第4話

                    *



「おっ、そろそろだね」


 エミリアが話し終えたところで、機体はちょうど、折り返し地点の監視所上空に到達した。


 到達を管制官に告げた後、2人の乗った機体は右旋回でUターンして、第7艦隊の母港である、副首都基地への帰路についた。


「……」


 国の大エースのすさまじい過去に、セフィロは何も言う事が出来なかった。


「……どうだい? ひどいもんだろう、私は」


 それを失望と取ったエミリアは、無味乾燥、といった様子で笑いながらセフィロへ訊く。


「……本当に、そうなんでしょうか?」

「えっ?」

「部下の皆さんは、大尉へそんな寂しい終わり方を、本当に望んでいるんでしょうか?」

「……寂、しい?」


 セフィロからそんな風に返ってくるとは思わず、エミリアは目を丸くしてそう言う。


「だって、誰も見送ってくれないじゃないですか……。私は皆さん側だったら、そんなの嫌です」

「殺された様なもの、なのに……?」

「はいっ。それに、大尉がそう思ってるだけかも、しれないじゃないですか……」


 途中で、自分が言ってる事がすごく失礼なんじゃないか、と思い始めて、セフィロはフェードアウトする様に言い終わった。


「す、すいません……。出過ぎた事を……」

「いや、良いよ。……なるほどね、その考えは無かった」


 エミリア半ば独り言の様にそう言い、最初の数回だけは小さく、それから後は自虐的かつ朗らかに笑い始めた。


「ええっと……?」


 笑っていても操縦は安定していたが、突然笑い出した事に、セフィロは大分強めに動揺する。


「……なんで、悪い方にばっかり考えてんだろ私……」


 ため息交じりにそう独りごちて、それから無言になった。


「た、大尉……?」

「あー、大丈夫。気が狂ったとかじゃないから」

「は、はあ……」

「そうだね、それは私も嫌だね」

「はあ……」

 

 釈然としない様子でまばたきをするセフィロだが、きものが落ちた様なエミリアの言葉に、それ以上は何も言わなかった。

 

 その後は何事も無く、2人は基地へと無事に帰投し、機体を格納庫に戻した。

 エミリアは接地脚を展開して、完全に着地させてからエンジンを切った。それと同時に、スッと音が消える。


「うん。これなら、皆が安心して乗れるよ。私が保証する」

「あ、ありがとうございます……。それは良かったです……。はい」


 モーター音と共に風防が開いたところで、エミリアはすっきりとした様子で微笑み、セフィロへそう言った。

 それから彼女は自動的に展開された、5つの乗降用の細い足場を使って、ひょいひょいと床に下りた。

 一方で、セフィロはというと、


「降りられる?」

「だだだ、大丈夫です……」


 2.5メートル程の高さがある機体から、なかなか降りられないでいた。


 ちなみに、セフィロは乗るときも結構難儀していて、エミリアに引っ張り上げて貰っていた。


「頑張れー。あともう1つだよ」

「は、はひい……」


 ハラハラした様子で声をかけるエミリアに見守られながら、後1つ足をかければ降りられるところまで、なんとかこぎ着けたセフィロだったが、


「――うひゃあ!」


 うっかり足場をつま先の先も先で踏んでしまい、背中を下に向けて落下した。


「うおっと!」


 すかさずエミリアがさっと両手を伸ばし、そんな彼女を見事にキャッチして見せた。


「大丈夫?」

「……あっ、はい……っ。ありがとうございますぅ……」


 思いのほか、目の前にエミリアの端正な顔立ちがあって、赤子みたいな体勢で抱えられるセフィロは、それを凝視して心臓をバクバクさせつつ顔を赤らめた。


「?」

「ああ、すっ、すいません……。何でも無いです……」

「ああそう?」


 薄く笑みを浮かべて己を見つつ、首をわずかに傾けるエミリアから、セフィロは慌てて目を逸らした。


 エミリアはそれ以上は何も追求せず、セフィロを降ろしたところで、


「おいエアリーズ。気は済んだか、この不良軍人め」


 モジュールのシャッターの脇にある人間用のドアから、エミリアを迎えに来た、彼女の上官の男性少将が入ってきた。

 チンピラっぽい雰囲気の彼は、明らかに不機嫌そうで、セフィロは慌てふためきながら敬礼し、チラチラとエミリアを見上げた。


「いえっさー。指令ー」


 それに一切ひるむ事無く、彼女はヘラヘラと笑いながら雑な敬礼をした。


「ちょ、エアリーズさん……」

「あー、いいのいいの。あの人あれが地顔だから。多分ちょっと機嫌が良いぐらいだよ」

「なわけねえだろ。適当言うんじゃねえ」


 セフィロにうそを仕込もうとしたエミリアへ、少将は若白髪が目立つ頭をポリポリきつつ、ため息混じりに訂正した。


「おら。さっさと出発の支度しろ。明後日の観艦式遅刻したら、俺がさらし首になっちまうだろうが」


 早くしろ、といった様子で、彼は手を振りながらそう言うと、踵を返し、ポケットに手を突っ込みつつツカツカと歩き出した。


 セフィロに、じゃあね、と言ってウィンクしてから、エミリアはその後に続いた。


「それは大変だ。寝覚めが悪くなっちゃうね」

「おうおうその程度の扱いかよ。何枚テメエのために始末書書いてると……」

「あーはいはい」

「ケッ。とんだじゃじゃ馬押しつけられたもんだ」

「ヒヒーン!」

「じゃかぁしい! すぐ横でデカい声出すな!」


 息ピッタリで軽口合戦を繰り広げる2人を、セフィロが呆然ぼうぜんと見送っていると、


「セフィロー! また近いうちにねー!」


 出入り口まで来たところでエミリアが振り返り、まぶしいほどの笑みを浮かべつつ、彼女に向けてそう大声で言った。


「――あっ、はいっ!」


 ブンブンと手を振るエミリアへ、反応が一瞬遅れつつ、セフィロは慣れない大声で声を裏返しながらも、手をり返して返事をした。


「……。……近いうちに?」


 姿が見えなくなったところで手を下ろしたセフィロは、エミリアのやけに含みのあるその言葉に引っかかり、不思議そうに首を傾げていた。


 このとき第5艦隊は、首都で開かれる観艦式のために寄港しただけであって、その補給は第9とその基地が専属で行なう事になっている。


 なので、普通ならばもう、ほとんど第5と第7は交流の機会はないはずだった。

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