たった一つの冴えたはじまりⅢ

 さて目の前には美しい我が血縁が二人。向かって右手には柳スミレ。四十○歳。甘ロリ。向かって左手には柳花純。十七歳(宗教としてではなく、実年齢として)。クラロリ。

 その二人が和室で正座をして僕に対面している。

 「それで、引きこもりとは……?」

 と、引きこもり疑惑のある本人(花純)を目の前に聞くのははばかられつつも、話の流れがあったので気にせず地雷原へと駆け抜けていった。

 母と娘は顔を見合わせ、どちらともなく、

 「引きこもりなの」

 「引きこもりなんです」

 とほぼ同時に発言した。軽度。なるほど。……いや、なるほだない。

 目の前にいる自称引きこもり・職業不明17歳の女の子は僕の知っている引きこもりとは一線を画していた。

 引きこもり、その言葉から連想されるのは、薄暗い部屋から入浴排泄時以外は一歩も出ることなく、人とのコミュニケーションに難があり、それ故ひたすらインターネットをするとか、あるいは安楽椅子探偵(CV.小倉唯)アリスをするとか、恥ずかしいペンネームでえっちな神イラストを書きまくる(CV. 藤田茜)和泉紗霧とか、そういうやつだ。ほんとか……?サンプルに偏りがある気がする。

 しかし目の前のクラロリ美少女は普通に部屋から出てきているし、初対面である僕とも普通に挨拶を交わしている。取り立てて人当たりの悪さも感じない。

 「軽度とは……?」

 と真正面から聞いてみると、花純が答える。

 「通常、引きこもりとは『仕事や学校に行かず、かつ家族以外の人との交流をほとんどせずに、6か月以上続けて自宅にひきこもっている状態』であると定義されています。まあ、これはそのとおりですね。ただしこれは結構広義の定義となります。

 重度になるとそもそも家族とさえ会話をしなかったり、自宅どころか、自室からもでないというケースもあります。私はこれには該当しません。故に、軽度である、と思っています。

 それにまったく外に出ないということはないのです。夜になれば敷地外に出ることもたまにですがあります。

 さらに言えば今日、あなたと話すことで家族以外の人と交流をしてしまったことになるので、さらに軽度になってしまいましたが、まあ、今後この家で暮らすということなので、ほぼ家族と言っていいでしょう。」

 めっちゃ話すじゃん、この人。ここまで口を差し挟む隙を一切与えることなく、「花純?強いよね序盤、中盤、終盤、隙がないと思うよ。だけど……俺は負けないよ。」みたいな気分になってしまう。

 「あと学校という観点ですと、もう辞めているので、そもそも学校に行くという選択肢はありません。」

 うわ、癖強ぇ……。

 「あなたが通う学校は盛岡一宮高校でしたっけ?そうなのでしたら私が昨年通っていた高校ですね。勉強は大変かもしれませんがいい学校なので楽しんでください」

 とめどなく話す。あと退学したという話の後にいい学校だと言われてもなんの説得力もない。

 「それでは、挨拶も済みましたので私は部屋に戻りますね。私の部屋はこの家の一番奥にありますので、御用がある際にはノックをしてください」

 よどみなく、そこまで言ってすっと立ち上がる。黒いレースがあしらわれたスカートを翻し、部屋から出ていこうとするのを慌てて呼び止める。

 いろいろ言いたいことや聞きたいことはあるのだが、とりあえずは。

 「これからよろしく。えっと、花純、さん……?」

 最後は照れて疑問形になってしまったのはご愛嬌。

 呼び止められることを予期していなかったのか、驚いたように立ち止まって振り向いた花純の顔は真っ赤だった。もじもじと、口を開いたり、閉じたりして、言葉を発しようとしている。そうしてようやく

 「よ、よろしきゅおねがいしましゅ……」

 と消え入りそうな声で言ってしゅおーんと自室へと消えていった。前言撤回、あの子はコミュニケーションに難あり。


 「と、いうわけで、あの子が娘の花純でしたー、かわいいでしょ」

 と何事もなかったかのようにスミレさんは娘を紹介した、ことにした。

 「仲良くできるように頑張ります……」

 母娘揃ってなかなかに強烈な家庭だ。新幹線に乗ったときの今なら渋谷のハロウィンに乗り込んでも盛り上がれそうだぜウェイウェイみたいな気持ちはもうすでに完全に消失していて、がぜんこの家での生活していくことに対する不安が心を支配していった。

 「ここで生活していくにあたって不安なこととか不便なことがあったら遠慮なく言ってね!」

 満面の笑みでスミレさんが言う。

 あるあるあるある、めっちゃある!!!!!!

 というツッコミというか叫びはすべて胸の中にしまって僕もまた満面の笑みで答える。

 「ありがとうございます、もう楽しみという気持ちしかありません」

 楽しみである。鬼が出るか蛇が出るかわからないこのどきどき感、吊り橋効果的な楽しみではあるが。

 「そう、よかった〜。あ、じゃあ、由宇くんに使ってもらうお部屋案内するわね」

 そう言ってピンクの花柄スカートをふわりと翻し、僕を部屋へと案内してくれた。


 6畳一間である。見事になにもない。いや、なにもないというのは嘘だ。ここで暮らすにあたって東京の実家から送ってきた荷物はうず高く積まれている。段ボール箱にして約15箱分。ポケットに入れっぱなしになっていたカメラだけは、大切なので亡くさないようにあらかじめ隅に置かれていた机の上に置く。

 とりあえず、布団を敷くことができるスペースは確保したい。部屋の中央に寄せられていたダンボールをすべて端の方へと押しやる。よし、片付けおわりっ!と、一滴も汗を流していないのに額を拭う動作をする。無意味ここに極まれり。

 そして空いた中央のスペースにごろんと寝転がる。畳の香り。あ、心地いい……。旅館の部屋のようなという形容が合っているかもしれない。古来から日本に残る、そして日本で育まれた朴訥とした素朴な癒やし、リリンの生み出した文化の極みである。いや、生み出したのは日本だっつってんだろ。

 横になっていて、はたと思い当たる。往々にして人ははたと思い当たるのである。犬が歩いて棒に当たるように。猿が木から落ちるように。違うな、これはあんまりないことの例えだな。

 花純というあのクラロリ少女、彼女もこのような畳部屋に暮らしているのだろうか……。ベッドでなく、布団で眠るのだろうか。あの容姿で、あの服装で。いや、ここに来てからこの家の住民とその周りの環境のミスマッチを幾度となく見てきた。

 もはや彼女が畳に毎晩布団を敷いて眠るようなことがあっても驚くまい。

 大変にくだらないことであるとは自覚しつつ、いざその考えが浮かぶと気になりだして仕方がなくなってくる。部屋は家の一番奥と言っていたな。別に入るなとは言われてないし。いくか……?いっちゃうか……?いっちゃうか!

 ガバリと横になっていた体勢から縦になり、探検隊の活動が始まった。

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