第6話

「さて、色々と後回しにしてきたけれど、こんなわけなんだよ。

 取り敢えずついてこれて来てるか。」

この大変にダサい姿を誤魔化すためにも、閑話休題としてみる。

相変わらずいつもの空気とは程遠いが、少しは落ち着いてきたようだし、いつまでも話を進めない訳にもいかない。


「ついていくも何も・・・。

 ねぇ、うん、ちょっと待ってね。」

僕の話題とは違って、久石の思考はそんなに簡単に元には戻りはしなかった。

当たり前と言えば当たり前だが。


それにしても、こんなしどろもどろな久石は初めて見る。

とはいえ、久石にしてみれば、こんな訳の分からない光景は初めて見るのだろう。

初めてどころか、恐らく彼女が人生で二度とこんなことは体験しないだろうことは容易に断言できる。

いつか遠い未来だかに訪れるかもしれない、久石へのプロポーズだって、今の驚きを超えることはまずないだろう。


「大丈夫だ、いくらでも待つよ。」


久石はこたつで少し呆けている。

時々気付いたように、こちらを向いては、少し口を開きかけては諦め、机や空中なんかを眺めていた。


少しした後で、久石が口を開いた。

「この期に及んでだけど、冗談の類じゃないよね。」

まぁ普通はそうだろう。

というか、俺だって未だに夢じゃないかとすら感じているのだ。


「大丈夫、と言っていいかは分からないけど、本当だ。」

「そう。」

「何なら触ってみるか。」

「大丈夫なの?」

「正直分からんが、仮に触ってヤバいもんなら、早めに知っといた方がいいだろ。」

「そうだね。」


「じゃあ触るよ。」

「どんとこい超常現象。」

親父ギャグで許可を出す。


よく見えはしないが、おずおずといった形で、久石が翼に手を伸ばして、触れた。

そして感じる、翼への感触。

それはつい一時間前の僕には決してなかった、空間からの触覚。


「翼だね。」

久石からの、そのまんまといった報告。

「そうか。」


「触った感触は気持ちいいよ。」

「そいつはどうもありがとう。」

久石からのどうでもいいフォロー。

こんなことを報告してくるあたり、やはり久石としてもどうしていいか、まだ掴み損ねているんだろう。


その後には再度沈黙が訪れた。

久石はまたこたつに戻って、思い出したように缶チューハイを口に運びながら、考え事をしていた。


僕はこたつに足だけ突っ込んで、コタツの傍にあるベッドに腰掛けていた。

背中のせいで、こたつには入れないのだ。


特に翼が寒い、ということはなかった。

感覚はあるのだが、頭皮が寒いと感じることが少ないように、翼はほとんど寒さを感じることはなかった。

だが温度を感じるものであったとしても、よく考えればこいつは羽毛に覆われているのだ。

家にある安物の布団よりは遥かに暖かいのだろう。


安物の缶チューハイをあおりながら、少し酔いが回ってきたのが分かった。

何一つ解決はしていないが、ここに来てやっと俺は少しだけ許されるのだと感じることができた。

このアルコールが、あまりにも非常識な今日と、この世界の潤滑油となりますように。


そして取り敢えず、翼のことや、久石がこれから言うだろう言葉への返答を、考えないことに決めた。

どうせそれはこのちょっと未来に、必ず考えなくちゃいけないことなんだ。


今日は本当にそれはもう随分と色んなことを考えた。

でもこれからまだ頑張らなくちゃならないのだ、今くらい考えることを止めたっていいだろう。


なので凝りもせず、彼女のことを考えることにした。


しかし相変わらず可愛かった。

彼女はもうバイトを上がったろうか。

それともまだあのコンビニで、僕みたいなクリスマスに一人という、寂しい人間の相手をしているのだろうか。

そうであるなら、こんな翼さえなければもっぺんくらいコンビニに向かうのにな。


今では彼女のことを考えるだけで幸せだった。

彼女と、彼女の運命にほんのわずかながらでも関与できる僕のことを考えることはとても楽しく、嬉しかった。

余りにも多すぎる選択肢と、多すぎる未来。

もちろん想像の中でも、不幸な未来がない訳ではなかったが、それでも、眩暈がしそうなこの状況は、やはり眩暈がしそうなくらいに幸せだった。


そんな妄想を僕の脳内に垂れ流していると、

「ふぅ。」

静かだった部屋に、久石のため息が流れた。

缶チューハイをちびちびやって、半分くらい空いたところだろうか、久石の再起動が完了したらしい。

ゆっくりと流れるというよりは、この部屋に溜まった停滞を吹き飛ばす、いや、吹き飛ばしたいと望んでいるような、そんなため息だった。

この部屋の停滞した空気が動き出したと、そう感じることが出来た。


「うん、少し落ち着いた。

 でもやっぱり状況はよく分かんない。」

「そうだと思うよ。」

何よりこの僕だってそうなのだ。


「随分落ち着いてるね。」

「何かこのレベルになるとな。

 もう焦るとか、笑うとか、そんな気も起きないんだ。」

というかどんな態度を取ればいいのか、本当に教えて欲しい。

「そんなもんなんだ。」

「どうやらそんなもんらしい。」


二人して、本題を避けるように、外堀のさらに外側をうろうろと回っている。

まるで本丸なんて見えないのだと自らに思い込ませるように。

しかし勿論、いつまでもそんなことをしているわけにもいかないだろう。

それは久石も同じ結論に達したようで、

「まずは、何でも思いついたことを話してみようか。」

「そうだな、俺もそれしかないと思ってた。」


「取り敢えず、今日の目的というか、ゴールはどこなんだろう。」

「まぁこんなこと言われてもどうしようもないとは思うんだが、正直なところ、それすら決めてないんだ。

 突然こんなものが出たから、何をするべきかも含めて相談したくて、お前を呼んだんだよ。」

そういって翼を軽く揺すってみる。

まだ力加減だとか、強度だとかは分からなかったが、僕の意思でこれが動かせるものだということは判明していた。


「うん、取り敢えず状況は分かったよ。」

一息置いて彼女が質問を続ける。

「よくわかんないけど、昔からなの?」

「いや、つい1時間前からだ。」

なんとみっともない答えなんだろう。

長ければいいってものでもないが、やっぱりこの場は長いほうがよかったと思う。


「はぁ。」

まぁそういうリアクションになるだろう。

つまり、手がかりも原因も、そしてこの翼にまつわるドラマも全くないということなのだ。

仮に物語でもあるのならば、この状況だって少しは許されるのだろう。

醤油が切れてるが、スーパーはあと5分で閉まる、どうすればいいかと思ったその時、私の背中に翼が、とか。

即席で想像したドラマはとてもみっともなかったが、理由がないことに比べればまだマシな気がした。


「心当たりはあるの?」

「こんなものに心当たりがあるわけないだろと言いたいところだが、実はある。」

ネタにされることが火を見るよりも明らかだったため、もうちょっと成り行きを見守った後に話そうと思っていたが、もうそんな我儘は言っていられないだろう。

まぁ実際に進展があったところで、白石に伝えたかも怪しいので、ここは自分の中で勝手におあいこということにしておく。


「凄く簡単に言うと、気になる人ができて、それで神社で恋愛成就のお願いをしたらこうなった。」

随分離れているような気もするが、本当にそれくらいしか思いつかない。


「は?」

うん、言いたいことは凄くよく分かる。

けれど。

「本当なんだよ。

 というか神様でもないと不可能だろ、こんなことは。」


「いや、そっちはいいんだよ。」

久石からの冷たい目。


「気になる人なんて今初めて聞いたんだけど。」

「すまん、それはタイミングがだな。」


「言い訳はいいよ。」

久石の冷たい言葉。


「すいません。」

しばしの沈黙。

どうやら僕の考えている以上に、事態は深刻なようだ。


ただ、彼女が僕に対して恋愛感情を持っているとか、そんな話ではないことは分かっている。

なんと言うか、それは進化の系統樹のように、二人の関係は恋愛とは別に進み、もう戻ることのないところまで来ていた。


「あの、久石さん。」

「何。」

取り着く島もない。


「大変申し訳ないとは思うんですが、それは今日は置いておいていただけると幸いなのですが。

 正直、こちらの背中は現時点でガチの死活問題なんです。。」


「・・・まぁ許すことはないけど、事態が事態だしね。

 尋問はまた今度にするわ。」


「ただし。

 一言だけは言わせて。」

そう言うなり、こっちに向かって久石は背を正す。

「槍澤ってそういうところあるよね。」

 

「別に隠すつもりはなかったんだよ。」

「それは知ってる。」


「でも槍澤がどういったつもりだったかは分からないけど、、私はやっぱり少しばかり悲しいんだから。」

「・・・すまん。」


「それならこの話はお終い。

 これで5000ポイント追加だね。」

そう言ってにやりと笑う。

その笑顔に、見つけなくてもいい、久石が隠した、本人でさえ気付いていないような寂しさを見つけてしまう。

それは進化の系統樹に置き忘れた、別の進化の可能性への憧憬。


ああ、本当に腐れた才能だけは、昔から僕にはあるんだ。

それが事実であれ、勘違いであれ、こんなことを感じるなんて、いずれにしろ僕はどうしようもないのだろう。

そう思うと、ほんの少しだけ気が滅入りそうになった、一旦この思いには無理に蓋をし、翼へと意識を向ける。

「どうしたの。」

「いや、何でもない、続けよう。」

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