第7話

「何にします? 私とってくるのでエミリアさんは座っていてください!」

「ああ、うん。ありがと」

「ああ、その前にお水ですね。冷たくないのでしたよね?」

「うん……」

「サラダに何かけます?」

「あー、マヨネーズで。一回しぐらいで良いよ」

「はいっ」


 必要の無い気遣いをするセフィロだが、エミリアはそれは彼女の優しさ故と分かっているため、そうさせてしまっている事が申し訳なくなっていた。


「ねえセフィロ。少し、1人になりたいんだけど」


 セフィロが嫌いになった、って訳じゃないんだよ、ということを念押しして、自身をフォローするため、エミリアは非番にまでしようとしたセフィロと別れた。


 表情も気持ちも沈んだまま、エミリアはいつもの様にシミュレーターに入り、最強レベルの難易度設定で行なう。


 しかし、いつもは何度やってもノーミスであるにも関わらず、20回中18回の被撃墜され、しかも半分は『シップ』の対空砲によるもの、という散々な結果になった。


 こんなの、セフィロに見せられなかったね……。


 普段は何人かパイロットがいる事が多いシミュレーター室だが、幸いな事に今は偶然誰1人中にいなかった。


「……」


 憮然ぶぜんとした表情で、自室でゴロゴロしていよう、とエミリアが部屋から出てくると、


「よう。やけに不調みてえだな? メシの食い過ぎか?」


 腕組みをして向かいの壁に寄りかかり、待ち構えていた少将にそう声をかけられた。


「どうしたん、だろうね……」


 半分気の抜けた様子のエミリアは、少将の軽口にすら乗らず、淡々とそう言ってため息を吐く。


「お前が言うとおり、アイツは『戦乙女』で間違いねえ」

「ああそう?」

「ついでになんかお前と面会してえらしい。行ってこい」

「えっ?」


 エミリアは断ろうとしたが、上官命令だ、と少将に言われてそれを拒否された。





「やあやあ、直接会うのは初めてだね?」


 ガラス1枚隔てて向こうにいるシルヴィーは、まるで友達のような気安さで、部屋に入ってきたエミリアにそう話しかけてきた。


「……そうだね」


 彼女は特に表情を変えることなく、非常にドライな反応をする。


 くすんでいた髪が綺麗きれいになっているシルヴィーは、手錠をかけられた状態でオレンジのつなぎ姿で車椅子に座っている。その足にはギブスがはまっていた。


「しっかし情けない話だと思わないかい? 哨戒しょうかいしてたら『連邦』領内に不時着しちゃった上に、降りようとしたらうっかり滑り落ちてこの通りだ」


 エミリアが特に相づちを打つことが無くとも、シルヴィーは、痛すぎて正直死ぬかと思ったよ、と向かい合って座る彼女へ、ペラペラと喋ってケラケラと笑う。


「捕虜になっちゃったけど、まあ国一番のエースが撃墜喰らうんじゃなくて、しょうもないミスで野垂れ死になんて笑えないからね」


 困った困った、と陽気な様子でもう一度笑うが、それでもエミリアは反応しない。


「……」


 一切ウケないので、スン、とシルヴィーのテンションがあからさまに下がって真顔になった。


「……私を恨んでるよね? やっぱり」

「無い、と言ったら嘘になる。……だけどそれが戦争だから」


 うつむき加減で手元を見ながら、エミリアは自分を納得させるかの様にそう言う。


「仕方ない、か。……強い人だね。君は」

「そんなんじゃない。私も、あなたと同じ事をした。お互い様だ」


 シルヴィーからの称賛に、エミリアはかぶりを振ってそれを否定する。


 ちなみに2人の戦闘スタイルは、お互いに敵機の『リフター』を破壊して確実にとすもののため、敵機パイロットの死傷率が非常に高い。


「ところで、さっき一緒にいた可愛い眼鏡娘は誰かな? 広報官?」


 非常に重苦しい空気感になってしまったので、話題を変えて少しでも明るくしようと多少おどけた様子でそうたずねる。


「あの子は私の専属整備士だよ」

「って事は、君は今も飛んでいるのかいっ」

「……あんまり前線には出ないけど、まあ一応」


 突然、身を乗り出すようにして訊いたシルヴィーは、


「それは良かった……」


 エミリアの返答を聞き、深々とため息を吐きながら背もたれに身体を預ける。


「敵国のエースが飛んでいて良かった、って何それ」

「だって、墜とされる相手は選びたいじゃないか」

「え……?」

「あれ、分かんない?」

「ちょっと理解出来ない」

「そっか……」


 当然分かってくれるだろう、と思っていたので、シルヴィーはちょっと落ち込んだ様子を見せる。


「まあそれも理由なんだけど、君はほら、空に愛されてるし、あんな綺麗きれいな飛び方が出来る才能が消えて無くて良かった、と思ってね」

「いよいよもってよく分からないんだけど、イヤミと取れば良いかな?」


 ゆっくりとかぶりを振りながら、純粋な称賛だよ、といぶかしげな様子のエミリアに言いつつ小さく笑う。


「……何を持って、私が愛されてる、と思うのか聞かせてもらいたいんだけど」


 たった独りだけ取り残された何も無い空を思い出し、エミリアは無意識に自分の腕を強く掴んでいた。


「あの日、私は君を8回ロックオンしただろう? その8回とも、さあ撃とう、っていうタイミングで、突風とか雲とかこっちの友軍機が射線に入ったりとか、って邪魔が入ってね」


 まるで、なにか大きな力が君に味方したようだったね、と記憶よりも回数が少ない事に驚くエミリアへ、シルヴィーは不可解そうな顔で言う。


「他の皆は、愛されてなかった、と……?」

「そうなるね。『空』はそこまで器量が大きくないから」


 さらっとした彼女の言い方に、少し腹が立ったエミリアだったが、シルヴィーの表情は、孤独感を感じているときの自分それと同じで、憤りの感情が急速に鎮火した。


「……あの後さ、私の僚機が事故で墜ちちゃってね」


 その表情のまま、少し俯き加減になったシルヴィーは、普段と違うもの静かな口調で語り始めた。

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