ぼっちの俺が話題の美少女シンガーソングライターの作詞担当になるまで 〜転入生に作詞の才能を認められて俺の学園生活が一変した話〜

すかいふぁーむ

本編

「いいよねえ、mina」

「わかる! 新曲も神ってたー!」


 イヤホン越しに聞こえるクラスメイトたちの声。朝の教室の話題を独占するのは、今や一切を風靡するシンガーソングライター、miinaだった。


「あの噂、本当かなぁ?」


 動画投稿サイトに投稿された曲がどれも大当たりし、つい最近メジャーデビューを果たしたmiina。街中でも十分な話題ではあるが、校内でここまで騒がれるのには理由があった。


「うちの学校に、miinaがくるって」

「でも転入生は来るってよー?」

「まじー? 期待しちゃうじゃんねー?」


 miinaは特段秘密主義というわけでもなく、年齢も公開されている。俺たちと同じ学年にあたり、近々親と仕事の都合を兼ねて都内に来るという噂があった。中途半端に都心部に近いうちの学校は、それなりの候補地と、確かに言えた。


「miina、か……」


 誰にも聞こえないように1人呟く。

 天才シンガーソングライターmiina。その名前を聞くと去年のことを嫌でも思い出す。俺、柳友樹やなぎゆうきがまさに名実ともにぼっちになった原因の、入学後早々に起きた事件を……。


 ◇


「おい見ろよ! こいつこんなもん書いてんぞ!」


 ギャハハと下品な笑い声が教室に響く。

 声の主は荒木健人あらきけんと。いわゆる陽キャの代表。クラスで彼に逆らえる人間はいない。当然俺もそうだし、周りも彼に同調するしかなかった。


「ギャハハ。なんだこれ」


 笑われている。俺がさっきまでプリントの裏にしたためていた歌詞を見て。

 正確には歌詞ではない。そこに歌がないから。


 歌が好きだった。

 ただ漠然と、歌が好きだった。

 気付いたら歌詞を書きたいと思っていた。曲については、少し母の部屋にあるピアノをいじって、やめた。違ったのだ。俺がやりたい歌はそうじゃなかったから。

 俺がやりたいのはそう、まさにmiinaのような、思いを好き放題ぶつけた音楽。それを表現する方法はそのとき、作詞しかなかった。


「見てみろよ。これ。笑えるだろ?」

「こそこそ何やってるかと思ったらこんなことやってたのかよー。陰キャくん」

「だせえよなぁ」


 取り巻きと盛り上がる荒木。


「こことかさぁ、もっとセンスある言葉選びできねえのかよ」

「ほんとほんと」

「何もやってねえ俺でももっといいもんぜってー作れるわ」

「そりゃ荒木ならできるっしょ。もうmiinaの新曲になっちゃうっしょ」


 まぁいいさ。荒木たちに笑われてやめるくらいの趣味なら、とっくの昔にやめている。


「おーい隠キャくん? これ代わりに捨てといてやるよ、クラスに張り出した後にさ」

「ギャハハ。さすが荒木ー! センスあるー!」


 馬鹿騒ぎする荒木たち。この時大人しく引き下がっていたら、今とは違う結果になっていたかもしれない。でも、このときの俺の頭は、せっかく書いた歌詞を無駄にしたくない思いでいっぱいだった。


「返せ」

「あ?」


 思わぬ反論だったのだろう。面をくらった顔をして口を開けたままこちらを睨みつける荒木。


「てめえ、誰に向かって口聞いてんだよ。あぁ?!」


 わかりやすくムキになった荒木がクシャクシャにプリントを丸めて俺に掴みかかってくる。

 俺はそれを振り払ってとりあえずプリントだけは確保しようと動いた。

 だが先にそれを手にしたのは取り巻きの一人の佐藤だった。


「おいおい。こんなんが大事かよ? 柳?」


 そう言って佐藤はくしゃくしゃにされたプリントを目の前で破いた。これみよがしに、何度も。


「やめろ」

「はぁ? 聞こえねえよ? 隠キャくん?」

「てかてめえ、無視してんじゃねえぞコラ」


 そこで何かが吹っ切れた俺は、とりあえず佐藤だけは鼻の骨が折れるまで殴ったらしい。ただ荒木に勝てるほどの力もなく、結局ボコボコにされた上、双方謹慎処分。

 戻ったときには誰もが腫れ物を扱うようになっていたというわけで、めでたくぼっちの完成と相成って今日に至った。

 幸い荒木たちもあれ以来絡むのをやめたのだけは救いだ。


 ◇


 それ以来誰にも言わずにひっそりためてきた趣味だった。

 暇な時に頭に流れる詩を綴ってきた。


「ま、書きたいだけ書いて、そのうち自分で歌くらいつけるか……」


 一人の時間が増えたのは悪いことばかりではない。確実にここ一年、書いてきた量が増えた。その分多分、それなりのものができるようになってきた、気がする。

 これならそう、ちょっとかじったピアノと、最近話題のボーカロイドとかで一曲くらい作るのも良いのではないかと思うくらいに。


「さて、全員いるかー?」


 そんなことを考えながら今日もノートに歌詞を書きためていたら、担任がやってきた。


「ねーねーせんせー! 転入生が来るって本当なのー?」


 クラスの女子の中心、青木が声を上げた。


「誰から聞いたんだ? その通りだ。もうバレてるなら勿体ぶる事もないか。入っていいぞー」

「はい」


 その声を聞いた瞬間に気付いたのは俺だけだったと思う。


水本奈美みずもとなみです。よろしくお願いします」


 シンプルにそれだけ言って頭を下げる。


「まじ……?」


 青木が思わずと言った感じで漏らしたのは、入ってきた転入生があまりに美人だったからだと思う。

 煌くような透き通る黒の髪に、ぱっちりとした大きな二重の目。スッと通った鼻筋。一見クールそうというか、冷たい印象を与えるほど無表情な自己紹介が逆に、彼女を何か神々しさすら感じさせる演出になっていた。


「うひょー! ちょー美人じゃん! なになにー? 彼氏いんのー?」


 次に声を上げたのは謹慎が解かれてからもしっかりというか、誰にも有無を言わさずにクラスの中心に君臨した荒木だった。


「荒木ナイスしつもーん! 俺も気になる!」

「俺も俺も!」


 調子に乗って取り巻きたちも詰め寄るが、かえってきたのは凍るような冷たい視線だけだった。ことの発端になった荒木は出鼻をくじかれた形になり、気に食わなそうに顔を逸らした。

 それを女子たちが笑っているのは少し、いい気味かもしれない。実際のところ荒木は取り巻きを従えて誰も逆らえない環境を作ったというだけで、みんなの人気者という立ち位置はとれずにいたわけだ。

 こうして他人事のように転入生のことを眺めていたわけだが、このあとの担任の言葉で状況はがらりと変わってしまった。


「じゃ、席は後ろの……柳、お前ちょっと横に避けろ」

「え……」


 俺のベストプレイス窓際一番うしろが……。


「慣れないうちは端っこでみんなのこと見てるくらいがいいんだよ。お前は横だ」

「……はい」


 しぶしぶ机をずらす。その間に用意されていた予備の机を担任がこちらへ運び込んでいた。


「じゃ、水本はここだ。なんかあったら席を譲ってもらったこいつに聞くといい」

「え……」


 それだけ言うと前に戻る担任。

 今の俺はクラスの腫れ物だ。誰も突っ込まないが、誰もがこう思っているだろう。「なんでお前が……」と。


「よろしく」


 水本は隣の席に来るとそれだけ言って腰掛けた。


「あ、教科書もまだ来てないからな。今日は柳のを使うように」

「と、いうことなので、ご迷惑をかけるけれど……」

「いや、それはいいんだけど……」


 いや待て……。いいわけない。

 俺の教科書なんて歌詞を書いてないページを探したほうが珍しいくらいだぞ!? そんなもん転入初日に見せられない。ましてやこの相手にだけは、絶対に……。


 どうしたものかと困っていたところに声をかけてきたのは、意外にも、いや予想通りだろうか。荒木だった。


「おい、陰キャくん」

「声はかけないように言われてただろ?」

「うるせぇ。お前はおとなしく俺の言う通りしてりゃいいんだよ」


 あの件以来、担任から厳重に関わりを避けるよう言われていたはずだが、荒木にとってそれだけこの転入生はお気に召したと見える。


「どうせ担任以外席なんて知らねえだろ。変われや」


 ということらしい。ここでいちいち反対しても面倒だし、今回に関しては俺にも利がある。

 転入生の美少女とか、そんな厄介事避けられるなら喜んでというところだった。というわけで、喜んで話を受けようとしたところだった。


「何勝手なことしてるの?」


 隣の席から飛んできた視線は、直接向けられていない俺ですら背筋が凍るほど冷たいものだった。


「はぇ?」


 直接それを向けられたあらきは情けない声をあげる。


「私の邪魔をしないでくれるかしら」

「邪魔……?」


 ぽかんと口を開け、間抜けな表情でそう返す荒木。

 俺も事態についてはいけないでぼーっとしていたら、次の瞬間、水本から放たれた言葉がクラス中に衝撃を与えた。


「私が柳くんを口説くのを、邪魔しないでもらえるかしら」

「え……?」

「は……?」


 いまこの美少女はなんと言っただろうか。


「そもそも、図体がでかいだけで頭の中身空っぽそうな貴方は、正直目にも入れたくないくらい嫌なのよね」


 言い放たれた荒木は羞恥と怒りで顔を真赤にしていた。


「ぷっ……図体だけで頭空っぽって」

「確かに……あいつ偉そうなだけだもんね」


 もともと余り仲が良さそうに見えなかった青木を始めとした女子たちがここぞとばかりに荒木を攻め始めた。


「てめぇ! 調子に乗んなよ?!」

「ほんと、頭が空っぽだと口から出る言葉も陳腐ね」


 水本の攻勢は止まらない。


「何様のつもりだよ!」


 荒木が語気を強める。ただその言葉すら、余裕を持った水本との対比を際立たせるだけのものに成り下がっていた。

 そしてこのあと水本が放った言葉は、クラス中、いや学園中に衝撃を与えるものだった。


「何様、か……。声でわかるくらいにはなったと思ったのになぁ」

「は……?」


 やっぱり、と思ったのは少数だった様子だ。

 ただ、何度も聞いていればこの声、聞き間違いようもない声だ。


 一小節。水本が口ずさむ。たったそれだけで、クラス中の人間がそちらに引き込まれた。


「まさか……ほんとに……?」

「miinaって言ったら、わかるかしら」


 そこからはもう、荒木のことなど関係ないとばかりに人だかりが生まれてしまっていた。


「きゃー! え、待って待って、本物?! だよね?!」

「声がぽいなーと思ってたけどさー、まさかね?」

「すごいすごい! サインとかもらえる?!」

「えっと……」


 荒木への態度はどこへやら、一転しておろおろと助けを求めるように視線をさまよわせていた。


「てかさ、さっき柳を口説くとか言ってなかった!?」

「そういえば! どういう関係なの!? ねえねえ!」

「え、えっと……」


 顔を赤らめる美少女。

 ただ待て、水本、いやmiinaと接点なんてあるはずもない。雲の上の存在で、会ったこともなければ顔を見たってわかることもなかった。

 だから忘れていた。


「歌詞……私の募集した歌詞の応募に、柳くんがいたの」


 そんなものもあったな。


「歌詞!?」

「それって柳がずっとなんかやってたやつー?!」

「え、柳ってほんとに才能あったんだ!?」

「そりゃmiinaが言うんだからそうでしょ!」


 俺も初耳だぞ。それ。


「じゃあ口説くってそういうことかー」

「なーんだ。残念だったね―、柳」


 ポンポンと肩を叩いてくる青木。これまで話したこともない相手ではあるが、こういう接しやすさが人気の秘訣なのかもな、とちょっと思ってしまった。


「いやーでもさ、荒木って柳の歌詞バカにしてたんじゃなかったっけ?」

「見る目ないわぁ」

「というか荒木、もう終わったでしょ」

「自分からつっかかってあれとか、ないわぁ〜」

「ださ……」


 顔を赤くして震える荒木だが、もはやどうしようもなかった。


 でも、そうか……。

 あの応募、miinaに見てもらえてたのか。

 無駄じゃなかったんだな……あれ。いや、いままでの、全部……。


「ちょっとちょっと、柳どうしたの!? 大丈夫?!」


 青木さんはいいやつだったようで、突然泣き出した俺にすぐハンカチを貸してくれた。


「いや、ごめん……ちょっとうれしかった……歌詞、無駄じゃなかったって」


 それだけなんとか言って、落ち着くまでハンカチには甘えることにした。


「なになにー?! そんなんされちゃったらちょっと、うちらまで涙腺緩むじゃん!」


 何故か涙目になった青木さんが可愛い。と思ったら、水本が何故か至近距離に迫っていた。


「ハンカチなら、私も……」

「えっと……」

「それと……歌詞、あとでじっくり話したい……」

「じっくり?」

「そう。放課後、うちで」


 まさかのお誘いだった。


「その……いやじゃ、なければ……」

「もちろん!? 嫌なわけない!」

「そう……よかった……」


 それだけ言い残し、いやハンカチもおいて、水本は自席に戻っていった。

 青木はなぜか「頑張りなよ」とだけ言って、ハンカチを回収して席に戻っていく。


 ちょうどよく鳴ったチャイムでその場は解散となった。

 ただその日は一日中、miinaに引っ張られるように目立ち続け、俺は俺で放課後のことが気になりすぎて上の空だった。

 何も頭に入ってこないとはこういうことかと思える一日だった。暇さえあれば書いていた歌詞を書く暇もなく、休み時間はクラスメイトから、果ては学年を超えて色んな人に囲まれ、授業中は教科書にこれでもかと書き溜められた歌詞をみた水本に質問攻めにされた。


 間違いなく、俺の学園生活が、いや、人生が一変した日。

 ここから先、俺とmiinaは色んなものを乗り越えながら二人の道を進んでいく。ここではきっと語り尽くせないし、今日ほどのインパクトを凌ぐエピソードはあまりないかもしれない。

 ただこの日から、俺たちの時間が始まり、少しずつ進んでいったことは間違いない。


 これはぼっちだった俺が話題のシンガーソングライターの作詞担当になるまでの、その始まりの物語。

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