第14宗派

野口マッハ剛(ごう)

さまよう魂たち

 もう嫌だ。彼女が自殺して、3ヶ月がたった。どうして自殺したのかもわからない。ただ言えることは、このビルから飛び降りれば、きっと恋人のメイカの元へ行けるはずだ。そう思って下を見る。足が震える。いや、もう決めたのだ。また、彼女に会いたい。だから、自分も自殺をするのだ。目を閉じて一歩を踏み出し、前へ倒れ込む。ああ、目を閉じる力をぎゅっと強くする。落ちていく感覚。風が強すぎる。それから体から力がフッと抜けてゆく。さよなら、自分はメイカの元へ行く。


 なぜか目を開けてみる。なぜ、意識があるのだろうか? あれ、白い何かに包まれている。足がちゃんと地面に立っている感覚。何が起こったのだろうか? 白いものは、どうやら霧のようだ。次第にその霧が薄れてゆく。ここは、森のなか? 少し歩いてみる。なぜ? 自分はビルから飛び降りたはずだが、どうやら生きているのか? 目の前に何かの建物が見えてきた。なんだか、お寺の境内のようだ。

 すると、お坊さんが一人、こちらにやって来る。

「すいません、ここはどこですか?」

 自分の質問に何も答えず、お坊さんは自分の手を引っ張ってきた。訳がわからない、怖い、自分は手を引っ張られて瓦屋根の建物の中へ連れ込まれた。

「どうやってここに来た?」

 お坊さんが質問してきた。玄関で立たされる。本当に訳がわからない。

「えっと、自分はビルから飛び降りたけれども、気付けばここに迷い込んでいました」

 ちょっと自分でも何を言っているかわからない。


 線香の匂いがする。お坊さんからは、ここは天守真宗のお寺だと聞かされた。天守真宗? 浄土真宗なら聞いたことがあるけど。ちなみに、どういった教えなのか聞いてみた。天守宗と天守真宗の教えは、阿弥陀如来の力によって自殺した人や悪事を働いた人などを極楽へと救い導く宗派なのだと言った。しかし、そんなことをしていいのだろうか、と自分は疑った。

 そして、自分はこのお寺のお手伝いとして住み込みをすることになった。他にもお坊さんやお手伝いの人々が住んでいる。けれども、メイカ、自分の恋人の姿はない。朝の7時に起きて、廊下の雑巾がけをしたり、広い境内の掃除をしたり、なかなか疲れる仕事が多い。だが、お寺に参る人は全くいなかった。よくよく境内から本堂やいろんな建物を観察してみる。どこにもお賽銭箱がなかった。どういうわけなんだろうか?

「よお、新入り。ハレヤって名前なんだろう? 僕の名前はカタリト、よろしくな」

 急に声をかけられたのでちょっとびっくりした。

「あの、天守真宗って言うこのお寺は、日本のどこにあるのですか?」

 すると、これを聞いたカタリトは笑う。

「何を言っているんだ? いいか、ハレヤ? 僕たちは自殺をしたんだ。ここはもう日本の場所じゃない。特別な場所にこのお寺はあるんだよ」

 それを聞いて自分はますます混乱をしてきた。天守真宗? 元々、仏教のことは知らないけど、そんなことを聞かされたら、ますます怪しいと感じてしまう。しかし、お寺の境内の外は白い霧によって見えない。どうやら、おかしいと感じながらも、この境内から出てはいけないと考えてみる。

「ハレヤ? 他に質問はあるか?」

「えっと、天守真宗って仏教ですよね?」

「ああ。だが、裏の宗派なんだよ、僕は1年ぐらいこのお寺に住み込みで仕事をしているけど、どうやら天守宗と天守真宗はとにかくヤバいらしい。盗み聞きをしたんだけど、日本の国家機密になるらしいんだよね」

 自分はこのカタリトという男性から話を聞いたけど、いくつか引っかかる点がある。まず、自分は飛び降り自殺をした。どうやら天守真宗のお寺に迷い込んでしまったらしいけど、それじゃ、ここはいったいどこなのか? それなら、自分の恋人のメイカもこのお寺にいるはずだ。メイカの姿はこの境内のどこにもいない。そもそも、これは夢か何かなのだろうか?

「どうした? さっきから周りをキョロキョロして?」

「カタリトさん? メイカって言う女の子はこのお寺に来ましたか?」

「誰だ? メイカって?」

 自分はますます混乱してきた。

 ここはどこなのだろうか?


 次の日の朝から、お寺の境内の掃除をする。とにかく境内は広い、お堂は点在している。そこに、カタリトがやって来る。なんだろう?

「天守宗と天守真宗のヤバい話を聞きたいか?」

 自分は特に興味がなかったけど、聞いてみる。

「第14宗派である天守宗、それから天守真宗。開創した時代は奈良時代、誰が開創したかはわからない。それから時代は進んで中興者が崇徳天皇の子孫とされる。中興年は鎌倉時代以降とされる。本尊は阿弥陀如来、ちなみに人間の魂で造られた像らしいんだよね」

 ちょっと待って、話が全くわからない。なんだろう? すごくおかしな気分だ。

 カタリトが話を続ける。

「いいか? 第14宗派、日本の裏の宗派にして国家機密、ここまでヤバいのには訳がある。太平洋戦争は知っているだろう? 終戦してから、日本の再建を裏で支えたのは、実は天守宗と天守真宗なんだよ。莫大な財力と権力、裏では日本仏教の13宗派を統括しているぐらいだ」

 ちょっと待って、ちょっとだけ待って?

 この語る人ことカタリトは何を言っているんだ?

 それにしても、このカタリトという男性は満足気にしているけど、もしもそれが本当ならば本当にヤバいんじゃないのか?

「ちなみに、自分の恋人、メイカが自殺してあとを追って自分も自殺したんだけど、このお寺は結局はどこにあるの?」

「うん? ここは死者の国にあるらしいんだよね、地獄ではないらしいけど。ひょっとしたら、メイカって女の子は地獄に落ちたんじゃないかな?」

 そ、そんな……。


 お坊さんに自殺の訳は話した。今は本堂の奥の薄暗い場所にカタリトと立っている。目の前には、阿弥陀如来の像がある。何で出来ているのだろうか。

「ハレヤ、この阿弥陀如来の像は、自殺した人間の魂で出来ているらしいんだよね」

 カタリトの言葉に自分はドキリとする。

 お坊さん数名もこの場所にやって来る。

「ハレヤ、カタリト。ここは死者の国だ。話は聞いた。メイカは地獄に落ちた」

 自分はメイカが無事でないことを聞かされた。

「ハレヤ、なぜ、この場所に呼ばれたか、わかるか?」

 お坊さんの言葉に何も言えない。

「人はなぜ自殺や悪さをしますか? それには人に言えぬ苦悩を抱えているのです。心の内側からそれを反省すれば、阿弥陀如来はそういった人々も救い導いてくれます」

 それが天守真宗の教えなのだろうか?

「現代の日本は、生きづらい」

「ハレヤ、カタリト。地獄に落ち、メイカという女の子を救う覚悟はあるのか?」

 自分は迷いがあった。しかし、メイカを助けたい。だから、こう答えた。

「自分は地獄に落ち、メイカを助けたいです」

「僕も行きます」

 自分とカタリトは覚悟を固めた。

「よろしい、では」

 お坊さん数名が自分たちを取り囲んだ。何かを唱え始める。ブツブツと最初は言っている。それが次第に声が大きくなっていく。なんだろう、この全身が何かの鼓動に包まれる。気付けば、お坊さん数名の唱える声が迫力を増した。一人のお坊さんが自分とカタリトの前に来て、最後の声を発した。その瞬間に目の前が切り替わった。

 広がる光景は真っ赤な色、そして、大きい鬼たちが人々を拷問している。まさに地獄の絵図のようだった。


 そうだ、そんなことよりもメイカはどこなんだろう? 自分とカタリトは大きい鬼の拷問のそばを通りすぎて行く。思わず目をおおいたくなる。グツグツと煮えた熱湯に男が突き落とされる。男はものすごい叫び声をあげた。他にも、生きたまま包丁で切り刻まれる。それらを見て頭がおかしくなりそうだった。

 そうして歩いている時に、目の前に地面に刺さっている大きめの木の板が。そこには一人の女の子が縛りつけられている。半裸だった。髪の毛で顔が見えない。しかし、ふと、その女の子が顔をあげた時だ。間違いない、メイカが磔にされている。自分は何かがこみ上げた。

「ああああああああああああああああああっ!」

 自分は考えるよりも、大声をあげ、磔にされているメイカの元へ駆けた。

「ああっ! ああああっ! あ、ああああああ!」

 自分は言葉に出来ない感情を叫んだ。そして、メイカを縛っているヒモを力ずくで取った。

 メイカは表情が死んでいた。何を言っても答えない。急いでメイカをおんぶした。カタリトは何も言わなかった。しかし、大きい鬼に取り囲まれた。

「人間、貴様たちは自殺をした」

「ワシたちが貴様たちに罰を与える」

「ふざけるな! よくも、メイカをこんな目に!」


 自分は大きい鬼に殴りかかった。しかし、びくともしない。カタリトも大きい鬼を蹴るも、あっという間に、自分たち3人は大きい鬼たちに捕まってしまった。そして、自分たちは磔にされてしまう。大きい鬼は、まず、カタリトの腹を槍で刺した。カタリトの悲鳴。自分は言葉を失った。どうして、こうなるんだよ? なんでだよ! どうしろって言うんだよ!?

「貴様たちは自殺をした。ワシたちが罰を与える。なに、何度でも傷や血は元に戻す。一生をここで苦しむがよい」

 鬼の言葉に自分はなんとかしようと考えている。だが、鬼の投げた槍がメイカの頭を貫いた。

「う、……うわ…………」

 次は自分の番だとわかる。視線を前にした瞬間、鬼が自分の腹を槍で刺した。痛みは感じなかった。ただ、自分の腹から大量の血が吹き出る。

 自分はもうどうしたらいいのかわからない。

 大きい鬼たちが笑っている。

 助けて、誰か、助けて…………。

 鬼が言った通りに、自分たち3人は何度でも磔にされて拷問を受ける。生きたまま、鬼たちが自分たちの血肉を貪る。言えることは、もはや、自分の理性が消えそうになっている。カタリトは気がおかしくなって変な笑い声をあげている。メイカは表情が死んでいるままだ。

 もう、助けは来ない。自分が自殺したことを心の底から反省する。ごめん、お父さん、お母さん。ごめん、メイカ、何もしてやれなくて。ごめん、カタリト。ごめん、お坊さん、自分は地獄で何も出来なかった。もう、終わりだ。


 ………………。


 ……。自分は絶望して顔をあげた。目の前には、金色に光輝く阿弥陀如来の姿がある。自分はもう悟った。自分の罪を受け入れる。大きい鬼たちはどこかに逃げていく。阿弥陀如来は笑顔を見せる。気付けば、自分、メイカ、カタリト、3人の体も金色に光輝く。そして、自分たちは大きな白い光に包まれた。


終わり

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