第5話 ピオニー&スラッシュ スエード
今日で渋谷のホテル何軒目かな?ほぼ制覇したんじゃないかな?私の記憶だとまだ行ってないのはなんちゃらルートとかそんな感じの古いホテルだけなんだよね。あの辺はジェットバスもなければドライヤーもずっとボタン押してなきゃ風出なくて風力も弱そうだし。というかそもそもこんだけホテル泊まるならアパートでも借りた方が安上がりなんだよね。
なんて考えながらタバコに火をつけると隣で寝ていた将が目を覚ましたようだった。将は私のタバコをチラッとみると、ベッドの端に座る私の腰に手をかけ私を抱き寄せた。
「ちょっと、危ないよ。」
倒れそうになって、私は急いでタバコを灰皿に置く。将は右足を私の太ももに回して思いっきり抱きついてくる。そして右手で私の左ほほを包んだ。私が自分の顔を触られるのが大好きだから。
認めたくないけど、私はこの男が好きだ。
すっごく良くない関係なんだよね。まず第一に将はゆきたんの親友のセフレなんだもん。ゆきたんのインスタを見る限り、二人は最近は会ってないみたいだけど、例え私が将と毎日連絡をとって、週に何度も泊りをしていたとしても、自由に仕事をしている将の行動を全て把握出来るわけではない。したくもないんだけど。
それに将には彼女がいる。私より5つも下の子で、歌舞伎町のキャバ嬢らしい。写メを見たこともあるけど将の好きなギャルだ。私とは対極。
そしてなにより、将は少しもかっこよくないの。びっくりするくらい。私は今まで少しもタイプじゃない男と関係を持ったことなんてないのに!自分でもそこに一番びっくりしている。
私の喫煙タイムを邪魔するだけ邪魔して将はもう寝息をたてている。本当に寝つきがいいんだから。
私は将の腕から抜け出すとだいぶ短くなってしまったタバコをくわえながら、昨日来てくれたお客様にお礼のラインを入れ始めた。最近は飲みすぎて会話の内容とか誰が来てくれたか曖昧になってしまうから、写真を撮るようにしてみた。カメラロールを見返すと太客様とのツーショットで溢れかえってる。昨日もよく飲んだなあなんて思いながら、私は将と初めて関係を持った時のことを思い出した。
将とは1年くらい前にゆきたんとゆきたんの彼氏が幹事の合コンで知り合った。男性陣が先に到着していて、私たちがどの席に座るか迷っていたら、将は
「いいからとりあえず座れよ。」
なんて言って急かしてきたもんだから、私の中の彼の第一印象は最悪。
ブサイクなくせに口も悪いとかなんだこいつは。最低かよ。だけ。
その時私は二股されてたけど彼氏がいたから一次会で帰ったし、将とは一言も話してない。ちなみに将の友達とはいい感じになって、彼氏への当てつけで何度か遊んだ。
それから半年後くらいにゆきたんと豊島園のプールに行こうってことになって、池袋で待ち合わせをしたら何故か将も来て、その時に初めて沢山話したんだけど予想以上に面白い男だった。その時の印象は、おもろいブス。好転。
それからまた半年後に何故か飲もうってことになって、将とその友達のイケメンと行きつけのバーに行ってじゃん負けシャンパンゲームをしていたら、全然飲んでないのに立てないくらい酔っちゃって。気づいたら池袋のホテルでやってた。どうやって服を脱いだのかもどうやって始めたのかも全く覚えてないんだけど。絶対薬盛られたと思ってる。テキーラボムとか。東京怖い。
泥酔してた将が三回戦目でやっといけたから2人でお風呂に入って記憶を辿った。2人ともどうやって池袋にたどり着いたか分からなかった。それは将の友達のイケメンも同じだったようで彼も知らないうちに家に帰ってたらしい。二度とあのバーには行かないと決めた。
ホテルを出る時将が、
「俺も今日大阪行くわ。」
なんて言い出すから、なんで私が大阪に行くこと知ってるんだろうと思ったら昨日自分でとにかくひたすらそう言ってたみたいで笑ってしまった。
結局一旦帰って準備してからその日の夕方に品川で待ち合わせた。いくらやった後だといっても、彼と2人で乗る新幹線は若干気まずかった。ふと彼の手元に目をやると、彼のスマホの待ち受けが女の子だったから、
「これ誰?モデルさん?」
と聞いてみた。
「あー、これ彼女。」
一瞬びっくりしたけど、タイプじゃない男に彼女がいようとどうでもよくってそれ以降は何も聞かなかった。
2人で行った大阪はすごく楽しかった。彼も愛煙家だから心置きなくタバコが吸えたしお酒も沢山飲めたし1人じゃ行けないユニバも行けたし。もちろん夜も朝もベッドで楽しんだし。東京に戻ってきて、品川で別れるのが少し寂しいって感じるくらいだった。
彼が他の男と違ったのは、それからも毎日連絡をしてきたところ。別れてすぐに「ありがとな。」って連絡がきて、私は私で終わる返信をすべきか続けやすい返信をすべきか迷って前者を選択したのに、彼との連絡は途切れることがなかった。彼はその時全く仕事をしていなかったから、「酔っ払って群馬来ちゃったわー、北に行きたい!北!」なんて訳の分からない連絡をしてきて、なぜかその週末に航空券を当日に買って2人で北海道に行くことになったりもした。初めての北海道はすごく楽しかった。ひたすら飲んでやっただけだったけど。突拍子もない行動をするとてつもなくフッ軽な男といるのは楽しかった。
お客様への連絡も忘れてカメラロールを遡ると、この5ヶ月ほとんど将と遊んでいたことに気づく。8月は暇があれば江ノ島で体を焼きまくって、海に行けなくなってからは私の仕事終わりに合流して飲みまくって、内臓が疲れたなと感じたらひたすらダーツをして。将とは平日も休日も関係なく遊べるから、お客様の相手で疲れた心を、一人暮らしの寂しい心を埋めるためについつい連日会ってしまっていた。
一緒にいる時間が長いからか、それとも将が全くタイプじゃないからか、2人でいる時間はありのままの私でいられて、すごく楽しくて。いつからかはわからないけど、将のケータイに彼女の名前が浮かぶたびに胸が締め付けられるようになった。
将の周りの人たちは、「なんで付き合わないの?将、彼女と仲良くないんだから奪っちゃいなよ。」
なんて言ってくるけど、仲良くもないのに別れないなんて、余程の理由があるんだろうな。身体の相性が死ぬほどいいとか。
私だってモテないわけじゃない。それなりに恋もしてきたし。それなのに去年の恋愛で懲りたはずなのまた二股男を好きになるなんて。つくづく自分が嫌になる。たとえ将が彼女と別れて私と付き合ったとしても、一度浮気をした男はその後も必ずする。傷つくのは目に見えている。
将は一度だけ、私に好きだと言ってきたことがある。体を重ねている時に一度だけ。私は最中の男の言葉は信用しないことにしているのだけど、あの時の将の言葉は真実だったように思う。なら、どうして彼女と別れないのだろう。どうして彼女にそうしたように、私に付き合ってと言わないのだろう。
いつものように悶々としてきた。私は心の中に黒い靄が広がってきていることに気づきたくなくて、焦る心を消し去るようにタバコに火をつけた。
Perfume 一条紫 @chanshino63
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