第120話 転機(4)

いきなり居住まいを正し始めた夏希に


「な、なんだよ・・」


斯波は驚いた。



なんっか


ドキドキする・・



斯波は思わず胸を押さえてしまった。



「早く、帰れよ。 明日も早いんだろうし・・」


目を逸らしてしまったが



夏希はゆっくりと頭を下げ



「・・長い間。 お世話になりました・・」



額がじゅうたんに着くくらい、下げて静かにそう言った。



「加瀬・・」



「ほんと。 成り行きでこちらのお部屋を貸していただけることになって。格安の家賃で。 敷金礼金も取らずに、住まわせてもらって。 ほんと、あたしは何も恩返しができないんですが。 ゴハンも死ぬほどごちそうになったし。 斯波さんと栗栖さんには・・どれほどお礼を言っていいかわかりません、」



萌香もキッチンからそっとやって来た。



「加瀬さん・・」



「し・・仕事でも、いっぱい失敗をして。 迷惑かけたし。 だけど、斯波さんはいつも最後には・・許してくれて。 温かく見守ってくれて、」



夏希は


もう胸がいっぱいになってしまった。



「・・も・・いいよ、そんなの・・」


斯波も逃げ出したかった。




まるで


娘が嫁に行く朝


両親に挨拶をするかのような光景で。



「あたしはこれから、隆ちゃんの奥さんとして頑張ってやっていきます。 もちろん仕事も頑張ってやります。」



小学生みたいな


挨拶しかできねークセに。



斯波はもう自分的にかなりヤバい状態になっていた。



夏希のことを正視できず、そっぽを向きながら。



「・・がんばれよって言うのも・・ヘンだけど。 し、幸せに・・」


と、言ったとたん、どわっと涙が溢れてきた。



「清四郎さん、」


萌香も胸がジンとしてしまう。



「もう、いいから! やめろ。」



背を向けて手で涙を拭う。



「斯波さん・・」



夏希はそんな斯波を見て、やっぱり泣いてしまった。



「・・ありがとう・・ございました・・」



もう二人して


涙、涙となってしまった。






「んじゃあ。 行ってきます!」



翌朝、夏希は二人よりも早く出て行くことになった。




昨日


あんなに泣いたのに


今日は笑顔だった。




高宮も彼女を迎えに来て、



「いろいろ、ありがとうございました。 近いんで、遊びに来てください。」


と笑顔で斯波と萌香に言った。



「あ、あたしもぜんっぜん遊びに来ますから!」


夏希は明るく言った。



「なんだよ、ぜんっぜんって・・」


斯波は笑ってしまった。



「んじゃ、行こうか、」



「うん。」



夏希は何度も二人に手を振って高宮と手をつないで歩いて行ってしまった。



「はああ。 なんか。 長い長い台風がやっと過ぎ去ったみたいに、」



斯波は本音とため息を一緒に出した。



「・・ほんまに。」


萌香はニッコリ微笑んで、斯波の腕を取り彼にもたれた。



春の足音が近づいて


空の青さが少しだけ濃く見えた。



   ------------ Fin

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My sweet home~恋のカタチ。7--pearl white-- 森野日菜 @Hina-green

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