前世の記憶屋

マスカット

第1話

街の外れの斜めに入った路地裏に看板のない店がある。


昼間は鍵が掛かっており入ることは出来ず、日が暮れても鍵は開かないまま。


なので当然、そこが店だと知る人はほとんどいない。


しかし、時々……本当に時々お店がオープンする事がある。


入ることが出来るのは道に迷った子羊だけ。


ほら、今日もやってきた。


ーーカランカラン


「いらっしゃい」


店の中は薄暗く、外観に似合わない木造の内装。


窓はなく、陳列棚には何も置いていない。


『あれ?ここ、何の店ですか?』


女は店主に問いかけた。


「ここは前世の記憶屋。……お客さん、何か迷っていることがあるんだね」


『前世の記憶?あっ、えーっと、迷っているわけじゃないんだけど……』


女は口を濁しながら店の中を見渡す。


『私、付き合ってる彼がいるんだけど、絶対に前世も彼と結ばれていたと思うの。だって一目見たときビビッときたんだもん』


女は嬉しそうに話すが、途端に表情が曇った。


『……私、その彼にプロポーズされたの』


お世辞にも嬉しそうには見えない。


「迷っているんだね」


店主が問い掛けたが、女は黙ったままうんともすんとも答えない。


「ではこれを」


店主はおもむろにカウンターの下から小さな箱を取り出した。


『……何ですか、それ』


「これを飲むと自分の前世の記憶を見る事が出来る。ただし、眠っているときだけ」


『前世……』


「きっとあなたの迷いも導いてくれるだろう。良い方に転ぶのか、悪い方に転ぶのか……それはあなた次第」


『私、次第?』


「さよう。何故なら記憶を見れるのは眠っているときだけ、すなわち夢で見るのと大差ない」


店主は両手で小さな箱をそっと持ち上げ女に差し出した。


「前世を知ることで胸の奥のつかえが取れるだろう」


女は店主のいるカウンターへと近づくと小さな箱へと手を伸ばす。


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前世の記憶屋 マスカット @raspberrymilk

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