17b

「画像に細工した?」






 サイカはタイムパラドックスは起こらないと断言した。むしろ、この接触は事を進めやすいとさえ言った。なぜなら、タイムリープした俺たちが書店で行った改竄との整合性を作りやすく、偽物の真実がばれても偽物止まりで通せるからだという。なぜなら、本来そこにいなかった人間というのは俺自身であり、それを暴こうとするのは過去の俺である。見つけても、いや、おそらく辿り着くだろうが、問題はない。過去の俺に未来の俺を相手にしている優先度はないからだ。先輩がすべてだったからな、あの頃は。






「……なるほど、外部からの関与がある証拠を作ったわけだ。それなら、その影武者にすべてを負わせることができる」






 警察に追われるのもその影武者だけ。すべての犯罪を被るのが俺だという点がやや白い息を吐きだしたくなる気分にさせるが、過去を変えたいと言い出したのだから、ある程度は覚悟しないとな。信者のいない神様にはちょうどいいレッテルだろう。






「そして、さっきこのことをくっつーの先輩に伝えたの」




「ああ、もうですか。お早いこと」




「早く進めないと、時間が経つ程こっちのくっつーが帰れなくなる」






 それは困るな。






「シナリオとしては、画像は第三者から送られてきたという証拠を元に送り主を探すものの、見つからない。だからと言って稲山口さんが犯人というには疑問が残る。その場での疑いがゼロになることはないけど、やがて時間と共に風評する風もなくなる。未来において彼女が過去について突然とやかく言われることはない。前科ではなく、青春時代のスパイスに変えてしまおうってわけ」




「わかった、異論はないよ。それで、これからはどうする……というか何に気を付けて行動すればいい?」






 サイカは、成功を確信してくすくすと小さく笑っていた。かわいいだけの小さな顔で一言教えてくれながら。






「特にないよ。もう動き出しちゃったから止められないし、必ず思惑通りに動いていく。一応これでも、神様だからね。過去の自分に会いたければ、そうしても全然」






 それだけは勘弁だわ。






 そう笑って返せていた今がどれだけ楽観的だったか。サイカという名前を忘れかけていた俺はやはり愚かな人間にさえなり切れない。








 ▶ ▶ ▶








 それからこの世界の沓形は予定通りだった。先輩と共に画像の証拠をきちんと確保して加害容疑被害者の兄弟に今後の予定を説明。それから日取りを決めて書店へと乗り込んだ。そこで、担当警察官に鉢合わせ、過去の俺はやや焦ったが、先輩の差し金だと知るとすぐに安堵から肩を落とした。警察も今回の証拠を機に捜査方針を切り替えたのだ。






「リークしたのも、色内先輩に伝えて手柄に見せかけたのも、サイカなんだろ」




「そうだよ」






 俺と少女は二人でレンタカーに乗り込み、人智を超えた何かで仕掛けた盗聴器で中の様子を確かめていた。






「サイカの言葉通りになったな」




「そうだね。良くも、悪くも」




「……?」






 そこからの過去の沓形は水を得た魚のように、一気に推理を加速させた。






 画像が外部から送られてきたものである以上、明日風が犯人である可能性は低い。第三者の陰謀か、もしくは自分に疑いの目が向けられないようにするための工作か。おそらく、後者だ。彼女に頼まれて調べたが、彼女の周辺でトラブルはなかった。学校でもないどころか、楽しそうな生活を送っているみたいだ。そこに水を差すような濡れ衣なんてたまったものじゃないよな。






「俺の言いそうなことだ」




「ほんとにねっ」




「……笑いどころにしないで」






 だけど。まだ完全に解決じゃない。






 彼は続ける。






「しかし、そうするとご主人の聞いたスマホのシャッター音が謎として残る。だけど、これはちゃんと説明がつくんだ」




「そうなのかい」






 警察官が相槌で確認する。沓形は頷く。








「稲山口さんはいつの間にか画像がスマホに入っていたと言っています。これはさっきの外部から無理やり送り付けられたから。本屋のご主人が犯行を疑ったのはカメラの音がしたから。音がしたとき、スマホを取り出して本を持っていれば疑うのは当然。それも最近の悩みの種ならなおさら。この二つ、矛盾しているようで、ちゃんと同じことを言っているんです。ただ、お互いに勘違いしていただけで」






「……勘違い?」






 今度疑問を持ったのは俺の方だった。過去の俺は着地点をどこに設定したのだろうか。






「カメラの音は確かに鳴っています。しかし、それは本を撮った写真じゃなくて自分を写した時の音だ」




「ん? だから、それはどういうことじゃ。もう、はっきりせい」






 店主のおじいさんが我慢ならなくなったようだ。しかし、それでいい。正常な思考が薄れる有効な手段だ。話に注視させることで、それ以外のことが考えられなくなる。周りの余計なことをシャットアウトさせることは、今回は非常に役立つ。






「稲山口さんに確認したのですが、実は本屋に入るのは乗り気じゃなかったらしい。そうだよね?」






 彼女は自分に話が振られて小さく声を出したが、そのまま首肯した。






「誘ったのは友人の男の子。稲山口さんの興味があるのは自分だけで、本屋に来ている自分という状況を自撮りして、SNSに共有したかっただけ。確かに同時刻に、彼女のアカウントで写真が投稿されています。これは、警察の方も調査済みですかね。だから、勘違いなんです。カメラの音は、疑われたようなデジタル万引きじゃない」




「しかし……もしも、仮にそうだとして、その仮定されている第三者はどうなるのです?防犯カメラを設置していなかった、店主の落ち度があったとしても、カメラの音を出さずに写真など撮れるのですか」






「スキャンです」






「スキャン?」






「最近見たことないですか? たとえば、紙を電子情報、つまりPDFにしたり、名刺を登録してスマホで管理したりするやつ。レシートを写して、家計簿として管理するやつもそうかな。アプリケーションならすぐに見つかりますし、購入も簡単です」




「では、無線で送信したというのは。どうやって、そんなハッキングのようなこと……」




「Bluetoothですよ。近距離で無線通信する規格のことです。スマホやタブレット、パソコンにも採用されていると思います。国際基準の規格で、対応していれば国もメーカーも関係なく接続できます。Beaconのように、近くを通る対応している電子機器に情報を送り付けるタイプであれば、今回のように画像が送られても不思議ではありません。まあ、市販のアプリケーションでは考えられませんが、知識のある人間であれば作れるでしょう」




「そんな、都合よく……」




「でも、事実そうなっています。犯人が誰かまでは分かりませんが、少なくともスマホに残された写真だけで彼女を犯人とするには証拠が足りないかと」






 疑念は残るが、犯人とするには不十分。近距離からの通信で外部から強制的に送られてきた画像、そしてその画像が撮影ではなくアナログの紙を電子化されたものであること。これが証明されれば、カメラの音も、自撮りの物である可能性が高まり、店主の証言も信憑性に欠けてくる。証拠とされたものに疑いがあり、それが決定的な証拠に成り得るものであれば警察だってきちんと調べるだろう。そして、調べれば、証拠になるように画像は神様に細工されている。






「……ふぅ。これで、事件は解決。俺たちの目的も達成。あとはどうにかして、この過去をあの未来につなげるんだろう?」




「うん」




「じゃあ、帰るか」




「いや、まだ」




「……? なんだ、まだ何かあるのか?」




「最後まで、きちんと見届けて。稲山口さんにとっても、あの二人にとっても事件が終われば、それで終わりじゃない。私はサイカ。名前は伊達につけられたものじゃない」






 

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再隠しっ!-UNDER THE TERA- HANGOUT @HANGOUT_CR

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