『芍薬』と書かれた赤い札。組織名の誇示か?」
不思議な事に、これらの事件には一切の目撃者が居なかった。存在が掴めないマフィアという組織に警察の捜査は行き詰まり、深夜の繁華街で繰り広げられる抗争に、市民は不安を募らせるばかりだった。
「周明、そろそろここも手狭になってきた。どこかに広い物件でも探すか?」
「いいえボス。私達はマフィアよ? 地中深く根を張り、誰にも見付からない所で社会の甘い蜜を吸い尽くすの。大見得切って事務所を構えたりしたら、今までの苦労が台無しだわ」
「そうだな……解った……」
経済ヤクザのヒロトと、武闘派マフィアの周明コンビは、みるみるうちに組織を大きくしていった。それに加え、まだその頃は極道達から敬遠されていた覚醒剤にも目を付け、独自の海外ルートを開拓し、潤沢な資金源をも得た。
地下に潜伏して事を為すマフィアに取って、覚醒剤は非常に都合のいいシノギとなる。決して表に顔を出さず、目立たず、昼間は表向きの職業を持っているマフィアは、徹底した秘密主義を押し通している。
警察が末端の売人をいくら逮捕しても、組織に繋がる情報は何ひとつとして掴めない。この組織を摘発するのは困難を極めていた。
そして何もかもが順調に運び、彼らの組織が軌道に乗った頃。芍薬は一人の極道と対峙する事になる。
─────黄昏時も過ぎたとある公園
「何ヲスル! オ前誰ダ! 殺サレ……グェッ!」
いきなり後ろから頭を張り飛ばされたアジア系の男は、最後まで言い終えない内に地面へ投げ捨てられた。
「俺か? 俺はなあ、関東共和会所属、渡辺組の権田隆史ってもんだ。ところでお前、この公園で何やってんだ」
地面に転がされた男はよろよろと立ちあがり、タカシを睨み付けた。
「オ前、関係ナイ。デモオ前、私投ゲタ。……殺ス」
タカシはニンマリ笑って近寄ると、上目遣いに男を見上げる。
「ははあ。さてはお前らだな? 最近流行りのマフィアってのは。でもな、俺の目の黒いうちは、公園でシャブなんか売らせねえぞ!」
その言葉を黙って聞いていた男は、暫くして意味を理解したのか、タカシに食って掛かる。
「オ前、ヤクザダロ、悪党ニ文句言ワレル、解ラナイ」
するとタカシはいきなり男の正面から髪の毛を掴み、腰の辺りまで引きずり下ろすと、噛んで含めるように言い聞かせた。
「あのなぁ、日本の極道は、堅気衆を……ああ、普通の人逹を食い物にするようなシノギは……いや、商売はしないんだよ!」
男は何とか振り払おうともがいているが、タカシは微動だにしない。
「放セ! コノ糞野郎ガッ」
「おやおや、一体どこでそんなお行儀の悪い言葉を覚えたんだ? だから……こんなもんを売ることしか出来ねぇんだろうよ!」
タカシは男から覚醒剤の入ったバッグを奪い、逆さにして地面にぶちまける。中から出てきた白い粉が入ったビニールの小袋を見て、タカシは男を一喝する。
「これで何人の堅気衆が地獄を見ることになるか、解ってんのか!」
タカシは足元に散らばった小袋に思い切り足を踏み下ろし、地面になすり付ける。
袋が破け、中身の白い粉は無惨にも土と混ざっていった。
「何ヲスル! ソレガ幾ラカ解ラナイカ! ヤメロ! ヤメロヤメロォォ!!」
「喧しいんだよ! このマフィア風情が!」
タカシは男の腹に膝蹴りを叩き込む。男はもんどり打って地面に転がった。
まだ夕食時、そこここの食卓が賑わっているであろうこの時間に、公園で行われる覚醒剤の取引。
この街は、もうそんなところまで腐敗が進んでいた。
「おいタカシ、その辺でやめとけよ。若頭にそいつらと関わるなって言われたろ?」
おどおどと心配そうに声を掛けたヒロシは、タカシと同じ渡辺組組員で、今日は二人で行動を共にしていた。
ここ最近のマフィアが起こす事件を受けて、すっかり及び腰になっている組員が増えている。それはこのヒロシにしてもしかりで、若頭の言い付けより、自分がマフィアの恨みを買う事が怖かったのだ。
しかし、聞いているのかいないのか、タカシは足元に転がった男の耳を引っ張り上げた。
「ギャッ、何スル! ヤメ……ロ ギャアッ!」
タカシは起き上がれないように男を踏み付け、更に力を込めて引っ張った。
「さっきまでこの公園では子供が遊んでたんだぜ? そんな事も解らない奴には、きっちり思い知らせてやんなきゃ……な!」
「ギャァァァア」
耳を押さえて転げ回る男に、タカシはさもおちょくったように投げ掛ける。
「病院行くまでに落としたら可哀想だから、耳は身体に繋いどいてやったぜ。大事にしろよっ」
皮一枚で耳が繋がっている男の尻をポンと叩くと、タカシは顔を上げて呟いた。
「おいでなすったな……?」
その視線の先には、派手な出で立ちをした、いかにも物々しい雰囲気の男逹が居る。
しかし、まるでこの事を予想していたかのように、タカシは不敵に笑っていた。
ふと気付くと、男は耳から血をながしながらその集団に駆け寄り、現地語で何かを喚き散らしている。身振り手振りもよろしく、あたかも中国の喜劇俳優を見ているようだ。
「はっはっは、見てみろよヒロシ」
話を粗方し終えたのか、さっきまで喧しく騒ぎ立てていた筈の男が、わざとらしく膝から崩れ落ちた。
その様子を見守っていた集団からざわめきが起こり、彼らは一様に敵意で満ち溢れた視線をこちらに向けてきた。
「これは……とうとう俺も、肝を据えなきゃなんねぇって事だな」
ヒロシが胸のホルスターから拳銃を抜こうとした時だった。
「待った!」
タカシがその腕を掴んで止めたのだ。
訝しげな表情のヒロシにタカシは笑い掛ける。
「見たところ、奴らは丸腰だ。俺は平気だから、ヒロシは離れててくれ」
彼は頷いて、言われるまま公園の端まで下がった。するとマフィアのリーダーなのだろうか、太った大男を従えた、笑顔が如何にも嫌味に見えるサングラスの男が前に進み出た。
「オ前ハ商売ノ邪魔ヲシタ。俺達ハ若頭ニ日本ノヤクザトハ揉メルナト言ワレテル。デモ、コウモ言ワレテル。『絶対舐メラレルナ』ト」
タカシは満面の笑みで男に向かって拍手した。
「お前の日本語はなかなか上手だな。良く出来ました。でもひぃ、ふぅ、みぃ、と……全部で11人か。そんな少しでいいのか? もっと仲間を呼んで来てもいいぞ?」
小馬鹿にされたマフィア達の表情がガラリと変わった。皆が皆、鬼の形相でタカシを睨み付けている。
「殺【ヤ】レ!」
サングラスの男が短く命令すると、メンバーで一番背の高い男が、早速手柄欲しさに殴り掛かってきた。
「ウォォオオ!」
男の繰り出した拳が、タカシの顔面にヒットしたと思われたその瞬間。何故か男は、そのまま地面にダイブしていった。タカシは素早く身をかわして、男の頭を後ろから打ち据えていたのだ。
「……?」
「!!」
その剰りにも速い身のこなしに、その場の空気は一瞬凍り付いた。威勢が良かった他のメンバーの表情も、心なしか精彩を欠いているように見える。
「速過ぎて見えなかったか?」
タカシは両手をダランと垂らしながら二度、三度とステップを踏みながらジャンプし、マフィア達を睨んでゆっくりとファイティングポーズを取った。
「拳闘……boxing?」
「正解」
ヒロシはニヤニヤしながら遠巻きに見守っている。マフィア達は何かこそこそと耳打ちし合っていたが、いきなり走り出したかと思うとタカシを取り囲み、足を目掛けて矢継ぎ早に飛び掛かってきた。
「タカシ! 足を狙われてるぞ!」
心配したヒロシが叫んだが、タカシは軽いステップでマフィア達を交わしていく。
「ホイ……あ、ソレ……オットット……」
タカシはまるで遊んでいるかのようだ。常人離れした彼の動体視力からすれば、マフィア達の動きは鈍牛のそれだった。
「コイツ……チョロチョロスバシッコ……」
「ムンッ」
タカシが一声発した時だった。男は不自然に首を傾げ、棒が倒れるようにして地面に叩き付けられる。タカシの放った右フックが、マフィアのチン(顎先)を掠めたのだ。
「まず一人」
右に左にとステップを踏み、タカシは不敵に微笑んだ。マフィア達は口を開けてその光景を見ている。
「何シテル! 相手ハ一人ダゾ!!」
サングラス男の怒声が公園中に響き渡ると一人、また一人とタカシに殴り掛かる。しかし、誰一人として彼に触れることさえ出来ぬまま、その拳で沈黙させられた。
「グェッ」
「ゴフッ」
「オ前ガ行ケ!」
とうとうサングラスのリーダーは、自分の従えたボディーガードに檄を飛ばす。
「Yes,sir!」
男は上着を脱ぎ捨てると、首や肩の関節をボキボキと鳴らした。ガッシリとした筋肉は、ボディービルダーのように隆起している。
「ほう、漸くまともそうなのが出て来たな」
「I'll kill you!」
タカシとボディーガードの視線が火花を散らす。男は親指を地面に向け、片頬で笑ったが……。
パァン
一瞬、タカシの姿が消えたかと思うと、男の顔が醜く歪んで、彼はそのままスローモーションのように倒れていった。
「なんだよ、見掛け倒しが。けっ!」
男に左フックを極めたタカシは、忌々しげに唾を吐き捨てた。そして戦闘が始まってからものの五分もしない内に、立っているマフィアは僅か三人にまで減ってしまった。
「オ前、行ケ!」
「私無理ネ、負ケルヨ」
「ダカラバングラディッシュ人ハ駄目ナンダ」
「私モ勝テナイ……」
「オ前モカッ!」
「ハハッ、なんだよ! だらしない多国籍軍だな」
タカシはその様子を鼻で笑っている。戦意を完全に喪失してしまった部下二人に痺れを切らしたリーダーは、ポケットからバタフライナイフを取り出した。
「オ前ハ、私ガ殺ス」
刃を出したバタフライナイフを構えながらにじり寄るリーダーを見て、タカシは拳を握り締めた。
「凶器を持ってるんじゃ、手加減無しでいいよ……なっ!」
タカシの拳が視界から消えた刹那、リーダーの手からナイフが弾き飛ばされた。
「アッ……グェッ!」
ナイフの行方を目で追った隙を突いて、タカシ必殺の左フックがテンプル(こめかみ)に決まり、哀れリーダーは横っ飛びになぎ倒された。
しかしタカシは彼がそのまま倒れ込むのを許さない。飛ばされた側に素早く体【タイ】を入れ替え、右アッパーでリーダーの身体が起き上がった所へ、ボディに連打を浴びせる。リーダーはもう既に半死半生で、時折カエルにも似た声を上げるだけになっている。
常人とはまるで違うその動きの速さに、残った二人のマフィアはただ茫然とその様子を見守るしかなかった。
「これでジ・エンドだ」
ボグッ
鈍い音がしてタカシの動きが止まった。リーダーはジョー(顎)に拳を極められたまま、白眼を剥いている。
グニャリ
そして音もなく崩れ落ちたリーダーは、口から泡を吹いていた。すると、
パチパチパチ……
日暮れを過ぎ、既に真っ暗になった木陰の間から、拍手が聞こえてきた。
「何だ?」
「何処だ、野郎!」
タカシとヒロシはキョロキョロと辺りを見回した。すると暗がりからやってきた男が街灯に照らし出された。
「初めまして。私は許周明。権田隆史さん、通り名は【仏のタカシ】だったかしら……ここにも時代遅れの極道が居たのね」
呟くように喋るその男の口元は、うっすらと笑みを湛えている。暗闇に白い歯だけがギラギラと輝き、その雰囲気を一層不気味な物にしていた。
「若頭ぁ~!!」
絶対絶命の状況だった二人のマフィアは嬉しそうに声を上げ、周明に駆け寄った。
しかし。
ドンッ!
ギャッ?
ドスッ!
グェッ!
周明が優雅な動きをしている間に、残ったマフィア二人は血ヘドを吐いて転がった。
「役立たずはお寝んねしてなさい」
太極拳で部下を黙らせた周明は冷たく言い捨て、こちらに向き直る。
「それにしてもタカシさん。アナタ凄まじい動きをするわね。まだ現役なのかしら……」
「いや、ただの元ボクサーだ。八回戦まで行って、タイトルマッチも決まってはいたんだけどな。喧嘩して資格を剥奪されちまった」
周明は声を上げて笑った。
「アッハハハ、馬鹿ねえ。じゃあ喧嘩相手にお困りじゃない?」
「ああ。いつも腕がウズウズしてる。未練がましく今でもトレーニングは欠かしてないからな。笑っちまうだろ?」
周明は目を閉じて首を横に振る。
「いいえ、それでなくてはつまらないもの。じゃあタカシさん……私と遊んでみる? 台湾の海兵隊で格闘術の講師をしていた事も有るから、きっとアナタのご期待にも沿えると思うわ」
周明はそう言って上着を脱ぎ出した。そのおネエ言葉とは裏腹に、ガッシリとした体型は並ではなく、ハッタリを言っているのではない事が容易に想像出来た。
「じゃあ、思う存分暴れてもいいのか?」
タカシは久し振りに好敵手を得て、高鳴る胸を抑え切れずにいた。対して周明は、指をゴキゴキ鳴らしながらニヤリと歯を見せて頷く。
「でも、がっかりさせないでね? つまらない男だったら……切り刻んでゴミ箱行きよ?」
ヒロシは固唾を飲んでこの光景を見守っていた。これまで数々の強者達を退けてきたであろう二人だが、しかしヒロシはタカシの勝利に絶対の自信を持っていた。
「タカシ、ちょろいぞ!」
声援を送られたタカシは、手を上げて応える。
「準備はいい? タカシさん」
「ああ、どっからでも掛かってこい」
タカシはファイティングポーズを取り、リズミカルにステップを踏み始めた。
「ハイヤァ!」
すると周明は気合い一閃、ほんの一瞬でタカシとの間合いを詰める。
「ハイッ! ハイハイッ!」
タカシの下段であるその足を狙った突き、手刀、駒手での足払いを次々に繰り出す周明。それをステップでかわすタカシ。
「速い!」
ヒロシが目瞬きしている間にも、目まぐるしく体勢を入れ替える二人。タカシはジャブの連打で牽制しながら、前に後ろにと間合いを取る。
「ハイハイハイハイッ、ハイィィィッ!」
ヒロシの目が追いつかない程の連続手技の後、周明の旋風脚(身体を360゜回転させて放つ回し蹴り)がタカシを襲うが、彼はそれを紙一重の距離にスウェーバックでかわした。
「シッ!」
周明が繰り出すコンビネーションの僅かな隙をついて、タカシは右フックを叩き込む。
「甘いわッ!」
その瞬間、周明はタカシの懐に潜り込み、右掌底をタカシの胸に当てていた。
「※発勁【ハッケイ】!」
ドンッ!
周明の放った攻撃を受けたタカシは3m程吹き飛ばされ、地面をゴロゴロと転がった。
※[発勁]
太極拳の技の一つ。爪先から発生した力が増幅しながら螺旋状に身体を伝わり、最後には圧倒的な攻撃力となって相手にダメージをもたらす。
「た、タカシッ!」
ヒロシは、初めて見るタカシの苦戦する姿に思わず叫んでいた。
「……グッ……クッ……」
背中から地面に叩き付けられたタカシは、息を吸う事が出来ずに顔面蒼白となって立ち上がった。周明はニンマリと笑い、タカシに語り掛ける。
「楽しいわね、タカシさん。アナタも腕っぷしでノシ上がれた昔が懐かしいんじゃない?」
息が出来ずにいたタカシの顔色は、とうとう赤紫色に変色してしまった。
「ウッ……ググッ……むむ……プッ、プハァァアア! ゼィ、ゼィ。……やっと息が……吸えたぜ。しかしそうやって軽口を叩いていられるのも……ハァ、ハァ、今の内だっ!」
言うが早いか、またタカシの姿が見えなくなった。(ように見えた)そして周明が顔を歪ませる。
「ウグッ!」
見ると屈んだタカシの左ストレートが、周明の腹に食い込んでいた。
「グッ……い、いいわ。これでフィフティーフィフティーね。もっと……楽しませて貰うわよっ!」
そう言いながら足元のタカシに蹴り込む周明。だが既にタカシの姿は無い。
「何ですって? ハグッ!」
今度は周明の後ろ脇腹に、タカシのショートアッパーが食い込んだ。
「……息が……」
周明の顔色が変わっていく。
「ハハッ! お返しだよ、シュー姉ちゃん」
周明の顔は怒りと息苦しさで赤黒くなった。
「言ったわね? 私は周明よ! もう手加減しないから覚悟なさい! アイヤァアアッ」
周明は攻撃をかわしながら、空中高く飛び上がる。
「キェェエエエ!」
奇声と共に彼は渾身の飛び蹴りを放った。
「貰った!」
しかし空中で姿勢を変えることは出来ない。タカシは周明の懐に飛び込み、顔面を思い切り打ち据えた。
「グワァァァアッ」
叫びを上げた周明は、顔を押さえて転げ回る。
「とどめに行かせて貰うぜ」
タカシはすかさず周明に詰め寄ったが、しかし。
「待って、待って頂戴タカシさん!」
周明は両手の平を拡げてタカシを制した。
「なんだよ。命が惜しくなったのか?」
ファイティングポーズを崩さぬままにタカシは尋ねる。周明は静かに笑いながら答えた。
「流石はタカシさんね。でも……私もとどめを黙って刺される訳にはいかない。貴方に取っても手痛い反撃をしなければならない。だからこのまま続けると、きっと殺し合いになってしまうわ。
今日は【仏のタカシ】を肌で感じてみたかっただけなの。これでやめにしてもらえないかしら」
周明はそう言い終えるとその場で横座りになり、しなを作った。
「ちっ、仕方ねえ。だがこれだけは言っておくけどな、お前の色仕掛けに負けた訳じゃ断じてねぇぞ! その女座りはヤメロ」
そう言いながら、タカシも周明の前にあぐらをかいて座った。
「あ……は、はい」
横座りから渋々正座の格好になった周明は、だが清々しい笑顔を見せた。好敵手とも言える人物の出現に満足したからだろう。
「ねえ、タカシさん。悪党は悪党らしく、こうやって派手に喧嘩して決着が付く時代が、ずっと続けばいいと思わない?」
タカシは笑って頷いた。
「ああ、全くだ。時代遅れだもんな。俺もお前も……そして……修司も」
「修司って、あの【鼻歌の修司】の事かしら」
タカシは少し驚いて周明を見返した。
「修司を知っているのか?」
「ええ、彼なら警察に自首したわよ。偶然私が見届けたの」
「そうだったのか。あいつは俺の外兄弟なんだ。そん時、何か言ってなかったか?」
「ええ。自分で殺した沢山の屍を前にして涙ぐんでたわ。そして『後味悪い』って。……でも変よね【鼻歌の修司】って、鼻歌を歌いながら平気で人を殺すから付いたんでしょ? とてもそんな風には見えなかったけど……」
煙草に火を着けようとしていたタカシは、思わず吹き出してしまう。
「ププッ、違うぞ周明。あいつ、喧嘩は鬼神のように強いが、本当は人殺しどころか、虫も殺せないヤツなんだ。だからそういう場面に出会すと辛くて涙ぐむ。それを鼻歌で誤魔化しているだけだ。まあ、あれだけ腕っぷしが強いとそう思われても仕方ないけどな」
地面に落ちてしまった煙草の埃を払いながら説明するタカシに、周明も吹き出した。
「ブッ! なによ! それじゃあ泣き虫修司じゃない」
「ああ。優しくて、泣き虫で……そうそう、女にも弱いぜ。ハハハッ」
「あはは、そうなんだぁ、じゃあ【仏のタカシ】なのはどうして?」
「えっ、それって……言わなきゃ駄目か?」
どうにもバツが悪そうにするタカシ。
「明日をも知れない命なんだから、隠し事は良くないわ」
そう言って偉そうにふんぞり返る周明。
「解ったよ。……俺は、興奮すると仏のように穏やかな顔になるらしいんだ」
そう照れ臭そうに語るタカシに、周明は笑顔で言った。
「なるほどね。確かに微笑みを湛えてるように見えた。でも、喧嘩の時に体は熱く、頭は冷静。……それって基本よね。そうか、仏の顔ねえ……」
周明は頻りに感心していて、腕を組みながら頷いた。
「ああ。でも……顔といえばお前、随分酷い事になっちまったな」
タカシの一撃で周明の半面は腫れ上がり、目も既に片方しか開いていなかった。ポケットから慌てて手鏡を出した周明は、そこに写った自分を見て驚愕の声を上げる。
「ヒェェエエエッ、いい男が台無しだわっ!」
「自分で言ってりゃ世話ねえぜ、ゥヮハハハ」
タカシと周明は公園の街灯に照らされながら、暫く談笑していた。時代遅れな二人は、お互いに相通じるものが有ったのだろう。まるで昔からの親友よろしく、無邪気に笑い合った。
そして話が一段落すると、タカシは腰を上げ、膝をポンと叩いた。
「よし! 俺も腹をくくったぞ」
「あら、どうしたの?」
「ああ。もうすぐ出入りが有りそうなんだ。多分お勤めは免れない」
周明は眉間に深くシワを刻んで目を閉じる。
「タカシさん。今の時代の流れを考えると、帰ってきても組が無いかも知れないのよ?」
周明の憂いを含んだ言葉を、タカシは高らかに笑い飛ばす。
「ワッハハッ、でもそれが渡世の定めなら仕方ない。俺はヤクザだ。組と共に生きて、組の為に死ねれば本望!」
周明は目を細めてタカシを見詰めていた。
「なんだかアナタ達が羨ましいわ……自由奔放で。まるで大海原を行くクジラみたいね」
「おっ、周明! 上手いこと言うなぁ。そうだ……俺達は、いつ捕鯨されるか知れない、いつシャチに食われるかも解らないクジラだ。激しい嵐や、流氷ひしめく冷たい海に放り出される事もある」
二人は遠くを見詰めて妄想に耽っている。
「まるで……今の渡世みたいよね」
「ああ。……でも、どこへ向かって泳ぐのか、海流にただ流されるのかは俺達の自由! 後先なんか考えず、今の一瞬を懸命に生きるだけだ」
周明は鼻で笑う。
「フフフ、馬鹿なクジラね」
「おうよ、俺と修司は二頭の大馬鹿クジラだ、ハハハッ」
笑って聞いていた周明が、しかし少しだけ真顔になって言った。
「タカシさん。これからの十年で日本の極道界は劇的に変わる。義理だ人情だなんて、まるで通用しない時代がすぐそこまで来ている。……もし、また出会う事が有って、帰る所が無くなってたら……タカシさんと修司さん、その時は私と一緒に、街のど真ん中をのして歩きましょ」
周明はウィンクをして微笑む。
「ああ。その時は宜しくな」
タカシは親指を立てて返した。
「じゃ、俺はそろそろ行くかな」
「待ってるわよ。行ってらっしゃい」
「ああ、またな」
二人はまるでまたすぐにでも会えるかのように、その場を後にした。
もう十年も前の話である。
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