そう願ったように

三人での生活も落ち着き、毎日笑顔が絶えない日常を過ごしていた。

そんなとある日、沙里さんは唐突にピクニックがしたいと言い出した。


「三人でピクニックしよ!」

「ママ、ピクピックってなに?」

「ピクニックだよ! 皆んなでお外でご飯を食べるの!」

「ピクピックするー!」

「えー、ピクニックよりバーベキューがいいです。肉食べよ! 牛! 鳥! 豚!」

「牛食べたら、結菜に怒られるよ」

「え? 結菜さんも牛肉料理出してたじゃん」

「輝久‥‥‥マジで言ってる?」

「なにが?」

「あれ、牛肉って言えば輝久が喜ぶからって、牛肉って言ってただけで、全部豚肉だからね」

「なん‥‥‥だと‥‥‥俺はいつから騙されていたんだ‥‥‥高校生の結菜さんの誕生日‥‥‥『牛肉美味しいですよ』って言って僕の皿に乗せてきた! 高校の時から騙されてたー!!!!」

「いつも俺とか言わないじゃん。キモいからやめて」

「いや待て、結菜さんは牛肉が好きだと言っていた‥‥‥そこから俺への洗脳は始まっていたのか!!!!」

「パパきもーい」

「ちょっと待て咲花、そんな言葉どこで覚えた」

「ママがよく言ってる」

「沙里さん、言葉遣い気をつけてください」

「分かってるって!」

「咲花、他にママから変な言葉覚えてないよね?」

「うん! でもこの前ね、一緒にお風呂入った時ね」

「咲花ちゃん!! なに言おうとしてるの!?」


僕はニッコリ笑って咲花に言った。


「なに? パパ気になるな」

「あのね、パパのこと好き? って聞いたら」

「咲花ちゃん!!」

「大好きって言ってた!」


すると沙里さんは、カーテンを開けて言った。


「アーハッハッハッ!! 空が青いぜ!!」

「パパ?ママが壊れた」

「急に雨降り出したしね」


まだ好きでいてくれてるのか。


「雨じゃん! ピクニックどうなるの!?」

「パパ! ピクピックは?」

「今日は無理そうだね。車でもあればどこかいけるんだけど」

「そういえば、免許あるのに車買ってないよね。なんで?」

「車って高いじゃないですか」

「おいこらテメェー、時計売った時の金どうしたんだ」

「おいこりゃてんめー!」

「沙里さん! 咲花が沙里さんに毒されていきます!」

「毒だと!?」

「咲花、ママの真似すると、お胸が一生成長しない呪いにかかるよ? いいの?」


そう聞くと、咲花は自分の胸を押さえて沙里さんを見つめた。


「いやだ‥‥‥」


沙里さんはショックで、白目を向いて倒れてしまった。


「咲花、ママはほっといてパパの部屋で遊ぼうね」

「遊ぶ!」





しばらく部屋で遊んでいると、咲花が嬉しそうに窓の外を見た。


「晴れた!」

「ピクニックしようか!」

「うん!」


リビングに戻ると、沙里さんはリビングの隅で体育座りをしていた。


「どうせ貧乳だもん。小さいもん。毎日マッサージしても大きくならないんだもん。いいもん、大きいと肩凝るって言うし、小さいと楽で良いもん」

「沙里さんって、実際なにカップなんですか?」

「聞いても引かない?」

「大丈夫です! 馬鹿にもしません!」

「A ‥‥‥」

「沙里さん、盛らなくて大丈夫です。本当はなにカップですか」


沙里さんは立ち上がり、僕にゆっくり近づいた。


「輝久‥‥‥前歯が無くなるのと、鼻の形が変わるの、どっちがいい?」

「パパ、なんかママ怖い」

「パパの部屋に行ってなさい。血が流れるぞ」


咲花は逃げるようにリビングを出て行った。


「落ち着くんだ沙里! お前はそんなやつじゃなかったはずだ!」

「さ、沙里!?」

「なに赤くなってるんですか、今のは乗ってくれなきゃ」

「ご、ごめん! えっと、さぁ! どっちか選べ、歯か! 鼻か!」

「お前は今、貧乳神美波の呪いによって操られているんだ! 落ち着け!」

「もしもし美波?」

「貴様! なにをやっている! 電話をするな!」

「輝久が美波のこと、貧乳神美波って言ってるよ」

「ちょっと輝久に変わって」

「美波が変わってだって」


僕は恐る恐る電話に出た。


「は、はい」

「アソコ小さいくせに!! 小さいくせに!!」

「なんで二回言ったの!? 逆に僕以外の見たことあるんですか!?」

「お父さんのならある」

「ちなみに、お父さんのサイズは‥‥‥」

「五キロ」

「なんですかそれ、ズボン履けませんよ」

「だから出しっぱなし」

「釣り行った時のあれは、竿じゃなくてサオだったんですね」

「そうそう、よく五キロ先でカラスに突っつかれるって嘆いてた」

「わー、大変ですねーって、んなわけあるか!!!!」

「うるさ! 耳がキーンってなった!」

「ごめんなさい美波さん、今日暇なんですか?」

「ひまー、会社に友達とかいないからさ、遊ぶ人もいないんだよね」

「よかったら遊びに来ます? 沙里さんも喜ぶと思いますし、咲花とも仲良くなってくださいよ」

「いいの!? 行く行く!」

「それじゃ待ってますね!」

「はーい!」


家に遊びきてって言っちゃったけど、咲花はピクニック行く気満々なんだよな。


「咲花、ピクニックにパパのお友達呼んでもいい?」

「いいよ!」

「ありがとう。沙里さん、美波さんと一緒にピクニック行きますか?」

「行く行く! でも、なにも作ってないよ?」

「簡単なおにぎり作って、途中で飲み物買えばいいんじゃない?」

「まぁ、今回はそんな感じでいいか!」





予定が決まってしばらくして、美波さんが家にやってきた。


「いらっしゃい!」

「おっ! 輝久元気そうじゃん! 沙里も、前とは表情が全然違う!」


美波さんを見た咲花は、恥ずかしそうに沙里さんの後ろに隠れてしまった。


「咲花ちゃーん、こんにちは!」

「美波さん、咲花の心を開く一発ギャグお願いします」

「よーし!」


美波さんは、カバンについていたイカのストラップを持って言った。


「イカはイカが?」


その瞬間、雨と雷の音が鳴り響いた。


「美波さんのせいで雨降り始めましたよ」

「なんで私のせい!?」


だが、咲花はイカのストラップを物欲しそうに見つめた。


「これ欲しい?」

「うん!」

「あげる!」

「わーい!」

「美波お婆ちゃんにありがとうは?」

「お婆ちゃんありがとう!」

「沙里、私二人と同い年なんだけど、よく会社でロリフェイスっていじられるんだけど」

「二人がロリなのは顔より胸ですよ!」

「‥‥‥」

「‥‥‥」

「さて、とりあえずリビング行きましょうか」


沙里さんが僕の服を掴み、笑顔で言った。


「咲花ちゃん、先にリビング行ってて」

「はーい!」

「二人共‥‥‥落ち着いてください。あれ? よく見たら二人とも大きくなりましたね」


二人は同時に食い気味に言った。


「本当!?」

「本当です! 大人の女性って感じです!」


二人は自分の胸を見て喜んだ。

ちょろいな。


「パパ! ピクピックは?」

「今日は雨だから行けなそうだね」

「えー」

「ピックニックの予定だったの?」

「はい」

「そっかー、私、車で来たからどっか行く?」

「いいんですか?」

「いいよ! 皆んなで行こう!」


さっそく美波さんの車に乗り込むと、美波さんは急発進しだした。


「ちょっと美波さん! 安全運転でお願いしますよ!?」

「大丈夫大丈夫!」

「凄い! 美波が運転してる!」

「沙里は免許ないんだっけ?」

「原付のしか持ってない」

「原付乗らないの?」

「美波さん知らないんですか?」

「え?」

「結菜さんに原付買ってもらった初日、田んぼに落ちて、結菜さんにめっちゃ怒られたんですよ」

「そうそう、それから乗ってない」

「結菜のことだから、頑張ってる田んぼの人に悪いことしたとかで怒ったんでしょ」

「その通りです。その件について怒った後、次は沙里さんのことを心配して怒ったんですよ? 優しすぎます」

「結局怪我とかしなかったの?」

「全然大丈夫だった!」

「ママ、結菜って誰?」

「とっても優しい人だよ」

「そうなんだ!」

(沙里、ちゃんとママ役してるんだ、頑張ってるな)

「これってどこ向かってるんですか?」

「んー、ゲーセン行こうと思ったけど、うるさいから咲花ちゃん怖がるかなと思って、どこ行こうか」

「いつものゲーセンは全面禁煙ですし、最初耳塞いであげれば大丈夫じゃないですか?」

「ダメだよ、メダルゲームの喜びを覚えたら、沙里みたいなメダルギャンブラーになっちゃう」

「それもそうですね」

「え? なに? その私が悪いみたいな感じ」

「まぁまぁ、ショッピングモールの玩具屋さんでも行ってみる?」


ずっとおままごとセットで遊んでるしな、新しいの買ってあげようかな。


「行きましょう!」

「よかったね咲花ちゃん! パパにいっぱい玩具買ってもらおうね!」

「美波さん、変なこと言わないでください。一個だけです」


だが、純粋な咲花は素直に喜んでしまった。


「いっぱい! いっぱい!」

「咲花は可愛いなー。よし、二個までだぞ!」

「いっぱい!」

「んじゃ三個までだ!」

「もっと!」

「好きなだけ買ってやる!」



***


美波と沙里は思った。

(親バカだ)


***





ショッピングモールに着き、真っ直ぐおもちゃ屋に向かった。


「わー! いっぱいあるー!」


咲花は、おままごとで使う食器や野菜やフルーツを見て喜んでいる。


食べ物系だと一つ百五十円か。

全部で四十種類くらいかな?六千円‥‥‥。


「咲花、このお料理に使う野菜とかフルーツ、全部買ってあげようか!」

「いいの!?」

「いいぞ! その代わり、パパとママにいっぱい料理作るんだぞ?」

「作るー!」


美波がニヤニヤしながら僕に言った。


「いいパパしてるじゃん」

「どうしても甘やかしたくなっちゃいますね」

「輝久!!」

「な、なに!?」

「このメガネストロー、六百円じゃん!! 嘘つき!!」

「あ‥‥‥」

「罰として私にも玩具買って!」

「沙里さんはいったい何歳なんですか」

「買って!」

「分かりました分かりました」

「よっしゃ!」

「ママのお世話の方が大変みたいだね」

「間違いないです」


咲花は一生懸命、カゴに野菜とフルーツを一つずつ入れていき、嬉しそうにカゴを持ってきた。


「パパ! 見て! 全部入れた!」

「よし、これも買っちゃおう!」

「えー!? いいの!?」

「いいぞ!」


僕が手に取ったのは、今家にあるものよりワンサイズ大きな、最新作のキッチンおままごとセットだ。


「ついでにあれも買おう!!」

「わーい!」


次に僕が指差したのは、室内プールのような物に、ゴムボールが沢山入った物だ。


「沙里? あんなにお金使わせていいの?」

「いいんだよ。輝久なりに、咲花ちゃんとの時間を取り戻そうとしてるんだと思う」

「時間?」

「いや、なんでもない!」


一度全員でレジに運び、お会計まで預かってもらうことにした。


「次は沙里さんのやつ選びますかー。はぁー」

「なんでそんなテンションなの!? まぁいいや、私あれが欲しい!」

「どれですか?」

「バーベキューセット!」

「おっ! あれはいいですね! 買いましょう!」

「よっしゃ!」

「輝久、あのコーナー、玩具屋とは別で、別のレジでお会計だよ」

「んじゃこれ、五千円渡すので、沙里さんは自分でお会計してきてください」

「分かった! 美波もついてきて!」

「了解!」


僕は咲花と手を繋いでお会計にやってきた。


「四十二点で、五万二千円になります」

「はーい、って五万!?」

「こちらのおままごとセットが三万円超えてますので」


咲花を見ると、すごい嬉しそうにワクワクしているし、悲しい顔を見たくなくて、迷わずに支払いを済ませた。

すると、沙里さんがバーベキューセットが入った袋を抱えて、何故か不満そうに戻ってきた。


「どうしたんですか?」


すると、美波さんが気まずそうに説明してくれた。


「お会計に行ったら、このバーベキューセット1万円してさ」

「結局自分で五千円出した」

「バーベキューで喜ぶ咲花を五千円で見れるんですよ?」

「そっか! んじゃあと百セットぐらい買おう!!」


お前は馬鹿なのか。


一度美波さんの車に荷物を置いて、ショッピングモール内でケーキを食べることになり、全員同じショートケーキを頼んで座った。


「そういえば、美波さんってなんの仕事してるんですか?」

「花屋」

「花売ってるんですか?」

「似合わないのー」

「そんな沙里はなにやってんの?」

「ニート」

「て、輝久は?」

「ニート」


美波さんは慌てて咲花の手を握った。


「大丈夫? ご飯食べれてる?」

「いーっぱい食べてる!」

「僕はちゃんと働きますよ」

「ならいいけど」

「お待たせしました。ショートケーキになります」


咲花は、ケーキを一口食べると、とても幸せそうな顔をして、自分の頬を押さえた。


「咲花はケーキ始めてだったか」

「うん! 美味しいね!」

「ママがいつでも作ってくれるぞ」

「本当!?」

「ケーキは流石に無理! ホットケーキぐらいならできるけど」

「んじゃ、今度作ってあげてよ」

「分かった!」


そんな会話をしていると、美波さんが外を見て言った。


「あ、晴れた」

「でも、また降るんじゃない?」

「携帯で天気調べてみるね。‥‥‥あっ、今日はもう降らないみたいだよ」

「んじゃ、沙里さんが買ってくれたバーベキューセットで、庭でバーベキューしませんか?」

「いいね! 皆んなも呼ぼうよ!」

「久しぶりにM組集合といきますか!」

「おー!」


僕達が手を挙げると、咲花も一緒に手を挙げた。


「おー!」


美波さんがM組メンバー全員に連絡をして、帰り道で食材や炭を購入して自宅に帰ってきた。


「さて、火起こしだ! 沙里さんは準備できるまで咲花と遊んでてもらえませんか?」

「もちろん!」


沙里さんと咲花が室内で遊んでいる間、僕と美波さんはバーベキューの準備に取り掛かった。


「結菜さんも、庭でバーベキューするのが夢だったんです」

「そっか、輝久はさ、沙里のことどう思ってる?」

「大好きで大切ですよ」

「結菜のことは?」

「その上の上の上です!」

「沙里と再婚するつもりとかないの?」


僕はしばらくの無言の後、小さな声で言った。


「ありますよ」

「多分、沙里も心の何処かでそれを望んでると思う。でも、それを沙里の口から言わせるのは残酷すぎるよ」

「分かってます‥‥‥沙里さんと美波さんって、なんだかんだ、めちゃくちゃ仲良いですよね」

「うん、なんでだろうね。高校時代も、一番一緒に馬鹿なことした気がする」

「なんか、僕達が知らないような面白いエピソードとかないんですか?」

「いっぱいあるよ? 沙里と駄菓子屋に行った時ね、どうしてもビー玉が欲しいって言うから買ってあげたんだよ。そしたら『ビー玉って、ギリギリ鼻に入りそうだよね』とか言って、鼻に入れようとしたの。見事に鼻血出て大慌てだったんだけどね」

「発想が馬鹿ですね」

「他にはね、好きな人に胸揉まれたらデカくなるらしいって噂を聞いた沙里が、私達お互いに好き同士になろうとか言いだして、お互いに胸揉んだり」

「それは‥‥‥なかなか」

「結菜から逃げるために、自転車二人乗りして警察に怒られたり、畑のリンゴ勝手に食べて、私が謝ったり、もう数えきれないよ」

「んじゃ、沙里さんのいいエピソードは?」

「ない」

「え?」

「沙里ってさ、いい人すぎて、常に人の感情とかに敏感なんだよ。友達が傷ついてたら、何がなんでも助けたい。友達の笑顔が見たい。綺麗事じゃなくて、本気でそう思ってるタイプでさ、常にいい人だから、いいエピソードって言われても難しいかな。だからさ、たまにある沙里のわがままとか聞いてあげてよ。常に気を張ってるから、たまにわがまま言いたくなるんだよ」

「美波パイセン! なんかカッケーっす!」

「センキュー後輩!」


その時、芽衣さんと愛梨さんが庭に入ってきた。


「お待たせ! いっぱい肉買ってきたよ!」

「おじゃまします!」

「愛梨さんも来たんですか! 沙里さん喜びますよ!」


沙里さんは愛梨を見つけて、窓から出てきた。


「愛梨〜!!」

「沙里! 久しぶりですね!(よかった、とても元気そう)」


それから皆んな集まり、バーベキューが始まった。


「カンパーイ!」

「かんぴゃーい!」


皆んなが堂々とお酒を飲むのを見て、僕は思わずツッコんだ。


「皆んな帰りどうするの!?」


すると芽衣さんが僕と肩を組んで、上機嫌で言った。


「泊まるに決まってんじゃん!」

「え!? 愛梨さんは?」

「迷惑でなければ‥‥‥」

「ま、まぁ、いいんだけどさ、皆んなの分の布団とかありませんよ?」

「私が持ってきましょうか?」

「宮川さん!? 莉子先生も!」


何故か呼んでないはずの宮川さんと莉子先生も、僕の家にやって来た。


「皆んな集合って言われたから、先生も来ちゃった!」

「美波さんが呼んだの?」

「え? 呼んでないよ?」

「んじゃ、誰が呼んだの?」


皆んな首を傾げた。


「先生の携帯には、輝久君からメッセージが来たんだけど」

「送ってませんよ!?」


宮川さんが空を見上げて言った。


「案外、結菜お嬢様のいたずらだったりするかもしれませんね」


きっとそうだと思うと、自然と笑みが溢れた。


「よーし! 皆んな食べよう!!」


それから、皆んなは食べて飲んでで大騒ぎして、沙里さんが咲花をお風呂に入れに行った瞬間、全員僕に詰め寄って言った。


「早く覚悟決めろ!!」

「え!?」


驚く僕に、柚木さんが呆れた様子で言った。


「え!? じゃないよ、結菜のことを考えると、いろいろ思うこともあるんだろうけど、結菜はきっと許してくれる。最終的には三人の幸せを望んでるはず!」

「そうです輝久さん、結菜お嬢様はきっと許してくれます」


愛梨さんは涙ぐんで言った。


「お願いします、輝久先輩!」

「僕‥‥‥ ‥‥‥ちょっと行ってきます」



***



輝久が家に入ると、皆んなは笑顔で見つめ合い、静かに乾杯をやりなおした。



***



僕はお風呂の前に立って、沙里さんに声をかけた。


「沙里さん」

「パパだ!」

「ちょっ! ちょっと!?」

「開けないので聞いてください」

「な、なに?」

「‥‥‥僕達‥‥‥結婚しましょう。咲花の、本当の母親になってください」


あれ‥‥‥返事がない。


「ママ? 痛い痛いなの?」

「大丈夫だよ咲花ちゃん。輝久、その前に言わなきゃいけないことがあるの」

「なんですか?」

「結菜が亡くなる直前、結菜は輝久の名前を呼んだ。そして『ありがとう、私も愛してます』って言ったの‥‥‥ごめん、ずっと言えずにいて」

「教えてくれてありがとうございます‥‥‥やっぱりちょっと、言葉を変えさせてください」

「う、うん‥‥‥」

「僕は結菜さんが好きです。きっと、これから先もずっと好きです。忘れるつもりはありません。それでもよければ‥‥‥」

「ぶっ飛ばすよ」

「え!?」

「その気持ちを忘れないで。そうじゃないと結婚しない」

「‥‥‥忘れません」

「じっ、じゃ‥‥‥いいよ」

「本当ですか!?」


僕は嬉しくて、思わずお風呂の扉を開けてしまった。


「開けんなー!!」


お風呂で酷い目に遭い、僕は大人しく庭に戻ってきた。


「輝久君、なんでビショビショなの?」

「あ、真菜さん、僕生きてますか?」

「生きてるけど」

「シャワーのホースで首しめられました」

「振られたの!?」

「いえ、ちゃんと結婚します」


それを聞いて、全員がホッとした様子だった。


「輝久! 輝久!!」

「沙里さん!? タオル姿じゃ風邪ひきますよ!」



***



その時、輝久は知らなかったが、一樹は鈴と真菜に目潰しをされていた。



***



「咲花ちゃんが、またママって!」

「いや、前からママって呼ばれてるじゃないですか」

「違うってば!! 結菜のことだよ!!」

「えっ!?」

「私に『ありがとう』って言ってるって言うの‥‥‥結菜が‥‥‥」

「さ、沙里さん泣かないでください!」


その時、咲花がパジャマを着て庭に出てきた。


「ママがね『こうやって会いに来るのは今日で最後だよ』って、お空に行くんだって」


それを聞いて全員が空を見上げて涙を流すと、咲花は心配そうに家に入り、絆創膏を持って戻ってきた。


「皆んな痛い痛いなの? これ貼れば治るよ?」


僕は優しく咲花を抱きしめた。


「ありがとう咲花」

「パパ、焼肉の匂いする」


それから咲花を寝かしつけた後、朝まで皆んなで思い出話で盛り上がり、沢山笑って、沢山泣いた。





太陽が昇る頃には皆んな寝てしまっていて、僕は一人で庭に出ていた。

すると、沙里さんが目を擦りながら庭に出てきた。


「輝久? なに作ってるの?」

「起きちゃいましたか」

「凄い音してたから」

「庭にブランコを作ろうと思って、四人座れるやつ!」

「‥‥‥私も手伝うー!」



***



庭から聞こえてくる二人の笑い声を聞いて、皆んなが目を覚まし、カーテンの隙間から嬉しそうに二人を眺めた。


こうして、四人の幸せな生活は続く‥‥‥。

結菜が、そう願ったように。



***

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クラスメイトがヤンデレすぎる件 浜辺夜空 @0kumo0

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