第11話

                    *



 現在から9年程前のこと。


 その当時、『連邦』と『公国連合』との間で、鉱山の支配権をかけた戦いが行なわれていた。


 戦いの天王山であった、『白亜回廊の戦い』に援軍としてやってきた、当時15歳のエミリアは、1度の出撃で敵『ファイター』の大半の25機を単機でたたき落とした。

 ついでに重巡級『シップ』1機を片手間の急降下爆撃で撃沈するなど、トンデモぶりを見せつけて味方もドン引きさせていた。


 ちなみに、翼が生えた狼のペットマークが付いた、エミリアの高出力エンジンを搭載したカスタム機には傷1つ付いていない。


 『白亜回廊』は石灰岩が露出した山脈で、『公国連合』に突き出した、鉱山のあるエリアを繋ぐ『連邦』の領土だ。


 この日の戦闘は、エミリアの活躍もあって第5・第3の『連邦』連合艦隊が、『公国連合』の西中部艦隊の旗艦の戦艦級を含めた4艦を大破・撃沈させて撃退していた。


「あれが50機撃墜の『孤狼』のエアリーズか……」

「バケモノじゃないの……」

「味方で良かったよな。本当」


 そんな大空戦から帰投中、第3艦隊所属の『デルタ』中隊のパイロット達は、無線でそう畏怖の目線をエミリア機へ向けながら会話をしていた。


 そのとき、当の本人はというと、


「うえっへっへっー。おー豆スープー」


 デルタ中隊の面々の様に疲弊した様子は一切無く、散歩帰りの様な調子で、夕食の豆トマトスープの缶詰を楽しみにしてウキウキしていた。


「それに比べて、デルタ9のヤツは話にならねえな」

「流れ弾に当たって中破だもんな」

「戦果もゼロでしょ?」

「タックネーム通り、第9にでもいた方が良いんじゃ無いのー?」


 デルタ9機にわざと聞こえる様に、中隊の現場指揮用の周波数を使って、他のパイロット達は嫌みったらしく悪口を言う。


 中隊長の中佐も聞いていたが、注意も何もせずに黙認している。


 そんなデルタ9ことムラクモは、何も反応せずに聞き流していた。

 正確には、前後左右に一基ずつあるうちの右の『リフター』が沈黙していて、落ちないように必死でそれどころでは無かったのだが。


 速度の出せないムラクモ機に合わせて中隊は飛んでいるため、中隊長の後ろを単独で飛ぶエミリア1人を除いた他の隊は、すでに航空戦艦・空母級に帰投していた。


 ムラクモが貰った流れ弾は、実は大混戦を良い事に、わざとデルタ5が撃ったものだった。


 エミリアが救援に来るまでは、敵エース部隊に翻弄され、戦域は地獄と化していた。


 だがそのただ中でも、ムラクモは回避挙動と他の機体のアシストに徹していた、という技量については誰も触れない。


「大体金で軍に――」

「ゴラァ! エアリーズ! 無線切ってんじゃねえ!」

「わーもう、そんな緊急周波で飛ばさなくても良いじゃん艦長ー」

「お前が何回言っても直さねえからだよ! この馬鹿!」

「あー、うるさいなあー」

「じゃあちゃんとしろ!」


 さらにネチネチ嫌みを続けようとしたが、狙いすましたかのように、シュールストロムがエミリアと言い合いを始めて出来なくなった。


 ……もしかして、止めてくれた……?


 その後も、エミリアとシュールストロムは延々とりとめの無い会話を繰り広げて、彼が艦長を務める、航空重巡空艦級『グリーンズ』に到着するまでそのままだった。


 『グリーンズ』は上面に2門、下面に2門の計4つの砲塔を備え、2本の航空甲板があって、先は上面後部の第2砲塔下にある、エレベーター付きの格納庫に入っている。


 本来、デルタ中隊は第3艦隊所属の航空重巡級『フレイム』の航空隊だが、それは魔導エンジンの不調で前線基地へ一旦引き返していた。


 そのためデルタ中隊は、『グリーンズ』の設備を間借りしている格好になっている。


 中破のムラクモ機は、右側の方に着艦しようとしたが、直前で『リフター』が全基沈黙して航空甲板上で動けなくなった。


 ブーブーとデルタ中隊から文句が飛んでくるが、指揮権を持っているジュールストロムに、逆の方使え、と冷静に言われてさっさと指示に従った。


 『リフター』クレーンに吊られ、ゆっくりと移動している自機を、ムラクモは格納庫の壁にすがって、曇った表情で見つめていた。


「いやあ、よくあんなの飛ばしてたね軍曹殿」

「右どころか、全部がほぼ出力出来てなかったでやんしょ?」


 状態の確認をしていた、ベテランの女性と中堅の男性整備兵は、いたく感心した様子で通りがかりにムラクモへ言った。


「あっ、おばちゃん! ちょっとかくまって!」


 そこに、豆のスープ缶を片手に大慌てで艦内からやって来た、パイロットスーツにフライトジャケット姿のエミリアが、ベテラン整備兵にスキットルを渡して頼んだ。


「おんや、エミリア伍長。また艦長殿に説教でも喰らったのかい?」


 ベテラン整備兵は蓋を開けて中を嗅ぎ、ニヤリ、として、孫にでも言う様な調子でエミリアへそう言う。


「ま、そんなとこー」


 スキットルをポケットに忍ばせた整備士は、ムラクモの脇にある空の木箱のフタを開け、同じ様にニヤリとするエミリアを入れた。

 その上から、防水シートをかけてカモフラージュする。


「ええい! どこ行きやがったあのクソガキ!」


 直後、半ギレでやって来たシュールストロムは、青筋を立ててキレ散らかしつつキョロキョロする。


「へーい。オーライオーライ」


 そんな状況でもベテラン整備兵を含めて、周囲の兵士達は全員何ごともなかったかの様に仕事していた。


 シュールストロムは邪魔にならない様にしつつも、エミリアを鬼の形相で捜索する。


「……」


 そんな様子を見ていたムラクモは、エミリアが隠れている箱に近づいて、無言でその蓋を開けた。


「あっ、ちょっ」

「そこかああああ!」

「ウワーッ!」


 コンマ数秒で発見したシュールストロムは、猛ダッシュでエミリアの所へ駆けつけ、その襟首を引っ掴んだ。


「やだー! 今これ食べたーい!」

「後にしろ! 大将閣下も暇じゃねーんだぞ!」

「勲章よりご飯が先だーい!」

「ワガママ言うな! ほらちゃんと立て!」

「いやーだー!」


 エミリアはジタバタと抵抗するが、シュールストロムはお構いなしに連行する。


 彼女は整備兵達に助けを求めるが、全員申し訳なさげに苦笑いして、ごめんよ、と身振りで謝った。


「あーそうだ。そこのやつ、名前は?」


 艦内へ入る前に、シュールストロムは立ち止まり、ムラクモへ指を指しながら訊いた。


「はい。第3艦隊所属、軍曹、アリエラ・ムラクモであります」


 内心困惑しながらもムラクモは敬礼し、杓子しゃくし定規な調子でそう返した。


「そうか。協力感謝する。あんがとよ」


 シュールストロムは、ピッ、と手を挙げてそう言うと、


「やーだー!」

「もう1個それやるから我慢しろ」

「うへーい……」


 渋々、といった様子のエミリアを半ば引きずる様に、艦内へと戻って行った。

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