幕間―スミレの願いについて―

 「おかあさまーーーー」

 わっと叫び声を上げたのは由宇さんがお散歩に出たのを確認してから。

 「やっちゃったやっちゃったやっちゃった」

 とドタドタと廊下を走りながら私はお母様のもとに駆けつける。

 「廊下は走っちゃだめでしょ」

 学校をやめてしまった花純にはどこか懐かしいその注意に素直に「はい」と従う。

 「それで、どうしたの?」

 このときにはもうすでに甘ロリ服から和服へと着替えを済ませ、この家屋によく似合う凛とした佇まいとなっていた。

 「由宇さんに冷たい態度をとってしまいました……」

 とがっくり項垂れてしまいます。私の悪い癖。人との距離感がわからなくなってしまうと最大限冷たく接してしまう。私自身に踏み込ませないために。

 感情を覗かれていいことなんてありません。覗いた人は私の言葉や感情を理解できずに戸惑って、どれだけ距離が縮まっても、また遠のいてしまう。

 覗かれた私もまた、その羞恥や、他者との差異があらわになって、孤独が増す。

 だから、踏み込ませないために冷たく接してしまう。でも、そのあとひどい自己嫌悪に苛まれる。もっと、別の言い方があった、別の関わり方があった、心地いい距離を保つために努力をするべきだったと。


 「あらあら」

 と困ったようにスミレは頬に手を当てる。項垂れている娘の姿はどこかいじらしく可愛らしいけれど、本人にとっては大問題なんだろうと思う。

 「申し訳ないと思うなら、ちゃんと謝りなさいな」

 そう言って花純の頭をなでる。花純は、いろいろなことを考えすぎるから、そのわりに不器用だから、生きていくことは大変だろう。誰に似たんだか、と優しいため息をつく。

 「謝れば大丈夫かな……」

 と上目使いで花純が聞く。

 「大丈夫よ、きっとあの子由宇くんは単純で優しくて、ちゃんと人の言葉を聞ける子だから」

 そう、スミレや花純の格好甘ロリやクラロリを見ても、少し驚くばかりで距離を取ろうとはしなかった。まあ、同じ家で暮らすのだから、ということもあるかもしれないけれど、服装や趣味、そういったパーソナルな部分には不干渉であろうとした態度が伺えた。

 「だから、大丈夫」

 と、花純の頭をもう一度なでる。

 「あなたも、あの子も、優しいですから。」

 だから、すぐに仲良くなれる。

 「夕食の時間になったら謝りましょう、それから改めてこれからよろしくって伝えましょう」

 「……わかりました」

 と花純はうなずく。


 ――どうか、どうか、ここでの日々が誰にとっても楽しいものでありますように。


 スミレは静かに願う。

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