たった一つの冴えたはじまりⅡ
結論から言うと、疑いようなくバイクだった。
いや、正確にはスーパーカブ。バイクほどカッコよくはない。
「どーーお!乗り心地は!」
「最高です!(よくわかりません!)」
甘ロリとカブ、アンバランスながらに不思議と調和のとれた組み合わせである。戦車とロリータの組み合わせに通づるところがある。
遡ること数分。改札を出て無事合流を果たした甘ロリと僕は、甘ロリに導かれるまま駅前の駐車スペースに降りた。本当はお腹がそれなりに空いており、盛岡三大麺のうちのひとつであるじゃじゃ麺を駅構内で食してみたいという気持ちがあったが、甘ロリと一緒に食べるというのは、見た目的にも精神的にも辛そうなため諦めた。
「じゃあ、乗ってちょうだい」
とワイルドにヘルメットを投げ渡される。
ヘルメットを受け取り、いっぽうで目の前に広がる光景(甘ロリとカブ)の受け入れ準備ができていなかったために頭がものすんごく混乱している。
その様子をなにを勘違いしたのか「あれ?2人乗りはじめて?」などと言っている。いや、まあ初めてなんだけどさ……。
「じゃあ私が先に乗るから、そうしたら後ろに乗って、私のお腹につかまって」
そう言いながら、スミレさんはカブに乗り込む。それに続いて僕も恐る恐る後ろに乗る。そしてお腹へ手を……回すの恥ずかしいってこれ……。などと一人でへらへらしていると、「ほら、早く捕まらないと死んじゃうよー」とストレート故にてきめんの一言を告げられ、ええいままよとふわふわしていそうな甘ロリ服に手を回したのだった。
そして冒頭に戻るわけだが、甘ロリとカブの組み合わせにもいい加減慣れてきた。しかし今度はもう一つ、農村風景とのミスマッチが気になり出す。そう、ここは東京砂漠ではない。人間の多様性も東京のそれに比べたら微々たるものだ。その中にあってこの農村のなかにロリータファッションはあまりにも浮いていた。いや、だってちょっと見渡せば牛とかいるからね。牛とロリータはさすがにちょっと。
この人この町でめちゃめちゃ浮いてるんだろうな、というのが素直な感想だった。たぶん有名人なんだろうなと思うと、この町での居候先は将来の級友たちには明かさないようにしようと固く心に誓った。
「ついたよー」
カブが大きな一軒家の前に停まる。立派な木造りの門と塀、それに東京ドーム0.3個分くらいありそうな(イメージです)広大な土地。それに平家の昔ながらの日本家屋。
これまでのマンション生活からは想像もできないような、僕にとって大きな暮らしの転換期である。唖然としていると
「私はこの子、置いてくるから先に入ってて。鍵は空いてるから」
と、この子、とカブをとんとんと叩き、そのまま押していく。いや、鍵空いてるのかよ無用心な、と思うけれどそれもこの辺りなら普通なのだろうか。
「お邪魔しますー」
おそるおそる玄関に足を踏み入れる。玄関正面の壁には大きく「臥薪嘗胆」と書かれた書が飾られている。一体どんな苦労を強いられるんだと、この家の住人とのアンバランスさにガックリと肩を落とす。
カブといい、純日本風の家屋に、この圧がある書、そしてついでのように置かれた木彫りの熊。それとは遠くかけ離れたあどけない少女のような甘ロリ。見事にすべてがアンバランスである。
「あれ?まだいたの?」
と、玄関で楽天家フィルターを通してもなお不安が残る将来と現況に思いを馳せていると、カブを置いてきたスミレさんに追いつかれた。
「この家はじめてだからなにも勝手がわからないっす、お姉さん……」
力なく呻くと「まあそれもそっか」ととぼけたように納得していた。「それよりお姉さんっていうのいいわね、これからそう呼んでちょうだい」とかなんとか言っている。
「こっちよ」
と長い廊下を先導してスミレさんが歩いていく。え、なに?中庭まであるのかよすげえな。灯籠あるじゃん……。ここは令和か?
案内された先は16畳(一瞬で数えた)くらいの和室。ローテーブルと座布団が用意されている。
「座ってちょっとまっててね」
そう言ってそそくさと部屋を出ていくスミレさん。座って待っててと言われるとちょーっと部屋を漁ってしまいたくなるのが勇者の冒険心というもの。
まず正面には掛け軸。もうこれくらいでは驚かない。達筆で「喫茶去」と書いている。茶でも飲めや、みたいな意味合いだと思う。とそこから目を横にずらすと棚の上には日本人形。夜に見たくねえな、普通に怖い。
そしてさらに異彩を放っているのがその日本人形の横にある球体関節人形。ボー○スのやつっぽい。え、いいな……ちょっと欲しかったんだよな。スミレさんの趣味かな、これもロリータファッションだしな。
またその横でさらにさらに異彩を放っているのは甲冑。もうここまで来ると本当にセンスがわからない。
と、そこで部屋の障子が開けられる。
「お待たせー」と甘ロリに湯呑というこれまたアンバランスな組み合わせでスミレさんがやってきた。
「粗茶ですが……」
「あ、どうもどうも……」
ずずっ、と茶を啜る音が室内に響く。やっぱり日本っていいね!和の空間だね!目の前にいる人だけ別の方向のジャパニーズカルチャーだけど!
「では、改めまして今日からよろしくお願いします」
とスミレさんが頭を下げる。僕もあわててお茶を置いて挨拶をする。
「あ、こ、こちらこそよろしくお願いいたします」
カコーンと外では
そこからしばらく無言の時間が続いた。一体何を話せばいいんだろうか、これだけ年齢が離れた女性にどういう話題を振ればいいかわからない。同年代でも年下でもわかんないけど。女性、どころか人間と会話するの難しくない?
ぐるぐると思考して、一つ、聞きたいことを思い出した。カコーン。
「そういえば、僕と同い年の娘さんがいらっしゃいませんでしたか?」
そう、母から話は聞いていた。話しか聞いていない、伝説の生き物。いま、それが同じ家の中にいる、はずである。
「あーー……」
とスミレさんは露骨に目を逸らす。
「うーーーん……」
「あの、スミレさん?」
「いや、どう話そうかしらと思って」
そう言って手のひらを頬に当てたり、顎にあてたりはたまた頭にあててみたり、あんまり意味のなさそうな行動をとる。そのたびにひらひらとレースが揺れて大変可愛らしい。
「あの、なにかまずいことを聞いてしまったでしょうか……?」
「ううん、大丈夫。そうね……。」
と言葉を溜める。その絶妙な静寂の中、続きの間でゴソゴソと音がなる。ん?誰かいる?
「実は……」
スーッとスミレさんの背後の障子が開けられる。
そこから覗いたのは、ロリータファッションの少女。ただし甘ロリではなくクラロリ(クラシックロリータ)である。
それに気が付かないスミレさんはもう一度、険しい表情で「実は……」とか言っている。
クラロリの少女がこちらを見て会釈をする。僕も会釈を返す。どうもどうも。母娘揃ってロリータかー、強烈だなー。
そしてスミレさんは言う。
「ひきこもりなの……っ!」
「ひきこもり、ですか」
「そう、ひきこもり」
「でも、後ろ後ろ」
その言葉にスミレさんが振り返る。
「きゃーーーーっ!……ってあら花純」
「そちらの方が、今日から家に住むという……?」
全然引きこもってないじゃないかという思いはそっと胸にしまって
「はじめまして、藤村由宇です。不束者ですがよろしくお願いします」
ん?これはなんか違う気がするな。
「よろしくお願いします」
とその美しいかんばせの少女は、鈴の鳴るような美しい声をもって僕を認識したことを伝えたのだった。
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