たった一つの冴えないはじまりⅣ
抜き足差し足で中庭を囲むように作られた廊下を歩く。抜き足も差し脚も必要は一切ないのだが、気分が忍びを求めていた。純日本家屋=忍者屋敷的なアメリカンな発想のせいかしら……。
とは言っても基本的にただの平屋。数秒で
コンコンコン、と三回ノックする。二回ノックはお手洗いだからだめだって先生が言ってた、ただし先生以上のソースは不明。胡散臭いマナーのひとつな気がする。江戸しぐさてきな。めんどくせえマナーつくるなよ、窮屈だな。
耳を澄ましてみるも中から返事がない。もう一度ノック。やはり返事はない。「花純さーん」と声をかけてみる。返事はない。ただの屍になってないよな?
ドアノブに手をかけて、ドアを開けてみる。鍵はかかっていないようで、キィと軋んだ音を立てて扉が開く。
着替え中でラッキースケベひゃっほう、という展開はもちろんなかった。中には花純がいた。VRゴーグルをかけて、何やってるんだ……、卓球?音ゲー?すげえな、ロリータファションとVRゴーグルってサイバーパンク感があるな。僕も東京のゲーセンでやったことあるけど、VRって没入感すごいもんな、人が近くにいても気が付かないもんな……。ていうか、結構ゲーマーなのか?まだVR黎明期なのにこのハードを持ってるのは、それなりに頑張って輸入してこないと手に入らないはずだ。
このまま近くでVRに夢中になり奇妙な踊りを踊っている花純を眺めているのも悪くないけれど、さすがに申し訳ないので、声をかけることにする。……ちょっと激しく動いてスカートが揺れて上にあがっちゃったりしてるの心臓に悪いし。脚綺麗だな……。
「あのー、花純さん」
ちょいちょいと肩を叩く。
「うわひゃあああああっ!!!」
と奇声を発して全身を使って飛び跳ねる。長い髪がふわりと揺れる。
「うわっはあ!」
その声に驚いて僕まで飛び上がる。花純は慌ててVRゴーグルを外す。
「あなた……いつの間にここに!?!?!??」
「今さっきだよ、ノックしても返事がなかったからどうしたものかと思って入った、ごめん」
と頭を下げると、顔を真っ赤にしている花純はもにゃもにゃと「いえ、気にゃつかなかった私も悪いですし」とかなんか言っている。ははん、さてはこの子、事前準備をめちゃめちゃして話すことはできるけど突発的な事態には急にコミュ障になるな。
「それで、なにか御用でしょうか?」
努めて冷静でいようとしながら花純が聞く。
「ああ、いや、もう少し話ができればって思って」
「話……ですか」
と顎に手をあてて考える素振りをみせる。その時間の間、僕はぐるっと彼女の部屋を見回す。作りは基本的に僕の部屋と同じ6畳くらいの部屋。だが部屋の雰囲気は全然違った。壁紙は一面深緑に塗り替えられ、机の上には百合の花をモチーフにしたライト、蛍石や香水瓶が並んでいる。
そして布団ではなく、ベッド(これも深緑で統一されている)が配置されていた。部屋の隅にはトルソーも置かれている。球体関節人形も2体。なんともヴィクトリアンなゴシックに統一された部屋だ……。
「そうですね……特にないです、今はお引取り願えますか?」
「え」
「いえ、ですから、初日から話す内容が思い当たらなくて。おそらく、夕食でご一緒するはずですから、そのときにでも」
とやんわりと言われてしまい、僕はすごすごと部屋から退出するしかなかった。
反省。反省よ、由宇。と
それにしても反省である。ほぼ初対面の女性の部屋にいきなり乗り込んで驚かせてしまった……。自分の興味のことしか考えていなかった。相手は軽度の引きこもり。通常よりもさらに気を使うべき相手だろう。
公園でもあれば座って反省会だ、とスマホでマップを開く。が、見事に
「田畑しかねえ」
という立地のため、やむなく歩き続けることになる。風はまだ冷たく、しばらくコートを手放すことはできないだろう。首に巻き付けたストールに顔を埋める。見渡す限り田畑であり、人影は見当たらない。とりあえず、持ってきたカメラで撮影してみるが、絵が面白みにかける。
人っ子一人いないってどうなってるんだ。土日だぞ?東京では考えられない光景に、全然違う世界に来てしまったことを自覚する。そしてこの世界の中で、花純はあの服装で、あの部屋で、VRなんかをやりながら生きている。それは、さぞ大変だろう。少し外を出歩けば奇異の目で見られることはうけあいだ。
「大変だったんだろうな」
と独り言のようにつぶやく。多様性だ、ダイバーシティーだ、と声高に叫ばれているのは都市圏だけで、そもそもその概念が成立するのは人口が多いからだということに思い当たる。いろいろな人がいる、だから仲良くやっていくために尊重しましょう、と。
けれども、ここにはそもそも「いろいろな人がいる」という考えが希薄なのだろう。小さなコミュニティの中で、仲間意識を基に組織が形成されていく。そこからはぐれてしまえば、もうアウトローだ。
まあ、これだって僕の勝手な田舎のイメージにしか過ぎない。実態は違うのかもしれない。それに都会だって同じような問題は依然として残っている。程度や、規模、そしてアウトローになったときの受け皿の問題だ。
そう考えると、うまくやっていけるんかなあ、と不安になる。一日の中で躁状態とうつ状態を繰り返す人間になってしまった。新しい環境で気持ちが安定しないのだろう、と客観的視点を取り入れようと努める。
「とにかく」と声に出す。「まずはあの家のみんなと仲良くなろう!」
一旦の結論が出たところでまた家への道を引き返すのだった。
「いただきます」
と目の前に並ぶのは、ロリータの矜持、フランス料理フルコース……ではなく極めて日本的な栄養バランスがよく取れた皿たちである。
白米、味噌汁はもちろんのこと、焼鮭や煮物と一通り揃っている。
そしていつの間にかスミレさんが甘ロリから藤色の着物へと着替えている。
「え、あの、ロリータは……?」
と思わず聞くと、スミレさんはなんともないように
「着替えたわよ?」
と言う。
「だって、家の中で動きにくいんですもの」
家の中よりカブに乗るほうがよっぽど支障あるだろ、というツッコミは胸にしまって「そうですかー、たしかにー」とにこやかに同意した。服装の振れ幅が大きすぎる。
そして「ご飯美味しいです」と感想を伝える。「おいしいものはちゃんとおいしいと伝えること」とは我が家の家訓である。
「あら、よかった」とスミレさんも嬉しそうである。
その間ずっと黙っていた花純が口を開く。
「あの、お昼はすみませんでした」
と斜め下の方向を見ながら謝られた。
「もう、お察しかと思うのですが、私は人と話すのが得意ではありません。過剰に距離をとってしまう傾向があります」
「私としても、……由宇さん……と仲良くしたい気持ちはあります」
由宇さん、の部分の声が小さくなる。スミレさんは静かに、微笑みながらその言葉を聞いている。
その続きを引き取って
「僕も、ごめんなさい」
と改めて謝る。
「全然、花純さんの気持ちを考えられていなかった。いきなり部屋に入るとかありえないよな……。気をつけます」
頭を下げて謝る。
「あらあらうふふ」と呑気な声が下げた頭の上から降ってくる。
「ふたりとも謝ったんだからこれでおしまいね」
スミレさんがぱんっ、と両手を合わせておしまいの合図をする。僕と花純は顔を見合わせてはにかむ。
「私、東京の話も、そこで暮らしていた由宇くんの話も聞きたいので今度話してください」
と話す花純の顔は笑顔で。だから、僕は安心した。
「もちろん。花純さんもここでの暮らしの話とか、教えて。あと、VRもやってみたいから今度使わせて」
そういうと、部屋での一件を思い出したのか少し顔を赤らめて、「はい」とうなずいた。
こうして僕の新天地での生活はスタートを迎えた。
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