第12話 死んでも生き残れ(後編)

 私はピアスをグサリと彼に突き刺した。


「シリル、生き返って……っ!」


 手を合わせて祈る。


「我が半身よ。その男に未練があるのか?」


 すぐ後ろから硬質な声がした。


「ならばこの男の死体を燃やし……いや、異空間に封印しよう」


 魔王がシリルに向かって手を構える。

 何をする気かは知らないが、シリルを葬り去ろうとしていることは分かる。


 駄目か。もう詰みなのか……。

 諦めかけたその時だった。


「アリ、シア……ッ」


 ぎゅっと力強い感触が私の身体を包み込む。

 その暖かさに、それが彼の腕だと理解した。


「アリシアに、近寄るな……ッ!」


 私の身体を抱き寄せ、魔王に向かってシリルが剣の切っ先を突き付ける。

 目論見通り、シリルが生き返ってくれたのだ……!


 どんなに困難でもシリルを生き返らせる方に賭けるのは私にとって絶対だった。

 それはシリルなら魔王に勝てると信じてるから、ではない。

 シリルが魔王を倒すことが私の生存の絶対条件だからだ。

 それ以外の手に賭けるのは根本的解決にはならない。


 故にここは適当な嘘をでっち上げる場面ではなく、ただ一刻も早くシリルを生き返らせるべきだと思った。

 ただそれだけだ。別にシリルと魔王を比べてシリルの方がマシだと思ったとか、そういうことじゃ全然ないんだからねっ!


「ふん、生き返ったか。だが戦力が上がった訳ではあるまい。もう一度殺してくれてやるだけだ」

「いや、同じではないさ」


 シリルが力強く答える。

 その間に私は彼の背中に隠れた。


「オレもまたお前の蘇生の秘密を見破った」

「ほう? 言ってみろ」


 魔王は泰然と構える。


「お前は自分は生き返ることはできないと言っていたな。だがオレがお前を何度殺しても、こうしてまだ生きている。つまり……」


 つまり……?

 何だろう、私には予想がつかない。


「お前を少し殺したくらいでは全てのお前は殺せないということだ。お前の攻撃……確か平行世界と言っていたな。他の世界のお前の拳がオレに当たるのならば、オレがお前に与えた死も、他の世界のお前に擦り付けることが出来るのではないか?」


「ふむ、見事な推理だ」


 シリルの推理を聞いた魔王はニタリと笑った。


「しかし、それを理解したから何だと言うのか。貴様には那由多の世界の我を殺すことができるとでも?」

「……っ」


 その言葉にシリルは歯噛みする。

 え、まさか何の考えもなしに『お前の秘密を見破った』とか言ってたのシリル!?

 違うわよね!?


「アリシア」


 シリルが私を振り返る。

 おいおい余所見をするな、魔王に殺されるぞ。


「実を言うと、もう一つ君に嘘を吐いていた」


 シリルのその表情は苦しげだった。

 だが魔王を殺す手立てがないという苦しさではない。

 苦境に立たされている苦しみではない。

 むしろ、それよりももっと…………

 そうだ、シリルの頭の中にはずっと私のことしか無いんだった。


「アリシア、危ないからなるべく距離をとってくれ」


 シリルは魔王に向き直ると、私に背中を向けたまま言った。


「シリル、一体……?」


 後退りしながら彼から距離を取る。

 彼の雰囲気が妙だった。

 彼の魔力……いいや、まるで存在そのものが内側から膨れ上がっていくかのようだ。


「オレは……竜種ドラゴン炎吹ブレスに魂ごと焼かれた。その魂はオレのスキルで身体を蘇生しても元に戻ることはなかった。そのままでは死人のように眠るしか無くなるところだった。だから、オレは生きる為に――――竜種ドラゴンを存在ごと喰った」


 シリルの影のような黒い身体が大きくなっていく。

 服がはち切れ、内側に収められていたものが溢れる。

 そのシルエットは最早人間のものではなくなっていた。

 そこにいるのは、竜種ドラゴンだった。


「オレのこの姿は、竜種ドラゴンになってしまった証なんだ」


 二本足で立つその竜種ドラゴンは森で遭遇したあの竜種ドラゴンほど大きくはないが、その分ぎゅっと存在感が凝縮されているように見えた。

 古に滅んだという竜人ドラゴニュートはきっとこんな姿をしていたのだろう。そんな風に感じた。


「ほう、竜種ドラゴンか……ッ!」


 魔王が目を見開いて凄絶な笑みを浮かべる。


「ああ。オレの炎は神も悪魔も焼く。魂を焼く。幾万の世界のお前が存在していようと、魂はたった一つ。魔王よ、命は此処で終わりだ」

「ふ、ふふ、ふふ……ッ! それほどの力を持っていながら何故隠していた? 我を愚弄していたのか?」


 よく見れば魔王の身体が小刻みに震えているのが見て取れた。

 本能的な恐怖を感じているんだ。


 しかしシリルがこの力を隠していたのはきっと、魔王を馬鹿にしていたからなどではないだろう。

 私には分かる。今までこの力を見せなかったのは、きっと――――


「アリシア。君に嫌われたくなかった」


 ぼそりとシリルが呟きを漏らした。


 そうだ。

 シリルは私に嫌われたくが無い為だけに必殺の力を押し隠して、実際に一度死んでしまうような底抜けの馬鹿なのだ。

 ああ、ほんと――――馬鹿だなぁ。


 私は呆れたように微笑みを浮かべて、シリルに言った。


「いいからさっさと魔王そいつを殺せ」




 殺戮は一瞬で終わった。

 今や魔王はただの炭の塊と化し、再び動き出すことはない。


 シリルの吐き出している息がゆっくりと炎から煙へと変わっていく。

 そしてけふ、と最後の一息を吐き出すと、シリルは振り向いた。


 竜と化した彼の顔がはっきりと見えた。

 彼の体表を黒い鋼のような鱗が多い、背中からは翼が飛び出している。


「アリシア、オレは……」


 彼が何か言う前に私は床を蹴った。

 思い切り彼の腕の中に飛び込む。


「すっごーい! シリル超かっこいいじゃん! もう大好きっ!」

「なっ、アリシアっ!?」


 照れているのか、彼の鱗から伝わる温度が上がる。


 私のことしか考えてない癖に、シリルは私のことを何も分かってないんだから。

 私は強い男なら何でも好きなのに。

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