第7話
「で何だっけ、神様にお祈りをしたんだっけ。」
「そう、それだ。」
「いや、それはないでしょ。」
「神様でなくてじゃあどんな可能性があると思う?」
「うちの理学部で変なレトロウィルスばら撒いたとか。」
久石の即答。
メルヘンなんぞなどクソ食らえ、これが骨の髄まで理学部女子の回答だ。
「ウィルス撒いたってのは可能性としてなくもないが、こんな羽が突然生えたりはしないだろ。
ちんたら伸びたんならまだ分かるけど、くしゃみしたら生えてたんだぜ、これ。」
「でたらめね。」
「全くそう思う。」
「生物の常識どころか物理の常識すら軽く無視してる。」
そう言って僕の背中の翼を再度じっと眺めた後、
「神様はもっと順序立って、綺麗な理屈を愛するのかと思ってた。」
「俺もだよ。」
だけど考えてみれば世界が美しい数式だけで表されるとしても、こんなに複雑で醜いものが存在するのは事実なんだ。
それを人の業というのなら、確かに生きているだけで人は罪だ。
それが罪だとして、その罪を贖うことで世の中が美しくなるとは到底思えなかった。
この煮え切らない、ごちゃごちゃの世界でこそ、美しさは存在し得るのだと、何となく酔った頭で思った。
結局のところ、こんな人智を遥かに超越したことを成しえる存在の考えることが分かる筈などないのだろう。
それこそ犬が人間を理解している程度にしか、人は世界を、神を理解してなどないのだ。
「しかし神様・・・ねぇ。
それしかないといえばないんだけど、でもそれを理由にするのもまだ早い気がする。
仮にそうだとしても、翼のお願いをしたわけじゃないんだよね。
それに言っちゃ悪いけど、恋愛成就のお願いなんて誰でもしてるじゃない。」
そりゃそうだ。
恋愛ごとには疎い僕だったが、それでも小学校の頃から数えても、恋愛成就のお願いだって何度かはしてきた。
それが叶ったかは別問題として。
しかし今回は前回までと決定的に違う点があった。
それは、
「なんと賽銭を500円も入れたんだよ。
俺が生まれてからの最高値を更新だ。」
久石に大見得を切ってやる。
賛辞とは言わないまでも、少なくとも感嘆の声は上がるだろうと、そう思っていたのた。
だが、帰ってきた言葉といえば、
「槍沢ってバカだよね?」
想像と随分違ったものだった。
それは賽銭を500円入れたことによる批難の声なのか、500円を大金と思う俺のみっともなさについてなのか、はたまたこれを今回の根拠とすることなのか、そのどれかは分からなかったが、そのいずれもが間違っていない気はした。
「――、はぁ。」
久石が何かを言いかけて、口をつぐみ、そしてため息をついた。
そんなことはない筈だが、僕か自分が悪いことをした、そんな気にさえなる落胆ぶりだった。
少しの間の後、信じられないといった顔で、何とかといった感じで久石は言葉をひねり出した。
「本当に色々言いたいことはたくさんあるんだけど、500円くらいなら入れる人もいるんじゃない?」
言いたいことがあるならいっそ言って欲しかったが、多分今日はそれで終わりそうな勢いだったので黙っておいた。
それに、確かに久石の言うことも尤もだ。
たまに初詣なんかに行くと、もっと入ってるのくらいは平気で見るものだ。
「でも何ていうかな、何となく俺にはそれが原因じゃないかって、小さいながらも確信があるんだよ。」
500円は確かに少ないかもしれないけれど、お前が逆の状況だったとして、500円を賽銭に入れるか?」
「入れるわけないわよ、ねぇ、槍沢ってバカだよね。」
本日二度目の馬鹿疑惑をいただきました。
さて、どう久石納得させたものかと缶を持ち上げたところで、一本目の缶がほぼ空であることに気が付いた。
缶を煽るように残りを飲み欲し、久石に次をお願いする。
「すまん、次の取って貰っていいか。」
「どれでもいい?」
「ああ。」
残る二本を見比べて、少し悩んだ後、レモンっぽいチューハイを僕に差し出した。
「ありがと。」
そう言って缶を受けとる。
ほんの少しだけぬるくなった缶を開けると、今の状況とは対照的に、威勢だけはよい音が部屋に響いた。
一方の久石も残り僅かだったらしく、ぐっと残りを飲み干した後、僕に渡さなかった方のブドウっぽい缶を開けた。
何故か久石の缶を開ける音は、僕と比べて随分と落ち着いて聞こえた。
「そういえば言ってなかったけど、お疲れ。」
この部屋に来て、まだ乾杯すらしていなかったことを思い出し、飲みかけの缶を久石にかざす。
「・・・これほどまでお疲れって言葉がぴったり来たのは初めてね。
お疲れ。」
ゆっくりと缶同士がぶつかり、ゴツンという、鈍く、安っぽい音が響いた。
それにしても、久石は僕のこの状況に同情してくれているようだが、彼女にしてみたってお疲れな状況だと思う。
こんな訳の分からん状況で突然呼び出され、その上当事者でもないってのは、中々辛いことだろう。
解決策を求められ、でもそんなものが出る筈もない。
冷静に考えてみると、こうなることは分かり切っていた。、
分かっておいてそれでも久石を呼んだのは、俺が救われたかったからだ。
それくらいのことは、少し頭が冷えた今となってははっきりと自覚できた。
ぼんやりと蛍光灯を眺めながら、どうしたものかと疑問を自分投げかける。
投げかけた疑問は翼に対するものなのか、それとも久石に対するものか、はたまたコンビニの彼女へのものなのか。
混迷の度合いを増す僕の頭の中とは裏腹に、窓の外も、部屋も、そして僕のこころも、随分と静かだった。
Flying! Flying! blitz convenience my darling 沖田音吉 @omochi_romanesque
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