春になったらあなたと海にⅠ
4月である。学校である。
生まれてはじめての転校というやつである。緊張である。
通学は、柳家の小屋に眠っていた自転車を整備して使わせてもらうことにした。この家、自転車乗りそうな人いないもんな。
学校までは自転車で30分くらい。地味に遠いけれど、かといって電車も特に通っていないので手段がこれしかない。花純も一年に満たない期間ではあるが通っていたので、どうしていたのか聞いてみると「車で送ってもらっていました。」さいで。
さすがに、居候の身で送り迎えをしてもらうのは申し訳無さすぎるので、自転車で通うことにした。いい運動にもなるだろう。
高校2年の始まりのタイミングでの転校になったので、クラス替えのどさくさにまぎれこんで馴染むことができるだろう、と楽観視している。
一応転校の挨拶ということで、はじめに職員室に寄る。クラスは2-B。アルファベットなんだ、へー。
「おはようございます、今日からこちらの学校でお世話になります、藤村由宇です。えっと、2-Bの担任の先生は……」
と入り口で挨拶をすると「こっちだ」とゆるふわウェーブがかかったショートヘアの丸メガネの先生が手招きしている。また随分とサブでカルチャーだな。
「君の担任になる
と黒ニットに白のロングスカートというシンプルな服装にまとめた先生が挨拶をする。
「よろしくお願いします」
あっちに行こうか、と職員室に設けられた簡易的な応接スペースを指差し、移動を促す。うっす、と軽く返事をしてその後をついていく。
「飲む?」とホットコーヒーをカップに注いで差し出す。断るのも申し訳ないので、大人しくもらう。先生が自分の分も用意して、着席。
「さて、ようこそ。盛一へ。一応、県内一の進学校だ。とはいえ、都内の進学校に比べたら微妙だけどな」
と自嘲気味に笑う。
「いえ、1年生のときですらついていくのにやっとだったので、頑張ります」
自分の回答になんて模範的な回答、優等生!と賛辞を送る。基本的に良い子ですので。
うん、と先生は頷いて、次にちょっと複雑な表情をして口を開く。
「あー、君んちの住所、入学手続きで事前に見させてもらったんだけどさ……」
「はい」
「もしかして、柳さんの家?」
さっきの表情はそういうことか、と納得し、また「はい」とうなずく。
「従姉妹なんです。柳さんのお母さんが僕の母の妹で」
「そういう関係かー」
そう言って、先生は窓の外に目をやる。
「実はね、私、1年生のとき柳さんの担任だったの」
花純はすでに学校を辞めている。その件にこの先生も深く関わっていたということだろう。
「そう、ですか」
僕はそれ以上に言うべき言葉が見つからず、ただただ相槌を打つ。
「うん、柳さん、元気?」
「元気ですよ、安心してください」
そう告げると、「そう、よかった」と安堵の表情を見せた。
「ごめんね、ちょっとその件を聞きたかったから呼び止めちゃった」
聞くのも怖かっただろうなと、先生の思いを考える。自分が担任していた生徒が学校を辞めてその親族がまた入学して受け持つことになるなんて。
「あの、花純さんはどうして」
「本人には聞いてみた?」
ふるふると横に首を振る。まだそれを聞けるほどにお互いのことを話せていなかった。
「じゃあ、私からは教えられない。いつか、あの子に踏み込むような日が来るならば直接聞いてごらん」
そう優しく諭される。
「そうっすね、いつか」
と呟くように頷いた。
席を立つ間際、ところで、と先生を呼び止める。
「先生、そのゆるふわパーマな髪型と丸メガネ、似合ってますけど怒られません?」
と見た瞬間から一番気になっていたことを聞いてみた。先生としては若干派手に見える。
「怒られるよ」
とくしゃっと顔を歪めて笑った。
「でも、こっちのほうが人生アガるんだよ」
いい先生そうで何より。仲良くやっていこう。
ところ変わって教室。人生で初めて壇上に立って黒板に名前を書いて自己紹介ってやつをやった。
「藤村由宇です。東京から来ました」
というと教室が若干ざわめく。東京……、東京だって……。
「特技は写真を撮ることです」
それだけ言って、挨拶を終える。青山先生が「じゃあ君の席はあそこだ」と教室の真ん中あたりにあるポツンと誰も座っていない椅子を指差す。
隣りに座った女の子が小さく手を振る。
「よろしくー」
返す僕も手をふりふりよろしくーとか言う。序盤は相手のテンションに合わせるが吉。由宇、知ってる。
「わたし、
「え、いま生徒会長ってことは1年のときからすでに生徒会長だったってこと?すごいな」
えへへ、と緩んだ顔で笑う彼女からはそんなに威厳を感じなかったけれど実はすごい人なんだろう。
挨拶もそこそこに、オリエンが始まる。初日は授業はない。午前中の始業式、それからホームルームをやって解散となる。
とそれだけの簡潔な説明を受けて、さっそく始業式が始まった。
始業式の内容?校長がめちゃめちゃなまってて聞き取れなかったことくらいしか記憶にない。
教室に戻ってから三結に聞いたら、全部聞き取れていたらしい。さすが、ネイティブは違う。リスニングは満点だ。
HRも終わり、駐輪場に向かう途中に呼び止められた。振り返ると髪をワックスか何かで固めてツンツンにしている男。
お、初日からカツアゲか?残念、僕はキャッシュレス派なので、ぴょんぴょん飛び跳ねろと言われても何ら問題はない。現金持ってないからな。
それとは話は変わるけど岩手に来て絶望したのは全然キャッシュレス対応してないことですよ。QR使えないとかならまだしも、クレカすら使える店少ないからな。結果、何も買えないまである。スマホやらICカードにはそれなりにお金が入っているというのにも関わらず、だ。
岩手に旅行する際は現金持ってきてくださいね、あとSuicaとかも使えないからね!
と金持ってないよアピールするために先んじて飛び跳ねておく。
「……何してんだ?」
とシラけた目で男が見てくる。目つき悪いな。
「いえ、カツアゲかと思ったので、事前に飛ぶことでお金持ってないアピールを……」
「なんでカツアゲだよ、しないよ、失敬な」
しないということだったので跳ねるのをやめる。ポケモンの技くらいに意味のないはねるだったな。
「俺は
いたっけかな?この強面、と思いつつ
「ああ、通りで見たことがあると思った」
と破顔一笑しておく。
「ウソつけ」と一瞬で見破られたけど。
「まあ、いいや。藤村、だっけ。写真に興味あるんだよな」
「うん、まあ、それなりに」
この入りで聞いてくるやつは面倒なオタクが多い。興味があると答えるとどんどんやれ好きなアーティストは誰だとか、カメラはキヤノン派か、ニコン派かなどマニアックな話をされ、話が長くなるのだ。目の前の人は別にカメラオタクには見えないけれど……。ちなみに僕が持っているのはリコーのやつだ。
「写真部に入らない?」
と強面から可愛面になり勧誘してくる。
「部員、少なくて存続の危機なんだ。名前だけでも」
と頭を下げ、その頭の上で手を合わせる格好をしている。この頼み方する人類が実在していたとは……。
んー、とは言えあんまり積極的に部活動に参加するようなモチベーションでもない。
「ちょっと考えさせて!まだ初日だからさ、やることが多くて」
とかなんとか理由をつけて保留することにした。別に興味がないわけではないが、本当にやるべきことがあったのだ。
追撃が来ないうちに「じゃ、また明日」と片手をあげて駐輪場をあとにする。
あ、まて、おい、とか後ろから聞こえたのは気のせいだったことにする。
そう、まずは部屋を片付けなければならんのだ。
君とお近づきになるたった一つの冴えたやり方 磯部もち @isobe_mochi
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