番外編

『To be with you……』

番外編。本編『榎本くんのありふれない青春』読了済み推奨。

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 暗い。

 暗くて、昏くて、怖い。


 真っ暗な一本道は月明かり一つない。

 道は何処までも続いていて、足元は血の海が広がり、所々にぷかぷかと犬の死骸が浮いている。


 その真ん中を、私は歩いていた。

 ずっと、ずっと歩き続けていた。


 何年歩き続ければ、出口に辿り着くのだろう。

 どれだけ時間が過ぎれば、夜は明けるのだろう。


 怖くて怖くて、何度も立ち止まりたくなったけど、二つの影が私の背中を押してくる。


 ダメだよ、って、言われているみたい。


 私は、うん、って、言って歩き出す。


 ずっとずっと泣きながら、それでも二人が背中を押してくれるから。

 私は歩き続けられた。


 そんなある時、影の一つが、首を吊った。

 ぷらんぷらん。って、揺れている。

 背中にかかる力が弱くなる。


 犬の死骸が増える。

 もう、歩くだけで足に当たるぐらい、犬の死骸が浮いている。


 そうして増える度に、海は暖かくなり、心地よくなってくる。

 このまま、海に浸かって死ねたら、どれだけ気持ちがいいだろう。

 私は海に顔を浸けようとして——ぐっ、と手を引っ張られる。


 先ほどまで背中を押してくれていた影だ。


 私がこの道を歩き始めた時から、ずっと一緒だった影。


 ざぷざぷ、ちゃぷちゃぷ。


 影が私を引っ張る。

 でも、出口なんか見えない。

 真っ暗な一本道は、どこまでも続いている。


 無意味なんだ。


 もう、諦めよう。


 そうやって、影に提案しようとするけれど、影は前をまっすぐ見つめたまま歩き続けていた。

 いや、むしろ止まることが出来ないのではないかと、思ってしまう。


 まるで、ブレーキが壊れたみたいだった。


 私は開きかけた口を閉ざす。

 そうして私たちは歩く。


 最初はぐんぐん前へと連れて行ってくれていた影は、しかし次第にその手が細くなっていく。

 身体は左右に揺れて、肩で息をしている。


 もう、休んでいいよ。


 そう言おうとしたけど、影は前を見据え続ける。

 確かな一歩を進み続ける。


 影の身体が壊れ始めても、影は止まらない。


 だけど、もう影の崩壊は止まらない。


 ついに影が足をもつれさせ、倒れる――その時だった。


 新しい影が現れて、それまで私を引っ張っていた影を支えた。


 影たちは二言三言語り合う。

 何を言っているのかは、分からない。


 やがて、今まで引っ張っていてくれた影の形が完全に崩れた。

 残されたのは私と新しい影だけ。


 私はそこで初めて、立ち止まる。

 立ち止まって、次の瞬間——新しい影が私を抱えた。


 お姫様抱っこだ。


 今まで血の海に浸かっていた足が、初めて外気に触れる。

 生温くて心地い感覚がなくなり、緩和していた恐怖が再度胸中を支配する。

 私は怖くなって、影を殴る。

 おろせ、おろせって。


 だけど影は気にする素振りなんか見せずに、私を抱っこする。

 私はあの心地よさが無くなって、こんなに怖いのに。

 怖い……のに……。あれ?

 

 ふと、気付く。

 影に抱かれている温かさが、心地良かった。


 血の生温さとは違う、人の——、生命の——、命の——、温度。


 影は呆けている私を無視して、抱きかかえたまま歩き出した。

 その視線は、私とは違う方を向いているけれど、でも、確かに前へと連れて行ってくれる。

 私は落とされないように、ぎゅっと影にしがみつく。


 これは誰だろう。


 そんなことを考えながら、前に進んで行くと、目の前に女の子が居た。

 女の子は片手にバッドを持っていて、犬を殺していた。

 殺して、殺して、あの心地いい血の海を生み出し続けていた。


 女の子は私たちに気付く。


 そして、影を見て——より正確には血の海に足を浸けていない私を見て——ふっ、と消えた。


 あれは、誰だったのだろう。


 そう思っていると、影が私を下ろした。

 どうして、って、影を見ようとして——気付く。


 血の海が、無くなっている。

 そこには道があり、両脇には明滅する街灯。


 驚いていると、影が私の手を取って一気に駆け出した。


 海にさえぎられていないから、足が軽い。

 ぐんぐん、ぐんぐんぐんぐん進んでいると、前方に明かりが見えた。

 その明かりは近付くにつれ大きくなる。


 ううん、そうじゃない。


 明かりは、時間が経つにつれ上へと昇っていって――。


 そうして、私の長い夜が明けた。


「ぁ……」


 私は足を止めて、思わず息を飲んだ。

 道は何処までも続いているけれど、あの暗闇の中の恐怖は一切感じない。


 ふと、ここまで連れてきてくれた影に目を向ける。

 影は私の横で、私を、私のことを見ていた。


 心が、温かくなるのを感じる。


 私は影の目を見つめ返して、繋がれた手に力を入れる。


 温かい。


 そして私たちは、また歩き出した。


 ゆっくりと。


 繋いだ手が、離れないように――





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 後日談はまた今度投稿したいと思います。

 それまでは一応完結済みとさせていただきます。

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学校一の美少女と半同棲状態だがヤンデレ過ぎてヤバい! 赤月ヤモリ @kuropen

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