第4話 shiro white Lily
会社を売った。
30歳で起業して7年。全力を注いだ会社を売った。社員達からの電話とメールが凄いことになってるけど、今は返す気にもならない。
隣で眠るよく知る女を起こさないようにリビングへ行き朝刊を読むと、自分の会社が大手銀行の子会社になったことが早速載っていたし、ニュースにも少し出た。
昨日はそのお祝いで随分と飲み過ぎてしまった。ズキズキと痛む思い頭を抱えながらトイレへ向かおうとすると、珍しく早起きをした紫が寝室から出てきた。
「おはようございます。」
そういうと紫は俺の顔を見もせずリビングに入っていった。毎回この寝起きの無愛想さはどうにかなんないのか、なんて少し笑ってしまう。
リビングに戻ると紫はもう出かける支度を終えていた。
「なんだ、もう帰るのか?」と問いかけると、マスクをつけた紫がやっと少し笑って、
「うん、昨日はありがとう。楽しかった。」
なんて言って部屋を出て行ってしまった。
紫と出会ったのは4年くらい前だ。まだあいつが22歳、俺が34歳の時だったかな。よく行くキャバクラで初めて会った俺に、「お兄さん、塚本高史に似てる!」なんてキラキラした顔で言ってきて、咄嗟にこいつはヤレるなんて思った。少し話すと、歌が好きらしく音楽の趣味も合うからその1週間後にバンドカラオケに連れていくことにした。
当日、待ち合わせ場所に少し遅れて行くと、新橋の宝くじ売り場の前で号泣してる紫がいた。俺がギョッとして少し時間を置こうかと思っていたら、紫の涙でぐちゃぐちゃの大きな目が俺をとらえた。
「純さん〜、すいません、さっき、ふ、ふられちゃって。」
周りを気にせず泣きじゃくる女子大生と周りを気にしまくる俺。とりあえず近くのすしざんまいに避難した。
紫は半年ほど付き合ってた医者の元カレに先ほどラインで別れを告げられたらしい。ダラダラと話していたが結局ほとんどの医者は女医か弁護士とかその辺としか結婚しない、イメージと世間体を気にするもんだよ、ってことを教えてやった。紫はわけがわからないと言った顔をしながらずっと俺の話を聞いてた。ムカつくだろうけどそれが現実なんだわ。
そんなことを話しながら正直俺は今夜のことで頭がいっぱいだった。別に理由なんかなくても楽しませれば女は家までついてくるし、金に寄ってくる女も腐るほどいた。今目の前にいる女はふられたばっかりで心の拠り所を探してるんだ、絶対ヤレる、確実。
軽く飯を食べて、最近ハマってるバンドカラオケに移動した。女の歌なんか興味ない。酔っ払って歌うのが楽しいし、何より俺といて楽しくない女なんていないんだから、自分が楽しければいい。そんなことを考えていたが、紫の歌を聴いてその考えは一変した。
紫の歌は、なんつーか、言葉にできないけどすっげえ良かった。上手いんだけど、ただ上手いんじゃなくて、聴いてて楽しくなってくるし、初めて相手にもっと歌って欲しいと思った。久しぶりに他人に興味を惹かれた。
その日のカラオケはめちゃくちゃ楽しくて、帰りはそのまま帰してもいいと思ったけど、やっぱり男としてそんなことはできるはずがない。少し尻込みする紫に逃げ道を与えてやった。女には言い訳が必要だから。「人間寂しさには勝てないんだぜ。」なんて言って。
初めて紫を抱いた時の衝撃は忘れられない。今まで女に困ったこともないし、それなりに遊んできたつもりだったが、あんなに相性がいいと感じたのは初めてだった。咄嗟に浮かんだ言葉は、名器。紫には俺を掴んで離さない要素がありすぎた。どうしようもないほどポンコツなとこもほっとけなくて、可愛い。まさか、自分の人生に転機が訪れた日にまで会いたいと思う女になるとは全然思ってもなかったけど。
あいつとも長い付き合いになってきたな。
そんなことを思いながら俺は鍋でお湯を沸かして、慣れた手つきで赤いパッケージのインスタントラーメンを放り込む。溶き卵を入れて少し置いた後、鍋をそのままテーブルに運んだ。二日酔いには辛いものが効く。食べて少ししたらジムでも行くか。そんなことを思っていると、ケータイが鳴った。
『純さん、昨日はありがとう。そして会社の件、おめでとうございます。純さんに会うと元気が出るよ。人間で一番大好き。また遊んでね。』
紫は一度もお礼のメールを欠かしたことがない。そして俺の自尊心と自己肯定感をいい具合に高めてくる連絡をしてくる。
フッと笑って俺も決まりきった返事を返す。最後は『また今度な!』で締めくくって。
出会ったその日から多分、こいつは俺のことが好きだったと思う。その気持ちにも気づいていたが俺は気づかないふりをした。なんてったって離婚したばかりだし、もう1人の女に縛られるのはうんざりだ。それにこういう女は俺のような男からは離れられないから、言葉一つで結ばれる関係なんて意味を持たない。
2週間に一度くらいのペースで何度か遊んだ後、今の関係に耐えられないと詰め寄ってきたあいつに酒の勢いを借りて、そんな話をしたことがある。多分俺のそんな性格を理解するのは当時の紫には辛いものだったと思う。でもそれが理解できない女は切り捨てるだけだ。
紫は終始悲しそうな顔で泣いていたが最後には、「全然納得できないけどいいや。」なんて言って、いつも通りのヘラヘラした笑顔を浮かべていた。
あいつに会うと色んなことを思い出す。俺も歳をとったってことかな。
そんなことを思いながら着替えようと寝室へ行くと、いつも通り窓が開けられベッドメイキングがしてあった。床に置かれたゴミがまとめられた袋を拾おうとすると、ベッドからフワッと紫の匂いがした。
一瞬で脳裏にあいつのニヤッとした顔が浮かぶ。
あいつは知ってる。
髪の毛を落としたり、化粧品をシャツにつけたりなんかするよりも、微かに香る匂いが一番強いってことを。
何と無く負けた気分になって、俺は窓を閉めてジムに向かった。
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