第4話 明美の夢


─────それから二週間が過ぎ




修司は的場組の事務所で椅子に腰掛けていた。



「ああヒデ、ほら見てみろよ。どうだ? 見事に繋がったろう」



外出していたヒデが帰ってくるのを待っていた修司が、得意気に手を出して見せた。



「本当だ。凄い回復力だな。もう動くのかい?」



「ああ。まだぎこちないけどな。さすがはヒデの手配した医者だ、感謝してるよ」



修司はゆっくりと指を動かしてみせる。その傷跡はまだ生々しかったが、動きに問題はないようだ。



「聞いた話だと、タカシさんも無事に繋がったらしいよ。滝川ビルの件も丸く治まったし、これで一件落着だ」



ヒデはニッコリ笑って、修司の肩をパンとひとつ叩いた。



「痛てて、傷に響くよヒデ!」



ゴメンゴメンと修司を拝むように謝っているヒデに言う。



「でもな。丸く収まって当然だろうよ、ヒデ。じゃなきゃもみじの意味がない」



「そりゃそうだったな、兄貴」



ヒデは頭を掻きながら畏まっているが、修司も恥ずかしそうに付け加えた。



「それと……今だから言うけどな……俺、痛くて泣きそうだったんだからな?」



「俺だって……見てるだけの自分が不甲斐なくて、泣きべそかいてたんだぜ? ……でも有り難う。若い衆が血を流さずに済んだのは、兄貴のお陰だ」



ヒデがいつになく真剣な表情で頭を下げる。修司は照れ臭そうにそっぽを向いて返した。



「いやなに……抗争になっても怪我するだけならいいが、悪くするとタマを取られるからな。平和的解決にはもみじが一番手っ取り早い。下手を打った訳じゃないから堂々と手術が出来るしな」



頭を上げろとジェスチャーをしながら修司は微笑む。



「いや……でも……兄貴にだけ痛い思いをさせちまって……」



ヒデにそれ以上喋らさないよう、手で制しながら修司は続けた。



「痛みに耐えられれば、あれが一番いい解決方法なんだ。尤も、今の若い奴にそんな根性が有るとは思えないがな」



修司の頭の中には、介添人をしていた若者達と、一際おたおたと落ち着かなかった石田組の関根の姿が代わる代わる浮かんでいる。



「俺はきっと……一本目でギブアップだろうなあ」



そんな中、ヒデが弱音を吐いたので、修司は吹き出して言った。



「ブッ……こら! お前は組長だろ? 一国一城の長たるお前がそんなんでどうするよ」



「組長だって痛いのは嫌でしょう?」



「なんだ。だらしねえな、はははっ」



修司はヒデの肩を軽くどつきながら笑う。



「昔っから修司兄貴にゃ怒られっ放しだな、組長になっても叱られるなんて思ってもみなかったよ、タハハ」



ヒデも頭を掻きながら笑った。二人は争いが治まった事もあり、穏やかな気持ちで満たされていた。



すると突然。



ヒデが急に表情を変えて事務所の奥へ消えたかと思うと、大事そうに紙袋を胸に抱えて戻ってきた。



「兄貴、これ」



「ん? 何だ?」



修司は差し出された紙袋の中を覗き込み、息を飲む。



「ヒデ……これって……」



「今回の件の報奨金だ。兄貴には、組の台所事情も有って、少ししか出所の祝いを包めなかったからな。でも今回、滝川ビルの件が片付いて、組の運転資金にも見通しが付いたし……まあ、遠慮無く受け取ってくれよ」



そう言って紙袋を押し付けられた修司は、ヒデを上目遣いで見ながら恐る恐る聞いた。



「これ……一体幾ら有るんだ?」



「ああ、四千万有る。基本的にもみじの勝者には、物件の資産価値の一割が与えられるんだ。今回は抗争の手打ちも含んでるから、少し色を付けさせて貰ったけど。……もしかして……報償金の事、兄貴は知らなかったとか?」



「全然……考えてもみなかったよ……」



「プッ、プハハハ」



ヒデは腹を抱えて笑い出した。そして一頻り面白がった後、修司の肩に縋るように掴まりながら言う。



「ヒィ、苦しい……はは、兄貴らしいよ。自分の身入りは勘定に入ってなかったなんてね!」



修司は憮然として呟いた。



「俺は極道だ。組の為に身体を張るのが当然だろうが」



それを聞いた途端。ヒデは真顔になって、深々と頭を下げた。



「兄貴済まない! 組の為に尽くしてくれたのに……兄貴みたいな考えの極道は、今となっては居やしないんだ。だからつい……」



腰を直角に折って謝り続けるヒデを見兼ねて、修司は彼の両肩にそっと手を添え、身体を真っ直ぐにしてやると言う。



「頭を上げてくれよ。いや、いいんだ。ヒデは俺の帰る場所を必死に守ってくれていたんだ。感謝してもし切れないのに、謝らなきゃいけないのはこっちの方だよ、ゴメン」



ヒデに代わって今度は修司が頭を下げた。



「いや兄貴、俺もすっかり今の風潮に流されてしまったんだ。済まないと思ってる」



「いやいや、ヒデ。組長に頭を下げさせるなんてもっての他だよ。俺が悪かったことにしてくれないか」



修司とヒデは暫く押し問答を続けていたが、どちらからともなく笑い出していた。



「ププッ、ヒデよ。何だか馬鹿らしくなってこないか?」



「ハハハッ、兄貴。違いねえ」



互いに肩を抱き寄せて、腹を抱えて笑った後、目尻に浮いた涙を拭いながらヒデが言った。



「ここ数年で一番沢山笑ったよ。これというのも兄貴が戻って来てくれたお陰だ……まあ、その金で、ずっと待っていてくれた明美姉さんに楽させてあげなよ、きっと喜ぶぜ」



肩を叩きながら言われた修司は、改めて胸に抱いた紙袋の重さを噛み締めていた。



本来であれば、出所後は組の幹部候補になり、明美にも贅沢な暮らしをさせてやれる筈だった。しかし現実は、まるで駆け出しのチンピラ然とした生活に逆戻り。修司は明美の家に転がり込み、ヒモのような生活をするしかなかった。



そんな彼に取って、この金は涙が出るほど嬉しかった。これが有れば男として、そして漢【オトコ】としてちゃんと恋女房に顔向けが出来る。



「ヒデ。……本当に有り難う」



感極まって涙声になりながら言う修司に、ヒデが微笑み掛けた。



「何言ってるんだよ。お礼を言うのはこっちの方だろ?」



「ははは、これじゃまた頭の下げ合いになっちまうな。よし、じゃあ早速、これを元手に俺の唐獅子牡丹を完成させることにするよ」



ポンと手を叩いて言った修司の顔を、ヒデは不思議そうに眺めている。



「兄貴、モンモンなんか背負【ショ】ってたっけ?」



「アレッ? ヒデには言ってなかったか! ああ……」



修司は「シマッタ」と顔を覆って言う。



「ヒデ、実はな……紅差しが余りにも痛くて、半分線彫りのままなんだ」



「エエッ? なんだよ、兄貴も痛いのは駄目なんじゃん!」



「兄貴分だって、痛いのは嫌でしょう?」



「ハハハハッ、てんでだらしねえでやんの!」



「はっはははは」



二人はほんの一時、極道であることを忘れて笑い合う。そこは窮屈な事務所ではあったが、修司はここに来て初めて心底寛ぐ事が出来た。



≪色々有り難う、ヒデ≫



修司はまだ笑い転げているヒデに、改めて心の中で告げていた。





─────ほの暗い部屋に、煌々と光を放つディスプレイ。


画面の向こうでは、騒がしい司会者が、声を上ずらせながらまくし立てている。一体どんな人間が観ているのか、疑ってもみたくなるような深夜のテレビショッピング。



ひとり寝の部屋。真っ暗な闇に吸い込まれるのが怖くて、観もしないのにテレビを点けっ放しにしておくのが明美の習慣だった。



時折聞こえるのは、新聞屋のバイクが立てる音。酔っているのか、寝静まった町を気にもせず、がなり立てる若者の声。そんな騒音にさえ、やっと自分以外にも人間が居ることを実感出来ていた明美。



それほど迄に孤独で静かな夜が、彼女に取っては当たり前だったこの十年。



しかし今は違う。



死にたい位に恋焦がれた修司が、明美の下から自分を見上げている。



「修司……これは……どう?」



「ああ……」



「それとも……こうがいい?」



「ん……明美……」



修司がより感じるように、腰のグラインドを変えてみる明美。



「明美それ……擦れる……くっ……」



修司の怪我した手に障らないようにと跨がっている明美だが、興が乗ってくるとついつい動きが激しくなってしまう。



「痛っ! そんなに動いたら傷に響くだろ」



「でも……激しい方が気持ちいいでしょ? あっ……ああっ」



普段は大人しい明美の感情がサディスティックに変化して、修司を攻め苛む。



「うっ、当たってる……明美……」



「奥迄入ってるわ、アアン、修司! ねえ、私を言葉で参らせて」



腰の動きは止めず、妖艶な表情でねだる明美。



「優しい言葉を囁いて……ンッ!」



「極道にそんな言葉は似合わないだろ……」



そう言う修司の、逞しく六つに割れた腹筋に、真っ白な指を滑らせながら明美は動きを止めた。



「あ……そう言えば……修司から『愛してる』って言われたことない」



修司は右手で明美を引き寄せると、その髪を優しく掻き上げながら言った。



「それこそ極道には似つかわしくない。でも……必ず言うよ。言うから……その……もう少しなんだ」



「もうっ! 私だってもう少しなんだからぁっ!」



明美はおもむろに腰の動きを早くする。



「……くうっ、明美、もう……」



「駄目っ、修司。一緒に!」



そして明美は電流が走ったように身体を仰け反らすと、そのまま修司の上に倒れ込んだ。



そして、心地のよい脱力感に包まれたままふと思い出したように明美が呟く。



「修司に愛してるって言われた事ない……」



「そうだっけ?」



「そうよ。だからいま聞かせて」



そう言って、期待顔をしたまま後始末をして明美が振り返ると、修司は寝タバコを吹かしながら断言した。



「ああ。死ぬまでには絶対言う」



「死ぬまでって……そんなに勿体ぶらなくてもいいのに……私なんかすぐ言えるわよ、修司愛してるっ」



明美はそう言うなり、修司の全身に口付けの雨を降らせる。



「愛してる、愛してる。修司、愛してるっ!」



そんな明美をよそに、修司は枕元の灰皿に煙草を押し付けながら言った。



「俺は極道だ。そんな甘ちゃんな言葉は、ここぞという時にならないとな」



「もうっ! いつがその時なのよっ……でも……約束よ?」



「ああ、絶対だ」



修司と明美は脱力感の中、ベッドで寄り添い合って約束を交わした。



「そうだ明美。……あそこのアレ……」



すると修司は、思い出したように部屋の片隅に置いてある紙袋を指差した。



「なあに? 修司」



「忘れてたよ、明美にお土産が有ったんだ」



明美はタオルケットを羽織るように身体に巻き、電気を点けると、袋に歩み寄って手に取った。



「修司……これって……」



中身を見て驚いている明美に、さも何でもないことのように軽く言い放つ修司。



「ああ。今回の仕事で報奨金を貰ったんだ。四千万有る。好きに使えよ」



「嘘……よんせん……まん?」



「明美には苦労を掛け通しだったからな。これでやっと少し格好が付いただろ?」



煙草に火を着けながら明美を見ると、札束をきちんとテーブルに並べている彼女と目が合った。



「四十個有る。……って四十冊? 馬鹿ね、四十束じゃない! こんなお金見たこともないから、単位が解らなくなったわ」



修司は片頬で笑いながら更に嘯【ウソブ】いた。



「指二本千切ったから、一本二千万だな、ははは」



明美は札束を積んだり崩したりしていて、漸く実感が沸いたようだ。満面の笑みを湛えて修司に向き直ると、三つ指を付いて頭を下げた。



「ご苦労様でした。そしてどうも有り難うございます。きゃっ」



身体に巻いていたタオルケットがはだけて、胸を慌てて隠す明美。



「ハハッ、今更隠しても意味無いだろう」



「明るい所だからでしょ? 乙女心が解らない旦那様ねっ!」



頬っぺたを膨らませながらタオルケットを巻き直した明美は、急に遠くを見詰めたかと思うと、優しい表情になって修司に問い掛ける。



「ねえ、修司?」



「んん?」



修司は煙草を揉み消して明美に向き直る。



「このお金。私の故郷で居酒屋やる為に使っていい?」



その意外な使い途に、修司は目を丸くして尋ねた。



「居酒屋って……お前がか?」



明美は自分の鼻に人差し指を乗せ、もう一方の指で修司を差す。



「ううん、私と修司と……二人で」



目を糸のようにして微笑み掛ける明美に、修司は困った顔で返答した。



「刃物は……ドス以外持ったこと無いんだぞ?」



明美は尚も微笑んだまま修司に擦り寄り、もたれ掛かった。



「大丈夫だよぉ。私が全部教えるからぁ。どうせヤクザなんて時代遅れなんでしょ? ね、地元の漁師さんを相手にしてさ、二人で食べていく位何とかなるよ! もう斬った張ったはしなくていいんだよ?」



「確かに時代遅れ……だよなぁ」



修司の頭は、出所してからのことで一杯になっていた。



誰もがみな、渡世の行末を悲観しているような現在【イマ】、十七からずっと極道一本槍できた修司の未来は、決して明るくないだろう。



組の看板が足枷となる暴対法、ヤクザを意にも介さない若者、チンピラに絡まれるままにしていた石田組長、血を見ただけで震え上がる若い衆、そして外国からやって来たマフィアが好き放題にしている現状……。



≪あのヒデでさえもだ!≫



非を認めて謝ったにしろ、ヒデが修司を、組の為に身体を張った自分を笑ったのだ。



心に渦巻いているモヤモヤを晴らそうと、修司は明美に話を続けさせた。



「明美の故郷ってどこだっけ?」



「もぉっ! 忘れちゃったの?」



「悪い悪い、今度はちゃんと覚えとくから」



頬っぺたを膨らまして怒っている、明美の可愛さにはにかみながら修司は頭を掻いた。



「伊豆だよ。修司にも見せたいなあ……。海岸から沖を見るとね、八つの島が有るの。伊豆大島、新島、式根島、神津島、三宅島、八丈島、御蔵島、あと……利島。全部で伊豆七島っていうんだよ」



「明美……何で八つなのに七島なんだ?」



土地土地に伝わる逸話は案外面白いものだ。ただ話をさせておくだけのつもりだった修司も、次第にその好奇心をくすぐられていく。



「うん。私もそう思ったんだけど、利島だけはちっちゃいから数えないんだって、隣の一枝ちゃんが言ってた。これもしっかり覚えといてね」



「はいはい。しかし……小さいからって酷いよな」



「ウフフ、そうね」



普段から大人しい明美が、こんなに嬉しそうな顔をして話すのは珍しい。暗い問題は一旦棚上げして、修司は明美との会話を楽しむ事にした。






※注※




実際、歴史上の観点から見ると、利島は古くから言われた伊豆七島に入っている。式根島は明治以降居住化が進み、その規模から七島に数えられるようになった。七島以外の島々からはそれが蔑称に当たるという事で、近年は伊豆諸島という総称に移行しているようだ。






「明美の故郷か……」



「それとね、もう一つ修司に見せたい物が有るんだ」



「ああ。……何を?」



「フフ、何だと思う?」



勿体ぶって身をよじる明美を引き寄せ、修司はその耳をあま噛みしながら囁いた。



「……気持ちい~い天国をか?」



「もう、エッチ! 今シたばかりでしょ? 私が見せたいのはね、クジラよ」



修司の腕を振りほどいて立ち上がると、明美は身振り手振りも加えて熱弁する。



「クジラって……あのでっかいクジラか!」



修司も興味津々で身を乗り出した。海の無い埼玉で育った彼に取って、クジラは水族館かテレビでしか見られないものだったからだ。



「うん。ごんどうやミンクじゃないよ? マッコウクジラ。こおんなにおっきくて、その泳ぐ姿はもの凄~く雄大で……きっと修司も見とれちゃうと思うなぁ」



修司は想像に胸をときめかせていた。荒波逆巻く海から、波を蹴散らして浮上するマッコウクジラ。潮を吹き、霧散したその飛沫に太陽の光が射して虹となり、その橋をのんびりと海鳥達が渡っていく。



「すげえだろうな……」



明美はまた修司の隣に座ると、甘えた声で囁いた。



「どう? 伊豆。一緒に行く?」



修司の気分はすっかり良くなり、いつしか心のモヤモヤも晴れている。



「……極道じゃない人生か。それもまた楽しそうだな」



遠くを見ながらそう溢す修司に、明美が首を横に振る。



「違うわよ、修司」



「えっ? 何が!」



明美の意外な反応に、修司は耳を疑った。



「二人で歩く道を極めるのっ。これも極め道でしょ? フフフ、これで私も極道の仲間入りね」



そう言ってウィンクする明美が堪らなくいとおしくて、右手でギュッと抱き締めた。



「ああそうだな。斬った張ったの無い極道だ」



「幸せの分だけ皺を刻んで、それでくしゃくしゃになっても修司と二人、笑い合っていたいな」



楽しそうに語り続ける明美の目尻を見て、修司は無言で頷いていた。



だが、明美を抱いた右手には、次第に力が込められていく。



「修司ぃ、痛いよぉ……修司?」



「ああ、ごめん。……お前との極道渡世も悪くない。いや、是非俺にもクジラを見せて欲しい。だけどな……」



「駄目なんだ……」



明美はガックリ肩を落として俯く。長い髪がハラハラと、彼女の顔に覆い被さった。



「いや、そうじゃない。違うんだ」



「何が違うのよ! 修司はそんなのんびりした暮らしが嫌なんでしょ? どうせ私なんか、修司にひとときの快楽さえ与えていればいいんだわ? それが極道のオンナだも……のね……ンンッ」



髪を振り乱し、興奮して喋り続ける明美の口を、修司はその唇で強引に塞いだ。



「……いいか? 明美。金を貰って『はいサヨナラ』じゃ、組にもヒデにも義理が立たない。それにな……」



「……それに?」



「それに的場組のシマにはマフィア達がたかっていて、あいつらのシノギが脅かされてるんだ。だからさ……」



「だからぁ?」



明美の表情は柔らかさを取り戻し、悪戯っぽく笑みを浮かべている。



「だからマフィアを叩きのめして、ヒデ達が安心してシノギを上げられるようになる迄、辛抱してくれないか」



修司の言葉を聞き、その真っ直ぐな眼差しに見詰められ、明美はニッコリ微笑んだ。



「解ったわ、修司。じゃあその仕事が終わったら、極道を辞めて一緒に伊豆に行くこと。これも約束ねっ」



明美は小指を差し出した。



「ああ、約束だ」



修司も笑顔で指を繋いだ。



ふと窓を見ると、もう外は夜が明け始めている。



修司と明美はカーテンを開け、肩を寄せ合いながら窓から臨む朝焼けに見入っていた。



「綺麗だね、修司」



「ああ。そうだな、明美」



「お前も綺麗だよ、とか言ってくれないのぉ?」



修司の胸を指でなぞりながら、クネクネと擦り寄る明美。



「ばっ……馬鹿! そんなキザったらしい台詞、口が避けても言えるかっ!」



「嘘よ、でもさっきのキス、あれ凄ぉくキザだと思うけどぉ」



「いやっ、あれは……お前がっ……」



おたおたと口ごもる修司の顔は、朝焼けに負けない程に紅潮している。



「フフフ、照れちゃって……そんな修司も好きよ、チュッ」



「……ゴホ、オッホン……」



二人は束の間のひとときを心行くまで楽しんでいた。



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