其の十三「トランプ兵の墓場」
「なあ、アリスは移動してないんだよな?」
「ああ、あちらもアタシ達…… レイシーを探している可能性があるんだよねぇ。あれだけ執心していたんだ。探し回っていてもおかしくないけれど」
「移動してないよ。アリスはずっと城のてっぺんで動かない。お昼寝中かもねぇ」
「待てチェシャ。なんでんなこと分かるんだ?」
「この箱庭のことならボクに任せなさーい! ってことだよ。なんてったってチェシャ猫だもの」
チェシャ猫と言えばなんでもお見通しな不思議な奴ってイメージはあるよな。そういうことだろうか。だが、なぜそんなに客観的に自分のことを言うのか。
ざくざくと土を踏みしめながら森を抜けると、今度は一面の薔薇園が目に飛び込んできた。
ところどころ白薔薇が混ざっているが、その上から塗料が被せられていたり、どくどくと真っ赤な血液を出すフラミンゴが逆さに吊るされていたりして軒並み赤く染め上げられているとち狂った光景が俺達を出迎える。
今すぐ回れ右をして帰りたい。
よく見ると薔薇園の道に点々とトランプの兵隊が横たわっている。
まるでトランプ柄のカーペットでも敷かれているみたいに。
道なりにそれらが続いているのだが、本当にトランプだけのものと、頭がついた兵隊とあるものだからややこしい。
「お前達…… ひどい、ひどいぞこれは」
「たくさんの兵隊が死んだのか」
「…… いや、違うよ。トランプになってしまった子は死んでいて、それ以外はまだ生きてるんだよ」
チェシャ猫の返答に目が見開かれていくのが理解できた。
そして次の瞬間には頭で考えるよりも早く体が動き、頭がくっついている兵隊を抱き起こしに行く。
「もう、お兄さんったら猪突猛進なんだからっ」
後から紅子さんが走って追いかけてくる。
ペティさんはまだ知り合って関係が浅いせいか、横目で驚いた顔で 「おい」 と言うのが見えた。
言葉を置いてけぼりにして薔薇園の中に入り、上から滴ってくる血を軽く避けながら一番近い兵隊のそばにしゃがむ。それから兵隊の背を軽くつついて意識があるかを確認した。
「おい、まだ生きてるんだろ。意識は」
言いかけて、勢いよく後ろに飛び退る。
しゃがんだ状態からだったためかなり足にきた上転びそうになったが、手で支えて態勢を整える。
俺が先程までいた場所にはなにかが刺さり、そしてそれが透明になって空気に溶け込んでいくのを目撃する。
あれは何度も見た。あれは妖紙魚のヒゲだ。
「ってことは」
もしかして、この生き残った兵隊全部が。
「ちょっと、お兄さん! 少しでも罠だとは思わなかったのかなぁ!?」
「悪い…… なんも考えずに飛び出してた」
「馬鹿だね! そういうとこ大っ嫌いだよ!」
こういうときは、と背負っていた竹刀袋から刀を取り出す。
仲間が多いのは良いことだ。俺がもたもたしてても牽制してくれるから、ゆっくりと赤竜刀を取り出すことができる。
「リン」
「きゅうい」
赤竜刀から抜け出た赤い光が徐々に小さなドラゴンの形を作り、返事をするようにくるりと円を描いて鳴く。
それから俺の肩にふわりと着地し、首元をこしょこしょとくすぐった。
「まだまだいるみたいだな、相棒」
「きゅ! きゅうい!」
過去五度の戦闘でリンも見慣れた相手だからか戦意は充分。
こいつはレイシーに可愛いだのなんだといじくり回され、子供相手の通過儀礼のような目にあってからずっと刀の中で休んで省エネモードになっていた。
今は離れているし、数が多いからチェシャ猫も爪をギラつかせ戦闘モードっぽい仕草をしている。多分チェシャ猫自身はレイシーから一切離れる気がないだろう。
だから討ち漏らしのないように、紅子さんと俺で食い止める。
援護でペティさんも砲撃してくれるわけだしな。
陣形はこうだ。
俺達が敵の闊歩する薔薇園の中。チェシャ猫は後方でレイシーの前に立ち、異形の手を地面につくほど前屈みになって降ろしている。前を見据えていつでも飛びかかれるような姿勢だ。あの猫はレイシーを守ることにしか興味がない。放置。
ペティさんはその二人の少し前。多分、こちらへ投擲物が届くくらいの位置取りなんだろう。彼女の戦い方は物理ではなく魔法や道具中心だからまあ当たり前か。
「紅子さんはどうする?」
「アタシは隠れながらやるのが得意だねぇ。大丈夫、危なくなったら援護しに来てあげるよ」
「自分が危なくなることはまったく想定してないな?」
「誰にものを言ってるんだよ、おにーさん。アタシは赤いちゃんちゃんこだ。首をかっ切るのもお手のもの…… だろう? だってアタシは」
―― そういう怪異なんだからさ。
背中越しに顔を向けて話していた彼女は、少しだけ寂しげに目を細めた。
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