君とお近づきになるたった一つの冴えたやり方

磯部もち

たった一つの冴えたはじまり

 東京駅。

 普段であれば僕にとってはただの経由駅であって大きな意味を持つことはない。16年、東京で生きてきて、初めてこの駅が大きな意味を持つ。

 手には大きなキャリーバック。僕の後ろをガラガラと音を立ててついてくる。探すのは東北新幹線乗り場。案内表示を頼りにビジネスマンや旅行客の合間を縫って歩く。

 そう、僕はビジネスマンでも旅行客でもない。この春から2年生になる高校生だ。

 手には盛岡行きの片道きっぷ。今日、僕は16年間育った街を離れ、未知の土地で暮らしていくことになる。ポケットには愛機のリコーGR III(コンデジです)。

 新幹線改札に切符を通すときの高揚感。なんだか力強いよね、切符の飲み込まれ方が。

 大人ぶりたくて、改札内のカフェでコーヒーを買う。「お砂糖ミルクは横からお取りください」「いりません」

 今のいりません必要ないやつだったな……。

 ホームに上って、自分の乗る車両と座席位置を切符を見て確かめる。6両目……15のE……。

 乗車後にスムーズに座れるように何度も頭の中で座席位置を反芻する。15のE、15のE。なんかきょろきょろしながら席探すの恥ずかしいじゃん、慣れてない感じがして。こう、スマートに行動したいよね。

 

 新幹線がホームに入ってきて、脳内でシミュレーションしたとおりにキョロキョロすることなく、目的の座席に華麗に座る。きまった!きまりました、藤村由宇選手!満点の着座です。などという実況を涼しい顔をしながら繰り広げる。

 あとは隣に美しい女性でも座ってくれれば完璧なんだけど……。と隣の席の人に期待を膨らませているとおじさんが座ってきた。まあそうだよね……おじさんも頑張って生きてるだろうから文句はいいません。

 バックをがさごそと漁って、カッコつけるように持ってきた石波文庫ジイドの『狭き門』を開く。石波文庫を読んでいるだけで知的に見えるから不思議!まあ普通におもしろいんだけどね、読みにくいといえば読みにくいんだけど。

 案の定読みにくくて、一瞬で集中力が切れる。文字が頭の中で上滑りをして内容が入ってこない。自然と、これまでのこと、これからのことが思考に割り込んでくる。

 

 高校1年生の終わり、両親が海外転勤することになった。できる親を持つとこういうことがよくある。で、僕はと言うとそのまま日本にいるべく、母親の妹(つまり叔母さん)のいる岩手県は盛岡市という地方都市に預けられる事になった。東京からの転校生、という漫画だったら確実に主人公かつモテまくるルートが見えてきてワクワクが止まんない!(人差し指を頬の横に立てる)

 しかも、叔母さんの家には確か僕と同い年の娘がいたはず。住む場所が離れすぎていて、一度も会ったことないけど……。ってことは、同い年の女の子と同居生活もスタートするってことか?キテるな……これは……。主人公体質ここに極まれり……。

 まあ?東京の高校の受験に失敗して、不本意な高校に入学してひねくれて誰一人友人を作らなかった(作れなかった、ではない)暗黒のこの一年に比べたらどんな環境でも相対的に素晴らしい環境と言えるだろう。

 そんな麗しくも楽しげなこれからの生活に思いを馳せて「フフッヒ」と笑みが溢れる。おじさんがちらっとこっちを見る。慌てて咳払いをしてコーヒーを飲む。あぶないあぶない、石波文庫を読んで笑みを溢してしまう不思議系少年になってしまうところだった。


 窓の外に見える町並みが、たけのこのようににょきにょきと伸びたビル群から、視界いっぱいの田畑や山へと変わっていく。こういう景色も旅行でしか見たことがなかったから、それがこれから生活の一部になっていくというのは不思議な感じがした。この視界がひらけていく感じ、まさしく僕の心象風景といった感じで明るく拓けた未来がそこに投影されているような心地だ。ていうか同じ日本でもこれだけ景色が違うのすごいよな……、マンションとか殆どないし一軒家ばっかりじゃん……土地も広いし……。なんで東京ってあんなに狭い土地で人間がひしめき合っているんだ。そんな土地(ビル群)からこんな土地(田畑)に引っ越してきて話があうのだろうかという一抹の不安が一瞬心をよぎったが、新生活への高揚感がすべての感情をプラスへと転じさせていた。多分今日の僕は好きな子(いないけど)に告白して振られても新生活への期待から「あ、そうなんだ、残念!じゃ、これからも友だちでっ!」って爽やかに言い切れる自信があるくらいには昂ぶっていた。


 ――国境の長いトンネルを抜けると雪国であった。

 という名文があるけれど、雪国に向かう新幹線にそんなにはっきりとした国境はなく、大宮を過ぎたあたりからほぼ雪国と言っていいような光景が続いていた。かれこれ2時間ほど乗っていただろうか。仙台を通り過ぎ少し経ったくらいで、事前に母から連絡先を聞いていた叔母さんにLINEをする。

 『由宇です。先程仙台を通過しました。あと30分ほどで盛岡に着くようです』

 と送った瞬間に既読がつく。はや、暇なのか?

 『わかっぱ!』

 と既読がついた直後に返信。かっぱ?河童?岩手だから?(岩手県遠野市にはカッパ伝説があります)

 全然読めない叔母さんの人柄に若干の不安を覚えつつも、まあ、それなりに愉快な人なんだろうと今日特有の楽観をもって不安を無視することにした。


 ――まもなく、盛岡、盛岡です。

 という車内アナウンスが流れると、乗客たちが一斉に降車の準備を始める。僕も慌ててラックからスーツケースをおろし、降車の列へと並ぶ。って並ぶほど人もいないな……。人類が住んでいるのか?と思うほどに新幹線ホームも閑散としていて、東京とのギャップを感じた。

 改札へと向かうエスカレーターに乗りながら、叔母さんの写真を確かめる。美人だ。まあ、母親も美人っぽい感じだし、その妹ならさもありなんという感じではある。話した記憶は殆どない。うそ、まったくない。僕が赤子だったころに抱いてくれたことはあるらしいが、当然のごとく記憶はない。

 母親に「我貴殿妹可仲良?」と訪ねたところ「無問題」と返答があったから、まあそんな問題はないだろうけれど(本当か?)。

 「ちょーーーっと少女趣味が強いけど、それ以外はごく常識的だから」とは母の談。少女趣味、少女趣味と言うとあれか?吉屋信子とか、中原淳一とかそういう感じか?名前しかわからんけれども。

 まあ、個人の趣味趣向の話であれば僕は口をださない。そう決めていたので、趣味趣向の部分に若干クセがあろうと、それ以外が常識的であれば「無問題」なのだ。

 などと一瞬のうちに考えながら改札に切符を通す。ああこれでもう僕は来た道を戻ることはできない。ただ前進するのみ……っ!と固く心に誓ったその1秒後、視界の先で手を降る甘ロリ(甘めロリータファッション)の女性を捉えてしまい、早速決意が揺らいだ。

 ――少女趣味だーーーーーーーーーーーーーーー!!!!!

 と心のなかで絶叫する。いや、人の趣味趣向に口を出すまい……。おくびにも出すまい……。

 「由宇くんだよね?」

 と叔母さんらしき人が声をかけてくる。

 「はい、そういうあなたはスミレさんでしょうか」

 違うと言ってくれなんてことは思っていない。本当に。

 「はい、柳スミレです。今日からよろしくね」

 と可愛らしく微笑む。はい、正解。その微笑みは静かに咲き誇る花のようで、美しく見惚れてしまった。服装と相まって眩しすぎる。

 母と年齢はそう変わらないはずだから40代前半くらいだろうか……まじか……。世の中にはいろいろな40代がいるんだな……。この人が経産婦だと……?

 その微笑みに思わず僕は顔をそらす。顔をそらしたまま

 「今日からよろしくお願いします!」

 なんて頭を下げたものだからかなり奇妙な体勢でのお辞儀になってしまった。

 それをみてスミレさんはまたさらに笑って、「それじゃあ、下にバイク止めてるから、行こっか」と歩き出した。

 「はい」と返事をしてから「………………バイク?」と自分の耳を疑った。

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