第3話

 マニュアル通りに、各種挙動チェックを行なった後、最後に連続して水平飛行するテストに入っていた。


 ずっとはしゃいでいたエミリアは、流石さすがにもう落ち着いた様子で操縦している。


 コクピット内には、『リフター』のスズメバチの羽音の様な駆動音と、『ブースター』の甲高い噴射音だけがうるさくない程度に聞こえていた。


 機体の高度は雲よりも上で、大小2つの満月の青白い光が眼下の雲に反射して、夜にしては非常に明るく視認性は良好だった。


「……ねえ、セフィロ」

「あっ、はい……?」


 唐突に、エミリアがセフィロの名前を呼んだ。彼女の声は、今までと違ってやけにトーンが低く、妙に寂しそうなものだった。


「セフィロはさ……、何のために、整備士をやっているのかい?」


 その声のまま、エミリアは己の行く末を憂う人の様に、セフィロへそう訊ねる。


「私には、これしか出来ないから、ですかね……。私、とにかく向いてない物が多すぎるんですよね……」


 セフィロは極めて自嘲的な笑みを浮かべてそう言った。




 彼女は20年前の『共和国』との戦闘で、家族諸共もろとも戦渦に巻き込まれて戦争孤児となった。

 国営の養護施設で育ったセフィロは、文官を目指そうと要領が悪いながらも上級学校までは行った。

 だが、登用試験が学力はともかく資金の問題で受けられず、断念せざるを得なかった。


 ならば、と資金面の問題がない陸軍に志願したが、生まれついての体格の悪さが仇となって、悪く言えばたらい回し同然で空軍に配置換えされた。


 しかし、空軍は空軍で、配置換えと時を同じくしてセフィロの視力が低下し、そのせいでパイロットにはなれなかった。

 次に、視力低下の原因である、教本などの読み過ぎによる知識はあるために、第3艦隊の『シップ』の乗員になった。 

 常に忙しいそこでは、要領の悪さが災いしてミスを連発し、そのときの上司に異動を進められて、最終的に今の整備士で落ち着いた。


 そんな散々な経緯のせいで、セフィロはすっかり自分に自信を失っていた。




「まあこんな風に言い訳するぐらい、ダメな人間なんですよね私……」


 自分で言ってて情けなくなってきたセフィロは、最後の方はどんどん声を小さくさせながら話を終わらせた。


「そんな事はないさ。セフィロのやってることは1つかもしれないけど、それはとても大きな1つなんだよ」


 例えるなら太陽ぐらいにね、とエミリアに壮大な肯定をされたセフィロは、


「ありがとう……、ございます」


 完全にそれを持て余して赤面し、かすれるような声で言う。


「……私なんて、人殺ししかできないから、ね」


 セフィロの言葉を聞いて、口元に笑みを浮かべてそう言ったエミリアの声は、強い自嘲と苦悩の色がにじんでいた。


「そっ、それでも、エミリア大尉のおかげで、助かった方も大勢いらっしゃるはずです……っ。それに、戦争ってそういうもの、ですし……」


 急に彼女から今までの明るさが無くなったのを感じ、セフィロは慌ててそうフォローする。


「……ありがとうね。セフィロ。君は本当に良い人だ」


 嫌味だと取られてしまう、と思っていたが、純粋に励まされた事でエミリアは両眉を上げた。


「その人の良さに甘えて、少し、面白くない話を聞いてもらいたいんだ」


 彼女の重苦しい口振りに、セフィロはノーと言うことが出来なかった。



                    *



 私の家は、代々パイロットの家系で、祖父祖母も父も母も皆パイロットだったんだ。

 だから、自分も15歳になったらパイロットになって、空を飛ぶんだ、って漠然と思っていたし、実際、見ての通り『ファイター』乗りをやることになった。


 嫌味に聞こえちゃうだろうけど、教育隊の頃から、私は他人より飛び抜けて飛ぶのが上手くてね。

 だから、天才だのなんだの、と、どこ行っても手放しでもてはやされて、私は膨れ上がる戦果と同じ速度であっという間に図に乗った。


 ……単なるスタンドプレーが上手いだけでしかないのにね。


 そんな具合で、入隊から2年で第1艦隊所属になって、100機撃墜した私は小隊長に任命された。


 空軍はどうも、士気を高めるための広告塔に使おうと思ったらしく、私の小隊はその当時の『連邦』空軍パイロット5けつで固められていた。そのうちの1人は私だけどね。


 皆いちいち指示しなくても、私の無茶な挙動に余裕でついてくるから、後ろを気にせずに目の前の敵に集中できたんだ。


 チーム結成から1年もすれば、私の戦果は200を超えて、私以外の全員も3桁に乗って、広報の宣伝に気持ち良く乗せられて、皆が無敵になった気でいた。


 それからさらに1年経って、山のように積もり積もった慢心が、一気に崩れ落ちて私達に襲いかかってきた。


 うんそう。あの『共和国』の国境『水源地』防衛戦のときだ。


 知っての通り、『連邦』第1艦隊と『共和国』北壁艦隊は、戦艦クラスが超至近距離で弾を撃ち合う程の激戦を繰り広げていてね。


 勿論、私達は戦局を左右する切り札として、いくつかの小隊と一緒に空母から意気揚々と発艦したんだ。


 いつも通り、敵機を景気よく落としていたとき、目の前に青い髑髏どくろマークの編隊が現れた。


 おお、彼女を知ってるのかい。


 ご推察の通り、それは250機撃墜の『戦乙女』シルヴィー・クラーヌだった。


 彼女は恐ろしいほど格闘戦が強いし、敵機もやけにたくさんいたから、何度も落とされるかと思ったよ。


 人生で初めて、通信すら聞こえないほど必死になって戦った私は、彼女の編隊をほぼ全滅させて、撃退に成功はしたんだ。


『皆のおかげでこうやって生きて帰れるよ。ありがとう』


 その後、空母の方向に進路を向けながら、皆にそう通信を飛ばしたんだけど、返答がいつまで経っても帰ってこないんだ。


『おいおい。そういうのやめてくれよ。ルーキーじゃ――』


 悪ふざけかな、と思った私が、そう茶化しながら振り返ると、


『な、い……、ん……。――えっ?』


 雲1つ無い空を飛んでいたのは、私以外には誰も居なかった。


 それで、私はやっと気がついたんだ。


 ――やけに敵の数が多かったのは、私以外があっという間に全滅していたから、という事に。


 ――無線が全く聞こえなかったのは、コクピット後ろのアンテナが被弾して、装置ごと吹き飛んでいたから、という事に。


『あ……、あ……』


 ――そして自分が生き残ったのと引き換えに、皆を結果的に死なせた、という事に。


 もうそこから先は頭が真っ白になって、気がついたら空母の格納庫の床で、感激する上官の前でへたり込んでいたよ。


 今思えば、よくちずに帰って着艦までこなしたものだね。


 それからというもの、私が地上に居る間中、死んだ仲間達の恨み節が、どこかから聞こえて来るようになったんだ。


 あ、これ、上には言わないでくれよ。強制的に地上勤務させられちゃうからさ。……うん。ありがとう。


 それからしばらく後方にいた間も、停戦した後の長い休暇中も、私はずっと聞こえるそれで頭がおかしくなりかけたんだ。

 でもって、もう勢いで勝手に『ファイター』を飛ばしたら、その声がパッタリと聞こえなくなった。


 多分彼らは、私に飛べと、償いのために空で戦って――。そして、独り空で死ね、と言っているんだよ。

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