第8話
弾がかすったせいで、『リフター』が知らず知らずの内に破損し、空母『シップ』への着艦の際、出力が不安定になってきりもみ落下を始めた。
パイロットの努力も
「彼はさ、私の婚約者で、戦いが終わったら結婚する予定だったんだ。……そのときは、もうどうしたら良いのか分からなかったよ」
少し震えた声を出すシルヴィーは、左手薬指の指輪に視線を落とした。
「そのときは、もう飛ぶのを止めようと思ってたんだけど、どうも『空』は私を手放してくれないらしい」
だからこうやって、
「あなたも、なのか」
「ん。始めて共感してくれたね。だけど、君は私よりもっと高い所を飛んでいる気がするよ」
「……やっぱりあなたは少し、意味の分からない事をいうね」
あの整備士ちゃんのおかげかな? と、また伝わっている前提で、話をしれっと進めてくるシルヴィーに、エミリアは再び困惑した様子で見せる。
「うーん、なかなか会話ってのは難しいね」
伝わる様な言い方にしよう、と首を捻って、あーうー、とシルヴィーは唸る。
「ちゃんと気持ちに折り合いを付けて、吹っ切ることができてる、と言えば分かるかな?」
「そういうことなら……。そうだね、セフィロのおかげ、だよ」
暗い底に漂っていた自らの心を、ひと握りの勇気と優しさで引き上げてくれた、セフィロの事を思って表情を緩める。
「『空』は、よっぽど君がお気に入りなんだね。正直焼けちゃうな」
私にはそういう相手は今はいないからね、と羨ましそうな表情を見せた。
「そのうちあなたも出会えるよ。私だって、本当に偶然あの子に出会ったんだから」
「私も、そうだといい、ね……」
「あなただって『空』に愛されてるなら、間違いなくそうだよ」
「ふふ。そう、だね」
穏やかな表情を浮かべるエミリアに、シルヴィーがしみじみと言ったところで、面会時間の終わりが来た。
それを外にいた兵士に告げられ、退室していくエミリアへ、
「なんか生きる気力とか元気とか出たよ。ありがとうエミリア」
セフィロちゃんを大事にね、と言って、シルヴィーは手錠の鎖を小さく鳴らしながら手を振る。
立ち止まったエミリアは、1つ頷くと、サッと小さく手を挙げて部屋から出て行った。
「どうだ、なんか得るものでもあったか?」
先程、シミュレーター室から出たときと同じ様に、少将が腕組みして廊下で待ち構えていた。
「ああいう
彼の隣に置いてある長ソファーに深々と座って、エミリアは満足そうに彼へ言う。
「そうか」
「……ねえ、シルヴィーは、どうなるの?」
一転、心配そうに耳の後ろ辺りの髪をかきなでた彼女は、少し口ごもり気味にそう言って少将を見上げた。
「中央で尋問やった後、捕虜交換の材料にされんだろ。アイツの価値は相当だから、殺されはしねえだろよ」
ま、俺にはどうするか権限ねぇけど、と言って1つ息を吐くと、少将はズボンのポケットに手を突っ込んで、がに股気味にゆらゆらと歩き去って行った。
3つほどの面会室の前を通り過ぎ、突き当たりの角を曲がったところで、
「うおっ」
「と言っておいて、もうすでに半ば脅して交渉済みなのですよ」
「そうなんですか」
薄い笑みを浮かべて楽しげに話すムラクモと、それを少し前のめりになって熱心に聞いているセフィロに遭遇した。
「過剰な期待を持たせない様に、という配慮だ――」
「オイやめろ。バラしてんじゃねーよ」
「あら司令、何故です? 人情将軍エピソードではないですか」
「バカ言え。部下のワガママをホイホイ通すと思われたらナメられちまうだろうが」
「えっ、今更ですか?」
「……マドゥロ、お前あのバカに似てきたな?」
全く物怖じせずに容赦なく指摘されて、少将は頭が痛そうにセフィロへそう言う。
「この人格好付けたがりなんですよ。本当は部下が心配で心配で仕方がないというのに」
「ムラクモ、テメエ後で覚えとけよ……」
心底楽しそうに暴露するムラクモにそう言って、少将はなんとか悪ぶろうとしたが、
「では、2カートンで手を打ちましょう」
「……忘れろ」
「はい」
隠していた数ピッタリを出される、という見事なカウンターを喰らって撃沈した。
「なんで分かんだよ……」
「ふふふ。さーて、何故でしょうねえ」
「あ、あのぅ……」
「なんでしょう」
「あんだよ」
「
そんな息の合った掛け合いに、エミリアの意味深な発言から想像して、セフィロは確信めいた様子で2人に訊く。
「ち、ちげーよ」
「司令のおっしゃる通りです」
「あ、そうなんですか」
明らかに動揺し、赤面して2人から顔を反らす少将に続いて、ムラクモはそのクールな表情をフッと緩めてそう言った。
「コイツはその……」
「その?」
「私はあなたの何なんですか?」
試すような顔をするムラクモに目線だけチラチラと向けながら、少将は何か言おうと口を開け閉めするが、
「あーっ! そうだ! 仕事が残ってたんだったなッ」
突然慌てた様子を見せ、答えをはぐらかして走って逃げた。
「……何なのか、ご存じですよね」
「さあ? 皆目見当がつきません」
ポカーンとしてムラクモに訊くセフィロは、イタズラっぽくそう言われて、彼女にもはぐらかされた。
では私はこれで、とムラクモは非常に上機嫌な様子で、少将の逃げた方向へと去って行った。
「あれ、セフィロだ」
それとほぼ同時に、不思議さと
「どしたの?」
トコトコ、とセフィロに寄ってきたエミリアは、そう訊きながら彼女をぎゅっと抱きしめた。
「早く終わったので来ちゃいました」
「ふふ。そうなんだ」
心地よさそうに目を細めるセフィロが答えると、エミリアは嬉しそうにそう言った後、腕の中のセフィロの肩に顎を乗せ、深々とため息を吐いた。
「お疲れですか?」
「うん……。疲れた」
あー……、と
「うーん、癒やされる……」
怪しい声を出しながら目を閉じると、エミリアはセフィロの匂いをすーはーと嗅ぐ。
「……エミリアさん?」
「セフィロ……」
「はい」
「どこにも行かないでね……」
エミリアの声は、初めて2人で飛んだときの様に、かなり弱々しい口振りをしていた。
「行きませんよー」
エミリアの身体を包むように抱きしめながら、ふんわりと愛おしげに
「ん……」
安心した様子で、少しくぐもった声を出して頷くエミリアは、撫でるのを止めて大切な人の背中に手を回した。
それから2人は、しばらくして巡回の警備兵が来るまで、そのまま抱きあっていた。
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