後日談

第6話

 納入された、新型『ファイター』のテスト飛行を終えたエミリアとセフィロは、ヘルメットを脱いで格納庫で一息ついていた。


「セッフィロー。どうよ、良い数字出てる感じ?」


 コンソールで数字を見ているセフィロに、パイロットスーツ姿のエミリアは、上機嫌な様子で後ろから抱きついた。


「はい。おおむねカタログスペックぐらい出てます」


 勢いでずれた眼鏡を直しながら、特にビクッとする事もなくセフィロはそう報告する。


「おー、たまには航空局も良いの出すねえ」

「エミリアさんの腕に付いてこられないだけで、いつも及第点以上出てますよー」

「あ、そーう? じゃあセフィロの腕がすっごいんだねー」

「ふふ、ありがとうございますー」


 少し照れくさそうに笑うセフィロには、数ヶ月前の自信のなさがなく、その頭に顎を乗せているエミリアの表情には一点の憂いもない。


「おーう。どうだ、航空局の新型の性能とや――」


 そんな女子2人がいちゃつくモジュールに、指令のシュールストロム少将がふらりと現われ、その光景に固まる。


「……おめーら、距離近すぎじゃねーか?」


 1つ息を吐いて腕組みした少将は、右足に体重を預け、あきれた様子でそんなセフィロとエミリアにく。


「そう?」

「ですか?」


 そのままの状態で振り向いた2人は、はて? といった様子で息ピッタリに返答した。


「自覚ねえのかよ……」


 まあ悪いとは言わんが、とすっかり見違えた彼女らを見ながら、少将は多少表情を緩めつつそう付け加えた。


「……セフィロはあげないよ?」

「えっ、狙われてるんですか私?」

「おいこら、俺を何だと思ってんだ」


 てめーらみてーなのは射程圏外だ、と顔をしかめて言う少将に、


「あー、ごめーん。司令はムラクモ副司令一筋だもんねー」

「なるほど、そういうご関係なんですねっ」


 エミリアがニヤニヤ顔でからかい、セフィロが同じ様子で白々しく乗っかってきた。



「なっ、何言ってんだテメーら! 減俸すっぞ!」


 全くの嘘ではないので、サングラスの裏で激しくまばたきしながら、彼は照れ隠しにそうキレる。


「されるのはあなたです。仕事してください司令」

「げぇっ、アリエラ!?」

「部下に対して、げぇ、とはなんですか」


 そんな少将の後ろに、准将のアリエラ・ムラクモがいつの間にかいて、冷ややかなものが混ざった声と視線を少将に向ける。


「なんで分かった!?」

「喫煙所でタバコ吸われてないなら、基地内の池で釣りか、ここでエアリーズ大尉と漫才しているだろう、と思いまして」


 ほら帰りますよ、と言う准将は、冷や汗だくだくの上司の襟をひっつかんで、彼を執務室へと連行していく。


「おめーがやった方が速いじゃねーかよ」

「あなたのサボり癖のせいです」

「うぐっ」

「自覚があるのが1番タチ悪いですね」


 遠ざかっていく、あーだこーだ、と仲良く軽口を言い合う声を聴きながら、


「ふふーん。あれは多分やきもちだ」


 エミリアはニヤッと笑みを浮かべて、茶化すようにセフィロへ言う。


「って事は、相思相愛なんですねー」

「んー、あの2人に関しては、単純にそうとは言えないんじゃないかな?」

「はい?」


 形はいろいろあるってことだよー、と言うエミリアは、ところで、と前置きして話を変えた。


「セフィロ。お腹とか空いてない?」

「うーん、小腹ぐらいです」

「そっかー」

「でも、いま中腹ぐらいになったのでお付き合いしますよ」

「んっふふー。セフィロのそう言うところ好きー」


 締まりの無い顔でそう言ったエミリアは、セフィロの頭をわしわしと両手で撫でる。


「どうもー」


 エミリアの直球な愛情表現にも、セフィロは恐縮する事ことなく心地よさげにしていた。





 セフィロの作業が終わり、2人は仲良く手を繋いで格納庫から出た。

 すると、しばらく前に出て行ったはずの少将とムラクモが、着陸したばかりの滑走路上の小型輸送『シップ』脇に立っていた。


「あれ、どったの司令? 酒でも注文した?」

「だったとしてもあれで運ばねえよ。俺は業者か」


 適当な事を言うエミリアに、冷静な調子でそう返した少将だが、いつものちゃらんぽらんさがなりを潜め、いかにも指揮官然としていた。


「どうもウチの哨戒しょうかい部隊が、事故った『共和国』機を見つけたらしくてな。そのパイロットの見分だよ」

「私達が見てて良い感じ?」

「止めろとは言わん」

「せっかくですし、見ていきます?」

「そーする」


 エミリアがそう言ったところで、『リフター』の駆動音が聞こえなくなって、後部のゲートが開いて兵士達が出てきた。


「おうお疲れ。んじゃ、早速件くだんの捕虜みせてくれ」


 敬礼する兵士達へのねぎらいもそこそこに、彼はそう催促する。


 まもなく、車椅子に拘束された状態で、『シップ』から降ろされたのは女性パイロットで、


「ん。あなたが司令官だね? あれこれやる前に何か食べさせてくれよ。あとシャワーも」


 彼女はとても捕虜とは思えない、やけにフランクな口調で少将に頼む。


 その強いくせ毛の金髪は、すこし薄汚れてくすんだ色をしていた。


「……お前、命が惜しくないのか?」

「惜しかったら『ファイター』乗りなんかやってないよ」


 ヘラヘラと笑って肩をすくめようとする動きをする彼女に、少将は呆れた様子を見せる。


「1週間もシャワー浴びてないし、3日間まともに食べて無いんだ。頼むよ」

「わーった。メシはちゃんと用意してやる。風呂もな」

「やー、ありがとう。あなたは良い人だ」

「あんがとよ。おいてめーら、万が一でも雑に扱うんじゃねーぞ」

「へーい」

「ラージャ」


 グーギュル、と腹を鳴らしながら、彼女は基地の建物へと運ばれていった。


 その際、


「……」


 エミリアを見て、おや? といった様子でわずかに目を見開いた。


「なんか凄い人でしたね」

「……」

「エミリアさん?」

「どうやら、アレがなにもんだか知らねえ訳でもなさそうだな」


 押している兵士にベラベラしゃべっている彼女を見たまま、セフィロに話しかけられても反応しないエミリアを見て、浅からぬ因縁がある事を察した少将はそう訊く。


「うん……。彼女は『戦乙女いくさおとめ』のシルヴィー・クラーヌだよ。あの飄々ひょうひょうとした感じは間違いない」

「……。ああ――」


 エミリアのストレスがにじむ答え方を聞いて、彼女の内心に激しい感情が渦巻いているのをセフィロは理解した。


「ムラクモ。コイツが言うなら間違いねえだろうが、一応尋問しといてくれ」

「承知しました」


 少将はあえてそれ以上は声をかけず、ムラクモにそう指示しながら彼女を従え、シルヴィーを連れていった部下達の後を追う。


「……そっ、そのエミリアさん! ご飯食べましょご飯!」

「あっ、う、うん!」


 重苦しい空気をはらおうと、やや不自然なまでに明るくそう言って、セフィロはエミリアの手をグイグイと引いていく。

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