其の十二「ペティの魔法講座」

「はい、燃えろー。ふぁいあー!」

「適当かよ!?」


 俺達は順調に国の住民を解放していた。

 その代わり、回を増すごとにペティさんの魔法が適当になっていったのだが。


「そんな適当でいいのか?」

「最初に形式張ってやったのはお前らのためだよ言わせんな恥ずかしい。俺様はもうベテラン魔女だからな。思念さえこもってればどんな文句でも魔法は発動するぜ」


 ペティさんはなぜそんなにも胸を張っているのか。それも腰に手まで置いて。

 ほんの少しでも格好良いな、頼れるなとか思った数十分程前の俺を全力で殴り倒したい。


「んな顔するなって。チベットスナギツネみたいだぞ」


 なにを言っているんだこの人は。


「キミは少し、現代に染まりすぎじゃないか? 命日はもっと昔だろう」

「そう言って、ネタが分かってるベニコも大概だろ。まあ、確かに俺様が死んだのは相当前だな。なんせ魔女狩りが終わるくらいの時期に死んでるし。勘違いではあったが、死後魔女になったから未来予知だったんだと思えば当たりなのかもしれないなあ」

「…… 墓穴を掘ってしまったねぇ。死んでるだけに」


 自虐ネタが過ぎるぞ。亡霊ジョークはやめてくれ。

 さらっと思い出話みたいに重い過去を語らないでほしいぞ。胃が痛くなってくるじゃないか。


「ま、そんなことはどうでもいいんだよ。過去は過去。今は今。マイナスなことはすぐ忘れるに限るってな。それが、辛くない生き方なんだぜ」

「あー、そうできたらそうしてるよ。とっくにさ」


 よくもそれだけ明るくいられるものだ。俺には到底できやしない。ジメジメといつまで経っても失敗を忘れることができないし、割り切ることもできない。あのときああすればなんて思ったのは何度目だ? 数えきれない。


「性格それぞれだしなあ。相談相手にならいつでもなるぜ、レーイチ。そういうときは誰かに話すといいもんだ。ところで、さっきの魔法の話だが、お前は数字得意か?」


 話題転換が唐突すぎて、一瞬なにを言われたのか理解できていなかった。頭の中で噛み砕き、一泊置いて答える。


「え? あ、いや…… 高校で習うものが途中までと、他に少しだけあいつに仕込まれた分があるけどな…… 得意というわけではない」

「そう難しい話じゃないぜ。数字の問題ってやつは式と、答えを書く必要があるだろ? あー、合ってるよな? 師匠から出される問題は現代に沿ってたらしいから、そういうもんだと思ってたんだが」

「合ってるぞ。式を書かないと点がもらえないなんてことはよくある」


 ペティさんは安心するようににかっと笑うと、胸の前で人差し指をピンと立てた。

 さっきからチェシャ猫とレイシーが静かだが…… 脇を見ると紅子さんが無言で首を振り、指差す。近くの切り株でチェシャ猫に抱きかかえられたレイシーが寝ている。2人ともどうやら疲れて眠ってしまったようだった。

 妖紙魚もこれで5体目。まあ、小休憩にはちょうどいいだろう。

 ペティさんの魔法講座をちゃんと聞いておこう。魔法ってやっぱり憧れるし、俺にできるかは分からないが、知っていて損はないだろう。


「で、だな。これを魔法に例えると、式が詠唱で、答えが詠唱によって起きる魔法そのものだ。数字の問題なんてそのうち暗算でなんとかできるようになるだろ? 簡単な問題なら尚更だ。1+1=2。まあ、他にもパターンはあるだろうが、まず最初にこの答えが出てくるよな? 魔法も一緒だ。式を書かなくても、暗算…… 無詠唱でなんとかなる。俺様のはちょっとした遊び心だからな、答えを早々に書いてさらに図まで描いてるようなものか」

「おお、そう言われると分かりやすいな」


 ペティさんにとって、この火を灯す魔法はそれだけ簡単な問題なのだろう。ベテラン魔女って言ってたし、多分もっと複雑な魔法でも詠唱なしでできるんだろうな。思っていたよりもすごい人だったか。

 いや、ケルベロスの弟子なんだからすごくて当たり前か。あのヒト条件厳しそうだし、有望株でもないと門前払いしそうだ。

 となると、ペティさんって意外とすごい人なんだなあ。


「おいおい、なんか失礼なこと考えてないか?」


 頭の後ろで手を組んで意地悪気に笑う彼女にドキリと心臓が跳ねる。勿論ラブロマンスとは一切関係ない、後ろめたさでだ。


「えっ、す、すみません」


 思わず声に出て、 「あ」 と思う。顔にそれがありありと出ていたのか、ペティさんは魔女帽子のリボンを指で手遊びしながら苦笑した。

 隣の紅子さんも呆れたように溜息を吐いている。


「おっと、本当に考えていたのか。あっさりと騙されてくれて助かるぜ。レーイチは単純だなあ」

「くっ…… 馬鹿正直で悪いな」


 悔し紛れに声を絞り出すと、更に隣から追い討ちがかけられる。


「やれやれ、お兄さん遊ばれてるねぇ。アタシで慣れておかないからこうなるんだよ」

「慣れるって言ってもな…… 別に疑うことを知らないわけじゃないんだからいいだろ」


 疑うべきやつのことはちゃんと疑うし、脳吸い鳥のときだって、それとこれとは別に考えてちゃんと真相を突き止めたしな。

 俺だって疑うときは疑うんだよ。今は必要ないだけだ。仲間なんだから。

 もし裏切られるようなことがあっても、ちゃんとなにがあったのかを突き止める努力はするさ。それで納得できる理由ならなにも言わないし。


「…… お兄さんも、ほどほどにね」


 なにかを察したように紅子さんが呟く。

 出会ってから一緒に行動することが多いとはいえ、ちょっと察しが良すぎなんじゃないか? なんて少し恐ろしくも思う。

 まあ、この感情おそれが彼女達の食事にもなるというのなら、構いやしないか。


「っと、レーイチを揶揄うのはここまでにしようか。お姫様が起きたみたいだぜ」


 ペティさんの声に促されてレイシー達が寝ていた場所を見ると、欠伸をしながら伸びをしている場面だった。

 チェシャ猫のほうも四つ足ついてグイッと腕を伸ばしている。こうして見ていると本当に猫なんだな。


「姫ではない…… 女王様じゃ…… んむ、姫も良いものじゃが」

「ふわわ、寝ちゃったー。レイシーの懐があったかいからだね!」


 むしろレイシーがチェシャ猫の懐に収まって寝ていたが、猫的には逆の構図なのだろうか。

 実に猫らしい動きでチェシャ猫が起き上がり、はっとしたように顔を手で覆った。人の姿を取っているのに猫っぽいことをしたせいか? 


「それじゃあ、そろそろ目的地に行くか」

「やっと城に帰れるんじゃなあ……」


 少し遠い目をしたレイシーが言った。

 そりゃそうだ。城に向かいながら妖怪魚を対処するはずが、乗っ取られているだろう登場人物達が目に入る度追って移動していたら疲れもするし、道からどうしても外れてしまう。


 割れなかったハンプティダンプティが、魚を引っぺがした途端時間が早巻きにされたように割れてしまい少し心にきたり…… 公爵夫人が赤ん坊を殺そうとするのを止めたり、あろうことかレイシーにそっくりな女の子―― メアリーアンに出会ったりした。


 メアリーアンは白ウサギがアリスと見間違える人物のはずだが、物語に明確に登場する場面はないはずだ。

 メアリーアン自体が召使いの俗語らしいから、アリスをその場限りの召使いに任命したのか、それとも本当にアリスにそっくりな召使いがいたのかも不明だ。


 ハンプティダンプティと同じように、彼女も魚を引き剥がしたことにより空気中に溶けて消えていった。

 この場合、きっと物語中に出てきていないことが彼女の取り上げられてしまったアイデンティティだったんだろうな。

 せっかく体を手に入れることができた彼女は、泣きながら透明になって消えた。正しいことをしているはずなのに、なんだか心苦しくなる。


 その心苦しさも、一定の割合を超えるとニャルラトホテプあいつに付けられたネックレスとチョーカーが光って霧散していく。

 俺の精神を壊さず、それでいて長く玩具として楽しもうという意気込みを感じるな。いらん加護だ。いっそ狂ってしまえたら楽だったんだがな。

 俺はそうすることを〝 許されていない 〟のだと、あいつがいないときにまで自覚させられる。

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