もう手は離さない

黒豚@

第1話 夏空

「私ね!大人になったら春とけっこんするの!!」

「おいずりーぞ!俺もまぜろー!!」

「えぇ!?けっこんはひとりとしかできないんじゃ……」

「わかった!2人と結婚する!!」


……おい、起きろよ、そろそろ講義だぞ

そう言った親友、黒井伊吹の声で俺は浅い眠りから覚めた。

ずっと眠っていたかったような気もする。

「それと、相談のことちゃんと覚えといてくれよ?眠い中聞いてくれたのは感謝してるけど居眠りしたから忘れたって言うのはナシだぜ!」

彼は、数年付き合った幼なじみにプロポーズする。

俺は昨日の徹夜が響いているのでその相談を受けた時点で居眠りをさせてもらった。詳細な計画は後日行う予定だ。

「早くいかねーと教授怒んぞー!とりあえず講義で寝な!」

「……講義は寝るもんじゃないよ……」

僕らは変わらない、出会った頃からずっと

伊吹のことも、その恋人の事も、俺は全部知っている

だから、2人が2人で幸せになってくれるなら、それはとてもいい事なのだろう。

2人して急いで講義に向かいながらそう思った。講義は寝た。


気だるいバイトが終わり夜10時、メッセージアプリの通話機能で伊吹と通話する。

「……なんでグループにしたの?バレたら終わりなのでは」

「こういうの勢いが大事じゃん?バレたらバレたでそのまま言っちまおうかと思って」

「ガバガバガバナンスですねぇ」

ガバナンスの意味うろ覚えだけど語感が好きなので使った、合ってたっけ?

その後僕らはプロポーズ当日の行動を話し合った。予約するレストランは、どうやって普通のデートを装うか。

そんな話の最中

「やっほー」

「「!!」」

彼女が乱入してきた。

「2人ともグループ通話なんかして何話してたの?オナネタ?」

「下品が過ぎるぞ活子、それにこの前第32回を開催したばっかでネタがない」

「そいやそうだったねー、提供しようか?」

「……最近マンネリ気味でエロについて悟り拓くようになってきたからパスで」

乱入者は後崎活子、俺たちの幼なじみだ。

彼女は素が出ると下品になるが、天才的な取り繕い方で学校では常に清楚で優しいキャラクターを演じている。

僕らは全てをさらけ出せる関係だ、隠し事は秒でバレるし、全員がお互いを信用し合っている。

「じゃあさ!夏休みの予定話そうよ!」

「インターンで埋まってるっつーの」

「……俺もそうだな、就活が始まると休みなんてあっても無いようなもんだな」

「まぁ私は?伊吹の元に永久就職するから?別に就職しなくても言い訳ですしお寿司?」

「……寿司食いたくないか?」

「よし、寿司行こう明日」

そんなこんなで上手く寿司に誘導して、俺たちのプロポーズ大作戦は隠すことができた。


「両手にイケ男って女の夢よねー!」

そう言って活子はウキウキで腕をふる、僕らは呆れながらも手を繋いだままにする。

片方は恋人繋ぎ、もう片方はただ握るだけ。

いつからかこうなった、こうなる事は覚悟していた。それに

俺じゃ活子を幸せにできないから、伊吹を選んでくれてよかった。

「なーに辛気臭い顔してんですか?恋?恋でもした??」

「……なんでもないよ、活子にイケメン評価されて照れてるだけ」

「何言ってんのさ、あんたらどっちも理想の幼なじみよ、あーもー2人と結婚して薔薇色人生送りてぇ!なんで片方としか結婚出来ねーんだよー!!!」

「そんな無茶な……」

「俺は重婚okな国に越してもいいぞ?」

「バイリンガルめ……英語微妙な私たちをバカにしたなー!!」

「……1番できないの活子だから置いてくとしたらこいつじゃね?」

「なるほど、じゃあ同性婚okな国に行って結婚するか、春」

「いやー!!!私を置いてくなー!!!地の果てまでも追いかけ続けてやるー!!!」

3人で延々と馬鹿話していたい。

けど、伊吹が活子に告白したら、それももうお終いだろう。

世界がそれを許してくれないから。


あっけなく当日が来た。

時間は待ってくれない。僕は準備をして、レストランに向かう。

裏口に到着、オーナーが直々に出迎えてくれた。久々にしたスーツは自分でもちゃんと着れているか分からなくて不安になったが、スタッフの人に直してもらい。準備を完了する。

時計を見て、タイミングを見繕う。

「実は今日、大事な話があるんだ。」

伊吹の声が聞こえる。

「なによいきなり、もう私何が何だか」

ドアを開け、店内へ

「ちょっと特別なゲストを呼んだんだ。」

席の隣に立つ。

手には、小さな箱と、花束。

「春人……!?」

「春には見届けて貰おうと思ってね」

俺から箱を受け取ると、伊吹は開けながら言った。

「結婚しよう。」


その後は大変だった、泣きながら馬鹿しか言わない活子を宥め続けた、結局彼女は笑顔で指輪を受け取り、伊吹と共に帰っていった。

「……今頃エッチなことしてんだろうな」

今頃不貞腐れてる所だから美味しい飯を食いたいと事前にオーナーに相談していたので、1席借りて酒と美味い飯をかっくらってる。

味とか分からないけど美味しいことは分かる。

「……なんで俺生きてんだろ」

1番大事だった2人は違う道をあゆみ始めた。もう交わることは無い。

彼らの居ない人生なんて想像もしてなかった。

俺にとって彼らは人生だったのだ。

「まぁ、もういいか」

手っ取り早く出会い系にでも登録して、別の何かで満足しよう。

空いた穴が大きすぎるんだ。どんな適当なものでも埋まる。

俺は限界までワインを胃に流し込んだ。どうやって帰ったかは覚えていない。


これは、僕の後悔の物語だ。

3人の中でただ1人変われなかった僕の、あるひと夏の戦いの記憶だ。

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もう手は離さない 黒豚@ @kurobuta128

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