16a

 現場を見ること。関係者から話を聞くこと。探偵ごっこでも、警察でも、始めは同じ。情報がなければ動きようがないし、考え事が無いのなら推測しようがない。ある出来事があれば、その過去と未來の全てを想像しろと世界一有名なイギリス在住の探偵は言っていたが、そもそもその出来事を知らないと考えようがない。



 小さな書店は、意外にも交通量の多い大通りに面していた。向かいには中央保険センターが見える。店内はこじんまりしており、天井を追いかけ続ける棚は間隔の感覚を忘れたかのように狭い。古本が圧倒的に多く、新刊の方が隅に追いやられている。そして、これは絶好の現場になりそうだな、と素人の俺でも思えた。

 

 

「おやじさん、その少年たちは何度か来ていたみたいだったのか?」



 少女ではなく、少年と言ったのはわざと。想起させる方向を誘導するためだ。



「あぁ……たぶん、そうじゃないかのぉ」



 大丈夫か、この爺さん。本当に現行犯で通報したのか?



「どの本だっけ」


「おお、それじゃ。その本じゃ」


「そっか、これか」



 何気なく意図的に手に取ったマンガ本は事前情報通り。間違いはなさそうだが。



「どうして、盗撮だって思ったんだ」


「音がしたからのぉ」



 音?



「ほら、カメラの音じゃよ。その、お主も持っとる、けーたいの」



 やっと話がずれてきた。稲山口さんはたしか、いつの間にか写真が入っていたという。しかし、おじいさんはカメラの音を聞いたと証言。どちらかが嘘をついているか、それとも両方正解か。後者なら、可能性は濡れ衣と捏造の線が濃厚となる。



「それより、兄ちゃん。あんたあの子らの友達かい? 悪いことは言わん。もう、悪さはやめるように言っとけよ。あの子らはまだまだ若いんじゃから――」


「ああ、わかったよ。そうする。どうも、どうも。ありがとうね」



 話が長くなりそうになったので、俺は手にしていた本をお会計に出した。半ば無理やりだが、これ以上進捗しなさそうだったので、店を出た。やれやれ、まだ断片しか手にできていないぜ。



 それにしても、自分の昔を今の若さに重ねるのはどうしてだろうな。今を生きられないから、過去にひたりたいのだろうか。例え、有名な方程式を覚えながら騒ぐだけの日々に永遠とかることができたとしても、それはどう取り繕っても偽物の上でしか踊ってるにすぎない。理不尽で埋め尽くされた運命を受け入れることと何も変わらない。思いっきり風呂で歌うことさえ、誰かの脚本上の科白に成り下がってしまう。

 

 

 この一か月、理不尽とか運命とか、自分が何をしたくて何をすべきかみたいなことばかり考えてしまっている。今回もそうだ。彼女が真に無実であるなら、これほど無慈悲な不条理はない。どうにかしてこのぬるい幸せを終わりにして、不幸にでもしておかないといけない。

 

 

 

 ▶ ▶ ▶

 

 

 まだ全体像を掴みかねている状況だったので、俺は別行動を取っている先輩に連絡を取った。



「もしもし? 恒?」


「お疲れ様です、先輩。ところで、どうです? リハビリは順調ですか?」


「あら。恒ってば、いつのまにか言うようになった」


「……そういうつもりじゃ。すみません」


「あらら。なんだ、さっきの恒とは違うのね」


「……どういうことです?」



 先輩は電話の向こう側で首を振った。なぜか嬉しそうに微笑んでいるような気がしたのは、漏れた吐息のせいか。



「それより、あの子何とかなるかもしれないわよ」


「えっ! 本当ですか」



 なんと、事件は思っていたよりと簡単なものだったというのか。あと、なんだかんだ言いながらも行動してたのですね。



「あのね、事件の真相は分からないけど、何とかすることはできそう」



 なんとか、する?



「彼女が犯人かどうかは分からない。男の子二人が黒幕で企てたって線も否定しきれない。でも、要は彼女が犯人にならなければよいということじゃない。それならあなたの得意な手法だし、証拠も揃えられる」



「……逃げの一手を打ち続けている、みたいな俺の普段に対する感想はともかくとしまして、その作戦を断行できる何かを手にできたのでしょうか?」



 実際、でっち上げの結果を作れたとしても、後から嘘で潰せず、抗えない真実が明るみになれば、それは悪影響にしかならない。



「実は、あの場所にはもう一人いたことにすればいいのよ」



 もう一人?



「そう。実際の盗撮犯はそいつで、文字通り稲山口さんは濡れ衣を着せられた。本人と周辺の関係者には真実を飲み込んでもらうの」



 なるほど。いや、しかし。



「でも、そのもう一人なんてどうやって作るんです? まさか、今からタイムマシンを使って俺がそいつになり済ますとかできるわけ――」


「あら、それもいいかもね」



 えぇ……。



「冗談よ」



 冗談に聞こえないや、まったく。

 

 

「あの子から見せてもらった写真。あれをちょっと調べたのよ」



 写真?



「漫画を盗撮したっていう、例の数枚の写真よ。でも、加工とか、偽造とかは見つからなかった。もちろん、恒と一緒にお話を聞いているときに調べた通り、スマートフォンにアプリが仕込まれたり、バックドアが隠されていたりした痕はなかった」



「ええ。そうでしたね」



 だから俺は、状況証拠から外堀を埋めていくことを選んだのだ。そして、ようやく違和感を見つけられたところだった。



「改竄された形跡はなかったけど、まったく痕跡がなかったわけじゃないの」


「ほんとですか!?」


「無線送信、Blutooth通信での送信履歴があったのよ」



 無線での送信。なるほど、確かにそれならば、その場にいても、いなくても電波の射程範囲内であれば関係はない。でも、だけど、しかし。



「そこでね、恒。その本屋のおじさんだけど、何か音を聞いてなかった? たとえば――スマホのカメラの音とか」


「あっ」



 俺の驚きと繋がりの声に、先輩は確実に嬉しくなったようだった。声色に香るタイプの花が咲いている。



「どうやら、ビンゴみたいね」


「ええ。さすがです」



 やっぱり、現場を見るって大事なことなんだよな。その人そのモノを知るためには置かれた環境を共有することから始めないと。そこで得た共感も、同感も、きっと思い込みの勘違いに過ぎないだろうが、分かった気になることぐらいはできるはずだ。気になるあの子をみつけたなら、まずは同じ場所に身を置くこと。自分自身がその環境の一つになれるのは、間違いない。

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