この世からあの世の乗り換え駅にあるコンビニの話①
@inagesan0729
第1話
ここは
この世とあの世を繋ぐ列車の始発駅
今どきは駅ナカなんてものが流行り、あの世に向かうひとたちのココロとオナカのスキマを埋める様々な店舗が並んでいる
そのコンビニは構内のいちばん目立たない場所にある
今日も開店休業のコンビニに来客はあるのだろうか
「あらー!今どきのお店ねえ」
高齢婦人の明るい声が入店ジングルのように狭い店内に響いた。
「いらっしゃいませ〜」入口に向けて来客対応の声かけをすると、レジカウンターのマイのところに声の主のご婦人が駆け寄ってきた。藤色のセットアップにニットの可愛い帽子。小柄でふっくらしたフォルム、柔らかい笑顔に引き込まれる。
「最近のコンビニってすごいわねぇ。あら、飴もたくさんあるのね、迷っちゃうわぁ」独り言にしては大きい声で店内をゆっくり見回りながらキラキラした目でこちらを向いた。
「お姉さんあのねぇ、わたしどら焼きが欲しいのよ。餅とか栗のよりもあんこだけのほうがいいわぁ。出来ればカステラもあるかしら。」
コンビニスィーツならおまかせ!とばかりにマイは商品棚にご婦人を案内する。棚には個包装されたどら焼きに一切れずつアルミパックにされたカステラがぎっしりと詰まっていた。
「6人きょうだいだから、6個ずつ欲しいんだけど…売るほどあるわね」と笑い、数を数えながら棚から取り出していった。どら焼きがご婦人の手からこぼれそうになったときマイはサッと買い物かごを差し出してしっかり受け止めた。
あ、あとね小さい子が食べるお菓子を…と独り言のようにつぶやくご婦人の後をマイは侍従のように付いてまわる。なんだか滑稽な自分に気づき思わず笑顔になったがご婦人には届かなかったようだ。
「あぁコレね!これがいいわ!」
屈んでいたご婦人はビスケットにクリームを挟んだ子どもの顔のイラストのついた赤い箱を手にとって よっこいしょと立ち上がりマイに笑顔を見せた。
聞くと、ご婦人にはきょうだいがたくさん居て、その中でもいちばん下の弟は病気がちで すぐに向こうの世界に旅立ったとのこと。生きていくことに逆風が吹き荒れていた当時のこと、若いマイには慮ることしか出来ない。ご婦人も一瞬感傷的な表情になったがすぐにまた明るい表情に戻った。
「会えなくなって暫く経つからこんなハイカラなもの知らないかもしれないわね。向こうの駅にきょうだい揃って待ってるみたいだから早くみんなで食べたいわぁ。」
ご婦人は買い物かごをカウンターによっこいしょと置いた。レジカウンターの高さに彼女の動作が追いつかなかったようだ。
「楽しみですねぇ。お買い上げありがとうございました。道中お気をつけください。」
スキャナーで手早くバーコードを通して袋詰めをする。その間もご婦人は笑顔で会話を楽しんでくれていた。
そして乗車チケットを支払い機にかざすと会計が済んだことを知らせる明るい電子音が高く鳴った。
コンビニの手提げをマイから受け取り、ご婦人は、あぁそうそうと袋のなかからどら焼きをひとつ取り出した。
「きょうはありがとう。あなたに話を聞いてもらってとっても嬉しかったわ。甘いものはお好き?良かったら食べてね。」
ご婦人はマイの手にどら焼きをひとつ握らせた。
あ、あの…こまり と言おうとした瞬間バックルームからマネージャーがひょこっと顔を出しマイに目配せしながらオッケーサインを出したのが見えた。
「お気遣いありがとう御座います!甘いもの大好きです。いただきます!」
言いかけた言葉を打ち消すように礼をした。
ふふふと笑ったご婦人は出口に進んでいき自動ドアを開けた。
「ありがとうねぇ」
穏やかな微笑みを残して少し足早にドアの外に出ていった。
「ありがとうございました!」
マイの精一杯の送る声はご婦人に届かなかった。
ご婦人の自由行動を待っていたのかいつの間にか彼女の横にガイドが寄り添い親しげに話かけているのが見えた。
そのうちご婦人は構内の人の波に消えていった。
この世からあの世の乗り換え駅にあるコンビニの話① @inagesan0729
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