Around 2001(草稿)

misty

第1話 短い三つのプロローグ(上)

短い三つのプロローグ


……灼熱。

 男はうなされていた。自らの見る、夢にも似た《悪》のイメージによってだ。その広大な景色の中で、男は歩いていた。一歩ずつ、一歩ずつ、あまりにも重い足取りで、彼は彷徨っていた。あてどなく歩いていた。灼熱の太陽だ。おそらくこの太陽の熱、熱の太陽の存在がいっそう重く彼にのしかかっていた。汗が迸る。しかしその発汗は生命のエネルギーから発するものではなく、もっと暗い、《悪》の巨大な力から由来する、おぞましいものだった。彼は歩きながら夢を見ていた? そうだ。彼とは誰だろう。彼は二十二歳の男だ。砂に汚れた白いマントを羽織っている。マントは大きく、彼の身体をすっぽりと包んでいるのだが、足を大きく出すときは、彼が紺色のハーフパンツのようなものを履いていることが分かる。なんともアンバランスな風で、そのアンバランスさを男は自覚していたに違いない。灼熱の太陽。熱い、熱いと男は苦しんだ。

 彼は裸足だった。裸足のまま、砂の中をゆっくりと進んでいった。ものすごく熱い。砂は熱の塊のようであり、彼の剥き出しの肌がそこに触れるたびに柔らかな苦痛が彼の身体を駆け巡った。しょうがないから次の一歩をはやめに出す。しかし、目的地はどこなのだ? この砂場において、目印らしきものはあまり見当たらない。ところどころに、大きな瓦礫が見える。目の前の遠方に見えるのは、どうやらかつて住居であったものの壊れてしまったらしい壁の一部分のようだ。それが砂に半分埋もれている。ちょうどいい具合に影ができていたので、彼は一時そこに避難しようと思った。あそこで休憩だ。彼はひとたびの目的地が見つかると、途端に意気揚々とした。生のエネルギーが溢れてくるようであった。砂の中を進む足取りは自然と早くなる。五十メートルはあっただろうその距離はあっという間に縮まり、男は瓦礫下の足場にどさっと腰を降ろした。

 その時、彼ははっと気づいた。彼の左足には錠がかけられていて、長い長い鎖でつながれていたのだ! なぜそんなことに気が付かなかったのだろう。彼は自由ではなかった。これは何だ? 足枷の存在が彼を極限の恐怖に陥れた。誰が、いつ、何のために男の足を鎖でつないだか。男はとりあえずその錠を眺めてみた。多少は古びているものの輪っか構造のそれはおどろくほど頑丈でしかもぴっちりと男の右足を束縛し、鍵らしきものは見当たらず、頑丈に掛けられていた。試しに指でコツコツと叩いてみる。太陽の熱はそこにも伝わっていたが、熱くて触れられないほどではない。男は何メートルはあるだろう、その長い鎖の先に目を凝らした。自分が束縛されているのが怖かった。男は瓦礫下から腰を上げて、おそるおそる今まで引きずっていた鎖の先の方へ歩き出した。とにかく歩く、鎖が長すぎる! 今まで自由に動けたということは、鎖のもう一方の側は何にもつながれていないか、もしくは鎖が恐ろしいまでに長いか、どちらかだろう。何の為にこんな? 男は混乱した。そして、歩いても歩いてもたどり着かない。鎖は砂の地面に長々と横たわっている。それは男が意識を取り戻してから瓦礫下にたどりつくまでの男自身の行程を指し示している。《自分の足取りを見よ……》 内から声がした。それが《悪》のイメージによるものだとは、男はその時点では気づかなかった。だがいずれ、その正体は明らかになるだろう。今はまだ、男は自分が何によって自由を束縛(それも半端なやり方で)されているかすら分からない、そんな状況だ。そして男は、ひどく喉が渇いていることに気が付いた。


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Around 2001(草稿) misty @misty882311

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