第5話

 その数週間後、


「こ、こういう事かあ……」


 セフィロは異動を命じられ、第5艦隊の本拠地である領土北側に位置する、『連邦』第3の都市近郊の基地にいた。


「やっほーセフィロー。会いたかったよー」

「あっ、えっ、はひ……っ」

「あー、かーわいい」


 仕事道具を乗せた台車を押して、基地施設の正面玄関から入った所で、実ににこやかなエミリアに後ろから抱きつかれ、セフィロはほほを赤らめてあわあわとする。


 ちなみに、異動になっただけでなく、特に望んだわけでも無いのに、セフィロは准尉に昇進していた。


「すまねえな。そのバカがお前さんを専属にしないと、観艦式で飛ばんとかいうもんでな」

「ええ……」


 ポケットに手を突っ込み、入って正面の階段に座っている少将は、へーえ、とうんざりした様子でため息を吐きつつ、セフィロにまとわりつくエミリアを見ながら言う。


 先日のときとは違って、彼は黒いティーシャツの上に制服を羽織っているだけの装いだった。顔にはサングラスをかけ、制帽もいい加減に被っている。


 ちなみにセフィロの昇進は、少将曰く、下士官のままだとセフィロが変な嫉妬かうから、という理由で、今後戦闘・哨戒しょうかい任務を行なわない、というのを盾にエミリアが要求したからだった。


「マドゥロ准尉引っ張ってくるの大変だったんだぞ、エアリーズ。准尉の上官殿にねっちねち小言交じりに渋られてよぉ。散々なだめすかして、ウチの整備士5人と交換で手を打ったんだからな」

「あ、そう? でもそういう指令もよくネチネチ言うじゃん」

「誰のせいだと思ってんだお前は……」


 眉間に思い切りシワを寄せ、手をプルプルさせつつ、少将は殊勝さのかけらも見えないエミリアをにらむ。


「オメー、ちったあ俺に感謝しろよな」

「おー。あんがとねー。うへへ」

「雑にも程があるわコノヤロー」


 少将が一際盛大なため息を吐いたところで、2人の軽口合戦が終わった。それに挟まれていたセフィロは、ずっとエミリアの腕の中であたふたしていた。


「まあ、てなわけで今後ともよろしくねセフィロー」


 腕を解いたエミリアは、セフィロを反転させると半歩下がって、手を差し出しながらほんわかした笑顔で握手を求めた。


「はっ、はい……。任命されたからには全力で頑張ります……、はい……」


 ガッチガチの赤ら顔でそう言いつつ、セフィロは眼鏡の位置を直してから、おずおずとそれに応えた。


「いやあ、本当に可愛かわいいねえセフィロはさぁ」

「ひええ……」


 握手を済ませた瞬間に、エミリアはセフィロの頭をもふもふと撫で、彼女を「気をつけ」の状態にさせた。


「仲が良いのは結構だが、ちゃんとマドゥロへ敬意も払えよ。おめーより2つ年上なんだからな?」


 節度は持てよ、と一応は上司らしい事を言って、上着の右ポケットからタバコとオイルライターを取り出す。


「シュールストロム指令。建物内は禁煙です」


 少将が箱の中身を一本くわえたところで、いつの間にか後ろにいた、彼の副官の女性大佐にそれと箱とライターを取り上げられた。


「チッ。肩身がせめーや」

「規則ですから」


 その切れ長の目に、クールな雰囲気をまとわせる副官を見上げ、少将はわざとらしく肩をすくめてまた盛大にため息を吐いた。


「わーったよ。外で吸ってくらあ」

「ダメです。まず仕事を終わらせて下さい。書類が30件ほど残っています」



 階段を駆け下りようとしたが、副官にシャツの襟を掴まれて少将は容赦なくそう告げられた。


「えーい、ちくしょうめ……」


 彼は非常に渋々、といった様子で、副官を従えて執務室に帰っていった。


「……あー、何かごめんね。れしくしちゃって」


 それを見送った後、ものすごく気まずそうな顔をして、エミリアは後頭部をきながら謝った。


「あっいえ! 別に私は構いませんよ。エアリーズさんの方が階級も上ですし……」


 それにむしろ、あなたからなら歓迎というかその……、と、顔を加速度的に赤くして、もにょもにょと上目遣いでそうエミリアへ言う。


「……」


 それを見て、数秒間真顔になったエミリアは、


「あー! もー! 可愛いなー!!」

「ひええええっ!?」


 ぎゅっと抱き寄せて叫ぶと、至福の表情でワシャワシャとセフィロの頭をで回し始めた。


 建物に入ってきた、エミリアの奇行になれている他の軍人が、今度は何やっているんだろう? といった様子で、チラリと見ながら2人の横を通過していく。


「はわわわ……」


 恥ずかしいやら良い匂いがするやらで、セフィロは混乱の極みになっていた。


 すると、エミリアのその手の動きが唐突に止まり、両腕でまた優しく抱き寄せた。


「……セフィロ。ありがとね。――君のおかげで、いろいろ吹っ切れたよ」

「……それは、良かったです」

 

 声変わり前の少年の様な甘えた声で、エミリアに耳元でささやかれたセフィロは、悪寒ではないゾクゾクした感覚を覚えた。


「よし、じゃあ荷物置いたら色々案内してあげよう」


 エミリアは腕を解くと、非常に明るい笑顔でセフィロに言うと、彼女は、お願いします、と相変わらずガチガチで提案を受け入れた。




 というわけで、台車を押してセフィロにあてがわれた、士官用の私室へ着いたが、


「えっ、エアリーズさん。おとなりなんですね……?」

「そうだよ。できるだけセフィロと一緒にいたいからね」


 それがあるのはエミリアの部屋の隣だった。


「あっ、だから昇進……」

「そういうこと」


 上官への説明が建前である事に気がついたセフィロは、にひひ、と笑うエミリアを半分呆れた様子で苦笑いしつつ見上げた。

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