第13話 ゼッタイニ、ユルサナイ
それから数年。
私とシリルは着実に勢力圏を拡げ、世界征服まであと一歩というところまで来ていた。
今は天界の天使たちが横槍を入れてきたから、適当な口実でっち上げてシリルと共に天界を攻めているところだ。
何だったかな、『実は私は天界から追放された女神で~』みたいな嘘で大義名分を作ったと思う。
もうそれが真実になろうが何だろうが知ったこっちゃない。
「アハハハハハ、このアリシア様に逆らうからそうなるのよ!」
ザシュ、ザシュ、とシリルが天使の首を次から次へと斬り飛ばしていく後ろで高笑いをする。
ああ楽しい、とてもじゃないが止められないこんなに面白いこと。
強い男の隣で破壊と破滅を見るのは愉しい。
このままシリルがすべてを破壊してくれたらいいのに。
シリルは万の天使を殺し、千の神を殺した。
天使も神も殺しても死体を残さず光となって消えるだけで、天界はもぬけの殻となった。
今また一人、シリルに剣を突き付けられた天使がいる。
フードを深く被って顔を隠した天使だ。
「お前で最後だ」
天使がビクリと震える。
ああ、これで天使の最後の一人なのか。
そう思うと感慨深いものがある。
私たちはとうとう天界すら制覇してしまったのだな。
「ま、待って下さい!」
フードを被った天使が声を上げる。
「命乞いなら無駄だ」
「そうじゃないんです、話を聞いてください!」
うん?
どうする、とばかりにシリルが私に目配せする。
「面白いわ。聞いてあげる」
私は天界の雲に腰掛けると、脚を組んで微笑した。
展開制覇の記念だ、面白い余興だと思って聞いてやろう。
「あ、ありがとうございます」
天使は頭を下げると、深呼吸をして話し出した。
「あのボク、普段は魂の管理なんかをやっていてですね」
「ふん、それで?」
シリルも腕組みをして聞く体勢に入った。
「えっと、ボクの役目は天界に還ってきた魂の中に変なものが混じってないかどうか見るというもので、時々あるんです。正常な輪廻転生を迎えられずにこんがらがってしまった魂が。そのままでは転生させることが出来ないので、ボクが摘み上げて、魂を治す担当の天使さんに渡すんです。大抵は天界まで昇ってくる途中で野犬の魂と混じり合っちゃったとか、そんな程度なんですけど」
フードの天使の話はたどたどしく要領を得なかったが、何となく面白かった。
ふうん、そんな風に天使たちは働いていたのね。
「だから何だ。戦うのが仕事ではないから見逃せとでも言うつもりか」
シリルはせっかちに話の結論を促す。
殺す時はすぐなんだから、余興ぐらいゆっくり楽しめばいいのに。
「ち、違います! 大事なのはここからです!」
天使は慌てて首を横に振る。
「それで仕事柄、見ただけで異常のある魂が分かるんです。例えば――――そこの女の人みたいな」
「へ?」
天使の黒い瞳が真っ直ぐに私を見つめている。
「そこの人。魔王に半分魂を移譲されたでしょう。分かります。それに加え女神としての魂も元来持ち合わせている。人と魔王と女神。三つの魂が混ざってしまって大変なことになっています」
「な……」
嫌な予感がする。
この天使、とんでもないことを言おうとしている……ッ!
「今まで表出しなかったのが不思議なくらいです。このままではその方の自我は他の魂に飲み込まれるでしょう。そうしてその方は人でも魔王でも女神でもないナニカになってしまいます」
「魔王は倒したのに!?」
「魔王の魂移しの術は魔王が寿命を迎えても生き続けていく為の術だった筈です。なら、本体が死んだだけで術が解除されるのは逆に可笑しいとは思いませんか?」
「確かに……」
ヤバい、シリルがペースに飲み込まれている。
「何とかする方法はないのか!?」
「あるにはあるのですが……」
「待ってシリル! そんな奴の話を聞く必要はないわ、さっさと殺してしまいましょう!?」
天使の話を止める為に口を挟む。
「ほら、もう他の魂の影響が出ている。あなたが知るこの方は相手の話も聞かずに『殺してしまえ』なんて仰る方でしたか?」
「…………っ」
天使の言葉にシリルが青ざめて息を呑む。
いやいやいや、そんな奴だったでしょ私は。
シリルは今まで私の何を見てきたの!?
「もう時間はありません。方法はただ一つだけです」
「それは一体?」
「いや待ってってば!」
彼の腕を掴んでも、彼は私の方を振り向いてくれない。
ヤバい、完全に天使の話に心を掴まれている。
「魂を治療できる天使はもういないので……時間をかけて異物を魂から分離させるのです」
「時間をかけて?」
「ええ、ざっと数億年ほど」
「んなっ!?」
驚きの声を上げたのは私だ。
「人間がそんなに長い間生きられる訳ないでしょ!」
「ええ、なので肉体が劣化しないように魂を分離させている間封印する必要があります」
この一言で理解した。
この逆境の最中に命乞いをするどころか、この天使は言葉で私を殺そうとしている――――!
「シリル、よく聞いて。この天使は私たちを騙そうとしているわ。こんなの嘘八百よ!」
「アリシア……」
だが彼の沈痛な面持ちは変わらない。
「可哀想に。もうそんなに自我を侵食されてしまったなんて」と彼に顔に書いてある。
ちょっと! 私は私なんだけど!?
「しかし、それでは……アリシアが治る頃にはオレはもう死んでいる……」
本当にシリルは時間経過で死ぬのか? と思考の片隅で訝しんだ。
「それを解決する手段もあります」
「何、本当か!?」
「簡単です、あなたも一緒に封印されればいいのです」
この天使は私だけでなくシリルのことも安全に殺そうとしている。
いや、むしろそちらの方が主目的か?
「ただ、そうするとあなたはこの女性の方以外とは下界ではもう二度と会うことは叶わなくなるでしょう。世界と愛しい人、あなたはどちらを選びますか?」
そんな聞き方したら、シリルの答えなんて決まってるじゃない。
「もちろん、アリシアを選ぶ」
シリルは堂々と宣言してしまった。
「待って、シリル待ってってば! よく考えて!」
「アリシア、これも君の為だ」
騒ぐ私の口を、彼が優しく唇で塞ぐ。
「~~~~~~っ!!!!」
前々から思ってたけどあんたのその不意打ち、ドキリとしたりなんかしないしただのセクハラなんだからね!
流されて「あんたと一緒なら封印されてもいいかな」なんて全然思ったりしないんだからっ!
「ではこちらへどうぞ」
天使が祭壇のような台座の上を示し、シリルは私をお姫様抱っこでそこへ運ぶ。
「下ろして、シリル! 下ろしなさい!」
私の力でシリルから逃げ出せる訳がない。
私が暴れたところで、抱っこを嫌がる犬猫のように扱われるので関の山だった。
台座の上に下ろされると、何処からともなく半透明の鎖が伸びてきて私の身体に巻き付く。
「ぐ……ッ!」
鎖に持ち上げられ、私の身体が宙に浮く。
私の隣でシリルも同じように鎖に巻かれ吊り上げられていく。
待って、これは本当に封印装置なの?
もしかしてこれ処刑装置なんじゃないの、私これからどうなるの?
私たちを見上げている天使の姿が見える。
ふと、フードが風に揺れてその下にある顔が一瞬はっきりと見えた。
紫檀のような綺麗な黒髪に、真っ黒な瞳。
幼さを感じさせる平たい、だけど少女のように可愛らしい顔。
「ツカサ…………ッ!?」
なんで、どうしてここに死んだツカサがいるの?
いや、そもそも本当にツカサだった?
咄嗟のことだったから黒髪と黒目を見てツカサと見間違えただけかも。
もう一度見えればはっきりとするかもしれない。
私は下にいる天使に目を凝らし――――
そこで意識が途切れた。
私、ヒロイン。役立たずだから捨てた幼馴染が俺TUEEEになって復讐に戻ってきたから即興で吐いた嘘で生き残るわ。 野良猫のらん @noranekonoran
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