第10話

 ちょっとひがみっぽくなった、と思った少将は、そういえばよ、と言って話を変えた。


「オメー、あんまり思わせぶりな事言うなよな」


 妙なうわさが広まったらいろいろマズいんだからよ、と眉間にしわを寄せて苦言を呈する少将だが、


「別に私はそちらも構いませんが?」


 彼女は実に楽しそうな様子で取り合わなかった。


「俺が構うんだよ! ……部下に手を出してる、とか言われたらアレだろが」

「何を今更。私をあんなに求めておいて」

「だーかーらー、そういうの止めろって言ってんだろ!」

「えっ、そーいう関係なの?」

「はわ……」

「だー! 止めろテメーら! ぎっくり腰で助け呼んだだけだっつの!」


 蠱惑こわく的な笑みを浮かべるムラクモと、わざとらしく乗っかるエミリアとセフィロの3人に、少将はすっくと立ち上がってキレた。


 わー、と子どもみたいにはしゃぎつつ、2人は走って逃げて行った。


「……ああいうのがいるから、やめろつってんだよ」

「彼女達ならいいではありませんか」

「いい加減にしねーとおめぇ泣きを見るぞ。俺の」

「ふふ、すいません」


 ムラクモのからかいに音を上げた少将が、強硬手段をほのめかして止めさせた。


「ケッ。馬鹿にしやがって……」


 へーえ、と疲れきったため息を吐き顎をしゃくった。


「でも手を出されたのも、に求めて来られるのも事実ですよね」

「……」

「まあ私もですけど」

「……」


 爆弾発言をかまされた少将は、無言で誰も居ないのを確認してから、ズレたサングラスを直し、竿をしゃくった。


 その直後、引っ張られる感覚と共に、小ぶりの丸いウキが沈んだ。


「よっしゃあ! やっとかかったぜ! これ以上馬鹿にされてたまるか!」


 都合良くかかって、これ幸い、と無駄に声を張って、全力で仕掛けを上げたが、


「長靴ですね」


 竿に引っかかっていたのは、つま先に豪快な穴が空いた黒い長靴だった。


 針が抜けてすっ飛んできた長靴は、少将の顔にヒットした。その光景は、声を聞いて彼のそばまで来ていた2人にも目撃されていた。


「あっはっは! 初釣果おめでとー司令ー」

「ふっ……。あっ、すいま……、ぷぐっく……」


 エミリアはニタニタと笑いながら茶化してきて、その隣でうずくまるセフィロはツボに入って小刻みに震えていた。


「……ええい! 我慢ならん! エアリーズ待てゴラァ!」

「わーっ!」


 竿を置いた少将は、やーいやーい、と煽ってくるエミリアにブチ切れると、逃げる彼女を追いかけて、ほぼ20メートル四方の池の淵をぐるぐる回り始めた。


 体格的には少将の方が良いが、実に楽しげな様子のエミリアに、彼は年のせいで追いつく事が一向に出来ない。


「座ってもいいですよ」

「あ、はい……。ぷぐ……」


 その様子を温かい目で見ていたムラクモは、まだ笑いが収まらないセフィロに、少将が座っていた方へ移動して促す。


「ちったあ、手加減、しろ……」

「やーなこったー」


 2人が3周目に入ったところで、セフィロはやっと笑いが収まった。


「お茶どうぞ。冷えてますよ」

「あっ、どうも……」


 パラソルの後ろにあるクーラーボックスから、軍用のアルミ水筒を取りだしたムラクモは、それを紙コップに注いでセフィロに渡した。


 ドタバタする2人のせいで、ムラクモの竿にも当たりが来なくなったため、パラソルの下の2人は、クーラボックスの蓋の上をテーブルにティータイムを始めた。


「あっ、てめッ! 基地に逃げるとか卑怯だぞ!」

「追いつけばいーじゃん!」


 すると、エミリアが隠し扉を開けて基地の敷地に逃げ出し、少将もその後を追いかけて飛び出していった。


「あの、放っておいて、良いんですか……」

「ええ。いつものことですし」

「まあ、そうですね……」

「しばらく暇ですし、なにかお話しましょうか」

「あっ、いえ、お構いなく……」

「私と指令の関係についてなのですが」

「――! あ、すいません……」


 オドオドと断ろうとしたセフィロだったが、内容に強く興味を惹かれて食いつき、すぐに申し訳なさげに俯き加減になり謝った。


「知られて困ることはないですし、構いませんよ」


 生真面目なセフィロに、ムラクモは仔犬でも見る様に目を細める。


「なんとなくこう、准尉は頭を撫でたくなりますね。良いですか?」

「だっ、ダメですよ! エミリアさんだけのもの、ですので……。はい……」


 意外にも大きな声が出てしまい、セフィロは自分で驚きつつ、プルプル震えながら拒否した。


「ああ。ごめんなさい」

「あー……、えっと、その……」

「無理にやったら私がダメなので、気にされないで下さい」

「すいません……」


 焦って震えが加速するセフィロに、ムラクモはフッと笑うと、つり上げたフナを少将のバケツに入れ、餌を付けた仕掛けを再び池へと投じた。


「お詫び代わりなら、心置きなく訊けますでしょう?」

「わ、わざとだったんですか……」

「さて、どうでしょう」

「あ、えっと……」

「わざとですよ」


 いつもの様にはぐらかすと、セフィロが動揺してフリーズしたので、ムラクモはちゃんと明言して安心させた。


 さて、どこからお話しましょうか、とムラクモがつぶやくと、池で冷やされた風が彼女の長めの黒髪を揺らした。

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